Humans, fear not the void.
ここ最近、街もインターネットもAIが生成した広告で溢れておりますが、なぜ一目見ただけで、それがAIによって生成されたものだとわかるのか。
最近、そんなことをずっと考えているのです。
先日見たのは、渋谷のとあるビストロのネット広告。
一瞬のスクロールで、
「あ、AIのやつだ」
と気づいたのです。
原因の一つとして考えたのは、人間側の恐れがAIに反映されているということ。
ここでいう人間側の恐れというのは「空白」であります。
人間が、己の空白に耐えられないのではないかということ。
しかし、生身の人間が作ったものは、案外空白だらけなのではと思います。
広告だけじゃない。
一から百まで説明されるよりも、掻い摘んで説明される方がわかりやすい。
文学もまた。
余白に感情が映る。
他者の生み出す空白には耐えられるのに、己の生み出す空白には耐えられない。
結果的にAIもそれを汲み取って、空白を埋めてしまう。
まぁ、持論なんですけど。
デザインを含め、創作というのは、それらを生み出せる人間の特権でありました。
しかし、AIが生まれ、すべての人間が創作できるようになったのであります。
誰しもが、頭の中にある色々を外に出すことができる。
その特権を余すことなく使おうと思うのは、当たり前のことだと思うのです。
人類が絵を印刷できるようになったのは、8世紀、唐の時代の中国で始まった木版印刷からだと言われています。
(Google調べ)
選ばれし人間しか見ることができなかった絵を、皆が見られるようになった。
何が言いたいのかわからなくなってきた。
何が言いたいのか。
何が言いたいのかと言うと、空白を恐れるなということ。
印刷はまだいい。
空白がそのままだからだ。
しかしAI。
お前らが作る広告は、絵は、空白がない。
AIよ。
AIを使う人間たちよ。
空白を恐れるな。
目がチカチカするんだよ。
目が。
目が……。
人間よ、空白を恐れるな。
Humans, fear not the void.




