事後処理(3)
虐殺事件首謀者の申し開きの場と呼ぶには、そこはあまりに典雅にして瀟洒であった。それが、部屋に足を踏み入れたラウラ・フォン・ベルギエンが、最初に感じた印象だった。クリーム色を基調とした室内には、豪勢なシャンデリアによって暖色系の照明をもたらされ、椅子やテーブルをはじめとした調度品の数々からも、平時であれば国賓を招く場としてこの部屋が用いられているであろうことは、想像に難くない。
部屋の中央に置かれたソファには、先日会談の相手としてアミルと対面した、オーギュスト・ヴァイルブルクの姿があった。その隣には、どことなく澱んだ感情を表情に宿したエルフの男。ラウラはみずからの記憶の澱から彼に関する情報を掬うと、それがオーギュストの実弟である、オスカー・ヴァイルブルク参事官であることを思い出した。オーギュストの招きに応じて、ラウラは護衛のルッツァ少佐とともに、部屋の中央に置かれたソファへと腰を下ろした。
物怖じするように縮こまるオスカー参事官とは対照的に、オーギュストはさんさんと照り付ける真夏の陽光のごとき笑顔を顔に貼り付けながら、来賓の二人に珈琲をすすめた。
「カミラ・ラインムート中尉の姿が見えないようですが」
牽制するような低い声色で、ラウラは言った。取ってつけたような修辞や世辞など求めてはいない、今はただ、死者を騙った罪人の所在と処遇についてを打ち合わせたいだけなのだ。
「先ほどお渡しした書類にもありますように、中尉は昨夜の暴動において殉職を遂げています」
「ふざけないでいただきたい」
より低く、半ば恫喝にも近しい雰囲気を纏わせながら、ラウラはオーギュストに迫った。
「面会の場を設けたいという報せをいただいたからこそ、こうして伺わせてもらっているのです。茶会を開くのであれば、またの機会にしていただきたい」
「彼女は容疑者とはいえません。現場に居合わせた、参考人です」
同じ女の姿を浮かべておきながら、ラウラとオーギュストの間には、決定的な認識の差異があるらしい。
「本気で仰っておられるのですか」
「本気も何も、参考人の彼女が虐殺を指示したという証拠はどこにもありますまい、勇者様」
「事件直後にあの場所で、死んだ士官の衣服と身分証を持った人間が、単なる参考人にすぎないと?」
「他になんと称すればよいのですかな?」
「先ほどいただいた書類には、肝心のその女に関する事項がごっそりと抜け落ちていました。まともな取り調べをしたのか、疑わしいくらいに」
「あ、あくまで本件はヘルヴェチア国内で発生した暴動事件です。鑑識や見分、参考人の取り調べを我々が受け持つことに、何の問題があるでしょう?」
はきはきしたオーギュストの気質にあてられたか、地虫のごとくに委縮していたはずのオスカーがようやく口を開いた。眼鏡を曇らせて語るオスカーの発言に乗っかるように、オーギュストは言葉を付け加えた。
「そこを疑われるとなると、我々とあなたがた魔王軍との信頼に、浅くない疵が生じるのもやむなし、といった解釈をされても仕方がなく思えますが」
「ボクはあくまで一般論の話をさせてもらっているだけです。疑わしきをことごとく罰せよと申し上げているのではありません、ただこれ以上犠牲者の無念をいたずらに嘲るような姿勢を、ほんの少しでも改めてはいただけないかと言っているにすぎません。罪のない二千人が、無抵抗のまま焼き殺された。この事実だけは決して変わることはありません」
「それは一般論というより、いささか感情論に寄ったお考えですな」
「感情で物を語って何が悪いか」
ラウラの破裂寸前の癇癪玉を寸前で受け取ったのは、ルッツァ少佐であった。
「貴方がたの益体もない冷笑はもはや聞き飽きた。その生産性のない皮肉をまき散らす口先を糺すのは難しかろうが、少なくとも金勘定や仕事の手腕だけは認めていたものを。こうも手際が悪いのであれば、感情に従って動く我々は、ややもすれば商売道具を出し渋ることもあるだろうが、そちらはそれでよろしいのか?」
オスカーが再び実兄の腰巾着になり果てるのと同時に、眼前の女性士官に怒気を向けられたオーギュストは、額に一筋の冷や汗が流れるのを感じていた。
「それとも、非猿人種を殺し回って得する誰かとの付き合いがおありか? 同盟と取引をする一方で、モスクワ側とも浅からぬ付き合いがあるのか?」
オスカーは、つくづく国防省従事者に向いていない心臓をびくりと震わせた。
「それが仮に事実だとして、ブリタニアがこれをどう思うか、考えが及ばないことはなかろうに、中立国という立場に甘んじるのも大概にしてはいかがか」
「我々の国土で戦争をしている気になられては困るな。殺し合いならよそでやってくれたまえ」
「結構、ではそのための協力に関しても、出し惜しみするのはやめていただきたい。すでにブリタニアを交えた我々は、金で結ばれた運命共同体も同然だ。今更他人面を決め込んで知らぬ存ぜぬはできないということだけは、肝に銘じていただきたいが、よろしいか」
「無論それは承知している。こちらとしても、ブリタニアやフリュギアとは長く付き合っていきたいと考えている、契約を蔑ろにするつもりなどない」
「容疑者の追求に関しては、引き続き行っていただきたい。可能であれば、こちらから調査委員会を派遣する用意もある。前向きな検討を期待する」
言うべきことを至極簡潔に叩きつけると、ルッツァ少佐はラウラに目配せし、彼女を伴って立ち上がった。
「ボクたちもあなたがたも、所詮は人間だ。それだけはゆめゆめ忘れないでいただきたい」
鋭利な刃を思わせる捨て台詞を吐くと、ラウラたちは部屋から退出していった。
議事堂内のオフィスで、オーギュスト・ヴァイルブルク参事官は、リーハイムでの事件報告書に目を通していた。先ほどのラウラの怜悧な両の瞳に見据えられた記憶が今一度蘇り、オーギュストは肝を冷やした。
「少々おちょくりすぎたか。もう一歩踏み込めば、癇癪任せに首が飛んでいたかもしれん」
「変な気だけは起こさんでくれよ、兄貴」
来客用のソファで頭を抱えるオスカーが、声を震わせながら言った。
末弟リヒャルトの報告書によれば、どうやら彼女が持つとされる聖剣デュランダルとやらは、実在しているらしい。下手に刺激して怒らせれば、オフィスどころか自分の身までバラバラに裁断されかねないというオーギュストの荒唐無稽な懸念は、どうやら当たっていたらしい。
「しかしリヒャルトの奴、あんな魔物ども相手に、よくケンカの仲裁なんかできたものだ。しかも現場でだぞ」
「枯れた性欲に賄われるはずのエネルギーが、おかしなクソ度胸の方へ注ぎ込まれたんだろう。料理人にも軍人にも向いているだろうが、いかんせんエルフに向いてないのが妙なところだな」
ひとつ言葉を間違えれば、たちまち異形の刃で首を飛ばされるような鉄火場を、しかしリヒャルトは顔色一つ変えることなく乗り切ったらしい。さして変わらぬ飄々とした様子で、少将御自ら、彼は先ほど二人の兄たちに報告書を手渡しにやってきた。変わり者には違いないが、決して頭は悪くない有能な人材だ。そういった評価もあり、オーギュストたちは事件捜査についてはリヒャルトに一任していた。可能であれば、あの癇癪玉コンビの相手も押し付けてしまいたいところだった。
しかし勇者様や魔王は気の毒なものだ。素直に武器商人に徹して、もう少々こちらに供するメリットに色を付けてさえいれば、少なくとも二千人もの死傷者を出さずに済んでいただろうに。ブリタニアの飛竜騎兵計画に関与するマージンをほんの数パーセント、ヘルヴェチア有利なものにするだけで、きっと難民の数百人は命を取り留めたはずなのだ。金こそがモノを、そして兵を動かすに足りうるのだ。
おおよそ掲げた大義の大きさ相応に、倫理観とやらが足元にまとわりついているのだろう。ヘルヴェチアにヴォーパル鋼の技術を横流しするというのにも良心の呵責があったに違いない。
だがこれであの二人も、信頼と安全は金で買えるということを学習しただろう。今後は授業料で破産してしまわないよう、何かと手を焼いてやる必要がありそうだ。
オーギュストとしては、魔王軍が同盟内での諍いで磨り潰されてしまうことを良しとしなかった。苦い良薬を無理やり服用させたとはいえ、ヴォーパル鋼に関する技術は唯一無二のものだ。アメをやらずに鞭だけに徹して、これをみすみす手放してしまうわけにはいかなかった。
「しかし魔王軍もモスクワも、存外頭カラッポのバカばかりではないらしい。あの勇者様やフリュギア人の少佐も、条件を示しつつしっかりこっちを脅してきた。嫌いじゃあないな、口が達者な女というのは」
前髪を手のひらでかき上げながら、オーギュストは熱っぽく言った。
「俺はさっさと出てってもらいたいもんだがね。魔王軍にも、もちろんあのヘレネ伯にも」
「面倒はほとんどリヒャルトに押し付けておいて、よく言う」
「窓口を誰かに代わってもらいたいってことさ。帝国の修道騎士と付き合うのは疲れるんだよ。兄貴はそこまで知らんだろうが、帝国人の頭蓋骨には、脳みその代わりにマジパンが詰まってるんだぜ。まだ魔王軍の方が話が通じるだけマシだ。帝国人ってのは、自分たちが白馬の王子様や深窓のお姫様だと思い込んでいやがる、特に貴族はな。やめろといったことを、あいつらは全部やってのけて、それでいて知らんぷりだ。カッコつけになるとでも思っているのかね」
「だが彼女ほど麗しい女性は、俺はエルフでも見たことがないぞ」
「顔さえよければ何でもいいのか? よせよ、所詮はヤクザ者だ」
「例にもれず、口が達者とも聞いているが?」
「また兄貴の病気が始まった」
「実の兄の嗜好をそう悪しざまに言うな、女に袖にされるより傷つく」
眉間に皺を寄せながら、オスカーは深くため息をついた。部屋から出ていく長兄の背中に向けて言った。
「今度は殺すなよな、相手はお得意先なんだから」




