娑婆に出ような
難しい言葉を使いたい。
そう思うんですよ。
物語を書いてる時なんて、特にね。
あとはまぁ、他人に頭が良いと思われたい時のメッセージとかですかね。
『○○ 言い換え』
検索履歴がそれで埋まっていた時期もありましたよ。
えぇ、ありました。
でも、でもねぇ。
思い入れもない言葉を使ったって、しょうがないと思うんですよ。
頭が良い人とか、語彙力がある人は、違和感なく使えるんでしょうね。
でも別に、書くことって、頭が良い人や語彙力がある人だけの特権ではないんですよね。
このエッセイの作者のかにえRみたいに、
脳みその皺が滑らかな人間だって。
語彙力のメモリーが少ない人間だって。
書いてもいい。
難しく書こうとしなくてもいいと思うんですよ。
勿論、難しく書くことも必要だと思いますよ。
でも、出てきたものが難しかったのと、わざと難しく書くことは違うと思うんですよ。
自分が何を言ってるのかわからなくなってきた。
脳みその皺が滑らかだからだ。
クソ、もっとシワシワの脳みそだったらよかった。
時々、本屋に行くと絶望するんですよ。
世界は、こんなに言葉と物語で溢れている。
ここにないものを、己は生み出せるのか。
まぁ、生み出せないんでしょうね。
別に、擦りに擦られたネタでもいいと思うんですよ。
もっと擦って、ボロボロにしてやりましょうよ。
紫式部だって、ラブコメを書いていたんですから。
擦りましょうよ、みんなで。
「何をボソボソ言っている。いいから書け。次の更新日は明日だぞ」
牢屋の中にいるかにえRに、看守が声をかける。
「そ、創作論を語っている」
かにえRは顔を上げ、掠れる声で呟く。
「創作論? 何を言っている。いいから書け。更新は明日だぞ」
「はい」
右足首に巻きついた鎖の先には、日本国語大辞典(全14巻)がぶら下がっている。
「あの、この辞典は娑婆に出る時、貰えるんですか」
「買取だ。金がないなら無理だろうな」
「そ、そんな。い、今書いてるラブコメと、このエッセイのリワードで足りるでしょうか」
看守がポケットに手を突っ込み、スマホを取り出す。
「到底足りない」
「た、足りない。ど、どうしたら?」
「書くしかないだろうな」
そう言い残し、看守は去っていった。
鉄格子を眺めたあと、右足首の鎖の先にある辞典へ手を伸ばす。
全14巻を、一冊ずつ撫でる。
「一緒に娑婆に出ような」
「いいから書けよ」
吐き捨てるように、辞典がそう言った。




