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嗤う女騎士  作者: カスミカ
蠢動する欲望
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事後処理(2)

 事件から数時間後。リーハイムの入管施設一帯は、ヘルヴェチア軍によって部外者の立ち入りが禁止されていた。唯一そこへ通じている街道でさえも封鎖され、また外部からの入国も制限されていた。限定的ではあるが、実質的な国境封鎖が実現した形となっていた。


 焼け落ちた宿舎跡地の真横に掘られた、塹壕めいた大きな穴は、便宜的に設けられた墓穴である。ヘルヴェチア軍の兵たちによって黒焦げの焼死体が無造作に投げ入れられていく有様を目の当たりにし、部下を伴って視察へやってきたアミル・カルカヴァンは絶句した。人種を問わずして穴へと放り捨てる彼らは確かに平等ではあったが、彼らの腕や足が折れ飛んだところで気にも留めないエルフの感性に、アミルは形容しがたい困惑と嫌悪感を抱かずにいられなかった。これは単なる国民性による感覚の差異なのか、それとも……?


 部下の制止を振り切って、作業を指揮している士官らしきエルフの女性に抗議したが、一笑に付されて追い返された。【魔王】の名の持つ影響力など、単なるまやかしにすぎない。元来アミルは自分の二つ名に期待こそしていなかったが、兵たちの排他的な態度は、彼女に改めてその無力を知らしめるに充分だった。


 ルイーゼ・ヴァイルブルク大尉を名乗った彼女の応対は慇懃ながら、明らかにフリュギア側への侮蔑と不審が顕著に垣間見えた。少なくとも、歓迎だけはされていない。ブリタニアやガリアの要人との会談でも感じた排外的な敵意を、アミルはありありと感じていた。この惨劇を引き起こしたのは、貴様ら自身の人望のなさだと知るがいい。丁寧な物言いに含まれた露骨な悪感情に、アミルは唇を噛むほかなかった。


 ただ両軍の作業を遠巻きに眺めることしかできない無力感に、アミルは皮膚が破けるほどにかたく拳を握った。血の滲んだ両手を見て、傍らのフリストス・ドリヴァス大佐はあたふた慌てだした。軍人でありながら、彼はひどく怪我や血が苦手なのだ。少なくとも、彼はアミルに対してはそういった道化を演じていた。


「きっと小官の姿に面食らってしまったのでしょう。面目次第もございません、閣下」


 励ましのつもりか、ドリヴァス大佐は軽い調子でそう語った。彼に顔というものがあれば、得意げな笑みを浮かべているのだろう。彼は凝魂人ゴーストと呼ばれる少数民族のひとりであり、物理的な自前の肉体というものを持っていない。とはいえ人間社会とは無縁な幽霊というわけではなく、彼らは無生物に憑依することで、初めて人間として誕生する。


 とはいえその生態は彼らにも不明瞭な点が数多く、大半の人々は『気づいたらそこにいた』というほかない来歴の持ち主ばかりである。さりとて確固たる人格の持ち主には違いなく、彼らもまた人類と認めるに相応しい種族だというのが、フリュギアの考えであった。ドリヴァス大佐の故郷たる古戦場では厚手のプレートアーマーを依代として扱っており、彼もまたそれに倣って、二百年前の鎧をがちゃがちゃ蠢かせながら、アミルの警護に努めている次第であった。


「頼りない魔王で、ごめんなさいね」


「何を仰います。人間、できることとできないことがあって当たり前でございます」


 あまりにも敬意を欠いた朗らかな応えに、アミルは穏やかな感情を取り戻した。アミルはこのドリヴァス大佐の、ひどくマイペースな言動が嫌いではなかった。大佐自身はアミル自身と同じフリュギア人のルッツァ少佐を側近として置きたがったが、彼女の生真面目な気質よりも、アミルは大らかなドリヴァスのノンビリとした口ぶりの方を好いていた。ドリヴァス大佐の存在は、そうした意向のもとで忖度の重ねられた結果の人事的采配であった。


「閣下は、その還御をもってフリュギアを改めて平定なされた。できることが明確な人間は、幸運ですぞ。無能なまま、無為なままに果てていくことほど、恵まれぬことはありますまい」


 それは暗に、犠牲となった難民たちの死について語っているのだろうか。真意とジョークの判別がつきづらい口ぶりのままで、ドリヴァスは言葉をつづけた。


「しかしながら、できること、やるべきことがただのお仕着せであれば、これもまた恵まれているとは言い難いでしょうな。心から望んだことが自分の使命である、そんな奇跡がいかほどこの地上にありましょうや」


「私には、そのどちらかが欠けているということ?」


「意見は差し控えさせていただきたく存じます」


 開かれた両手に滲む血をハンカチで拭ってやりながら、ドリヴァスは言った。


「でも、当たらずとも遠からずなのかも」


「と、仰いますと?」


「できることもろくにないのに、大事なことをお仕着せられるまま、空回りしてる」


「うはは! 小官のことですかな?」


 ドリヴァスは、ありもしない声帯でからからと大笑した。


「魔王は勇者と手を取り合うものだって、さんざん言われてきたけど、私にそれができてるかどうか、皆は疑わしいとは思わないかしら」


「お二人が仲違いをしているようには、思えませぬが」


「ああ、ええと、違うの。そういうことじゃなくて……目標というか、目的というか」


「小官のような得体の知れぬ無能にも、平等に良い暮らしをさせていただける世界の実現であると、聞き及んでおりますが」


 人魔統一のスローガンのもとに、大陸社会の常識に一石を投じる。確かにアミルとラウラは、同じ手段に賛同の意を示した。だからこそ、初めてマイクロフォンなる録音機械に自分の声を吹き込んだし、慣れない演説だってした。各国での根回しに奔走した。今回の事件と、同盟軍内での責任問題を目の前に見据えてなお、二人はきっと折れることなく目的に向かって邁進するのだろう。


 だが、アミルはラウラと手を取り合っている認識は薄かった。いかに聖剣を目の当たりにしたところで、彼女が伝承の勇者の血を引く存在であるとは実感できなかったし、また自分がフリュギアの王侯であることにも、現実味を感じられないままである。


 なけなしの未熟な感性を握り締めて、ただここに立っているだけ。高潔な理想は、まさしくドリヴァスのいうお仕着せの考えに他ならない。それを胸に奉じる真似をしてみせたのは、ヴィルヘルミーナとの約束が念頭にあったからだ。全人類の手本となるような倫理道徳の体現たろうなどとは、夢にも思っていない。人種の平等を謳いながら、先ほどのエルフの感性に違和感と忌避感を抱いてしまう程度には、アミル・カルカヴァンは俗人なのだ。


 人間があんなふうに殺され、あんなふうに葬られることには、神経をそばだてずにはいられなかった。国柄や人種の差異だと割り切ることもできず、ただ自分の皮膚を裂くことしかできない自分の無力さがなにより虚しく、忌々しかった。


 だからといって、自分がフリュギアの代表にして聖書の登場人物、その末裔に相応しく振舞えるかといえば、返答に窮してしまうだろう。リーツェンブルク宮殿で培った最低限の社交術が外交の場で通用したかといえば、否である。そもそもそれ以前の問題として、彼らはフリュギア人の存在を同じ人類として認めていない。いくら言葉を重ねようが、耳を塞がれては敵わない。アミルが考えているほど人々は鷹揚ではなく、ヴィルヘルミーナの言う通りに、偏屈で酷薄なのだった。


 ベルリンから出て、アミルは色々なことをうかがい知った。昨夜の虐殺と同じかそれ以上の残忍な行為が、大陸では平然と罷り通っていることを、改めてアミルは理解させられた。肌の色や手足の数、その差異が断罪に値するという価値観の存在を体感し、賜った冠の重さに彼女は慄いたのだった。


 目の前で行われている、お世辞にも埋葬とも呼べぬ『処理』は、現代における大陸の縮図だ。


 可能であれば、即刻あの行為をやめさせなければならない。誰が火を点ける側にも、点けられる側にもなってはならず、誰が死体をああも杜撰に埋める側にも、埋められる側にもなってはならないのだ。


 そして何より、あの穴の奥底で積み重なった漆黒の骸の中に、ヴィルヘルミーナが混じることだけは、絶対にあってはならないのだ。人間に順列を付けないというのが人種の平等というのであれば、この時点でアミルは魔王には相応しくない。だが、ヴィルヘルミーナに誓った世界を作るためであるのなら、甘んじてこの矛盾を嚥下しようではないか。喜んで、今は眼前の暴挙に背を向けてみせようではないか。


 ヴィルヘルミーナがモスクワに身柄を押さえられたというのは、既に周知の事実となっていた。戦後の帝国領を治めるために有用な皇族を、モスクワが害するとは思えない。ゆえに、彼女の身の安全は当面の間保証されていると言っていい。


 たとえ離れ離れになっても、きっとお迎えいたします。


 ミーナ様が健やかでおられるような、そんな場所を築いて。


 遵守すべき誓いを脳裏に浮かべ、アミルは引き結んだ口を開いた。


「ドリヴァス大佐。戻りましょう」


「は。もう、よろしいので」


「この細腕で役に立てることなど、ここには何一つありません」


 そうきっぱりと言い切って、アミルは次に魔王として取りえる手を思い描いた。


 連想した先は、ガリアの都市。


 大陸における輝かしき文化と芸術の中心。花の都、パリであった。




「確認が遅くなって申し訳ありません、ヘルヴェチアの情報局からなかなか資料を譲ってもらえませんで」


 そう言って駆け寄ってきたフリュギア人の士官は、胸に抱えていた書類の束を上官のドリヴァスに手渡した。その場に居合わせたアミルにも敬礼をすると、彼は小走りで元いた現場へ戻っていった。


 書面に記されているのは、先日午後から施設内の護衛にあたっていたフリュギア人将兵の安否確認に関してだった。死傷者や行方不明者、拘束したモスクワ兵の情報管理はヘルヴェチアの情報部が一元的に統括していたところ、アミルたちが粘り強く交渉して、ようやく用立てさせたのだ。


 まずはドリヴァスが軽くこれに目を通し、続いてこれをアミルに手渡した。ドリヴァスの肩をすくめる仕草の通り、残念ながら持ち合わせている情報以上のものは記されていなかった。数字の上では死傷者は魔王軍側が出した統計と変わりはないため、ひとまずはエルフたちが書類作成に関して雑な仕事をしているわけではないということだけは分かった。


 これを受け取ったうえで、アミルは一人の行方不明者の無事を祈った。


 不明者リストで彼女が真っ先に探したエルチェの名は、やはり克明に印字されていた。


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