純文学をしゃぶる
スタアバックスで蟹工船を片手にモンブランを食っていた。
モンブランの横には、キヤラメルマキアトがある。
やたらとデカイそれは、ベンテイと呼ぶそうだ。
かにえRがスタアバックスに足を運ぶようになったのは、ここ一年の話と聞いた。
かにえRの田舎には、スタアバックスがなかった。
牛が鳴いているような田舎ではない。
国道沿いにはフアミレスとスウツノアオキが並んでいた。
ワンダアグウもあった。
ワンダアグウで東京事変の「アダルト」というアルバムを中古で買った時、レシイトに印字された「アダルト」という文字を見た母親が騒いだのも、今ではいい思ひ出のようだった。
かにえRの田舎にスタアバックスができたのは、数年前だ。
ドライブスルウもある大きなスタアバックスだ。
従兄弟がそこで働いている。
上京して初めて行ったスタアバックス。
サイズがわからず随分と恥をかいたようで、そこから足が遠のいた様子であった。
スタアバックスの前を目を瞑り、早足で通り過ぎることもあったという。
二度目のスタアバックス。
同じく上京した高校の友人と行った。
「スタバの注文の仕方がわからない」
震えるかにえRに、友人は云った。
「じゃあ一人で注文してきて笑。私ここで見てるから」
いぢめではない。
決していぢめではない。
かにえRとは、弄られてこそ輝く存在であった。
あぁ。
泣いている。
かにえRが泣いている。
しかし、その友人とは今でも仲が良い。
そして、そこからかにえRがスタアバックスに行くことは決してなかった。
しかし、転機が訪れた。
転機なのか、天気なのか。
天気といえば、本日は曇天。
眼鏡のレンズにポツリと一つ、落ちるような。
かにえRに訪れた転機とは、蟹工船に乗ることではない。
かにえRはオレンヂが好きだ。
iPhoneもオレンヂだ。
蟹工船もまた、オレンヂ色の表紙であった。
かにえRに訪れた転機。
それは、執筆活動である。
かにえRは執筆活動のために、スタアバックスを使おうと思ったのだ。
執筆活動の為に、ノウトパソコンを買った。
ラブコメを書いている。
いや、ラブコメではない。
純文学を書いていると本人は云う。
純文学を舐めるなと、私は云った。
しかし、かにえRは私の目の前で純文学にむしゃぶりついたのだ。
しゃぶっている。
純文学をしゃぶっている。
ゾッとした。
「離せ!」
私がそう叫んでも、かにえRは純文学をしゃぶって離さない。
思わず蟹工船で、かにえRの頭を引っ叩く。
ベンテイのキヤラメルマキアトは背が高い。
阿呆のようにバランスが悪い。
倒れかけたベンテイのキヤラメルマキアトを、かにえRは掴んだ。
純文学をしゃぶったまま。
「危ないだろ――糞。こら」
かにえRがそう云って口を開いた隙に、私は純文学を引っ張り出した。
唾液に塗れ、ぐしゃぐしゃの純文学を脇の下で拭く。
「ラブコメを書けよ」
「んん、今書いているところ」
かにえRは食べかけのモンブランに、フオークを突き刺す。
「フォークがデカすぎ問題」
そう呟くかにえRを、私はジッと見ていた。
「ケーキっつーのは、フォークが小せぇから美味ぇんであって」
お国言葉でまた呟いたかにえRが、表紙の歪んだ蟹工船を開く。
ハラハラと地面に落ちる栞を、私は目で追った。
脇の下に挟んだ純文学は、しっとりと濡れていた。




