約束しました!
三日目は順調にスタートし、問題なくゴールした。つまり、特に何か厄介なことが起こることなく、ガイオスを代表とする熟練冒険者(=人外さん)が挑戦してくる事もなく、今日も今日とて新人冒険者さん達がちらほらやって来ては、義姉さん達に打ち倒されていたというわけだ。
そして、この日は合計でなんと7組、40人もの冒険者がやって来ていた。と言っても全員を仕留められたわけではなく、4人ほど撤退していた。つまり、今回の撃退で仕留められたのは36人ということになる。
……あれ? この数値って一昨日と変わりがないような……うん、気にしたら駄目だ。
「うひゃー、もう駄目ー」
と、この声は義妹かな。撃退した数値への疑問に無理矢理決着を着けたところで、義姉さんや義妹、それに勇者が持ち場から戻ってきたようだ。声色から察するに大分疲れているっぽい。恐らく他の二人も似たり寄ったりで疲れているのだろうな。
「お疲れ様」
振り向いて確認した3人の姿は予想に違わず、疲れ切った様子だった。僕にできる事は少ないが、まずは労いの言葉を掛ける。
「あぁんもう、お兄ちゃん疲れたよ~」
すると、義妹がすぐさま飛び付いてきた。
「ん~~、お兄ちゃん分の充電だ~~~」
疲れていても、じゃれつく義妹の姿は日本にいた頃とかわりなかった。それに少しほっとしてしまう。
なぜなら、殺人という最大級のストレスがたまる行為をかなりしている。全員を殺している訳ではないが、だからといって楽観はできない。少しでも精神が病んでいる傾向があればここに配置するつもりなのだけど……すりすりと身体を擦りつけてくる義妹の姿を見ていると、杞憂に思えてくる。
「うふ、洸ちゃんありがとう。こうやって一日の終わりに洸ちゃんに労ってもらえるなんて幸せだわ」
言いながらも僕の膝の上で猫化している義妹の首根っこを捕まえて勇者の方へ放り投げる。そして、占有者がいなくなった膝の上に腰を下ろしてしなだれかかってきた。
「灯じゃないけれど、こうやって洸ちゃん分を充電するのって大事よね。ね?」
こっちに流し目をするのは止めてください。あとそんなに密着してきたら色々と困るんだけど。ほら、胸とか当たってるし。
「あら? これは……くすくす、洸ちゃんもやっぱり男なのね。でも嬉しいわ」
そうして今度はぎゅーっと身体を抱きしめられた。義姉さんもこの様子を見ていると、日本にいた頃とそれほど変わりがあるわけじゃない。ただ、ほんの少しだけスキンシップが過剰になっているな。それが殺人に因るものなのか、全く関係が無いのかは判断が付かないけれど。
「お姉ちゃん、くっつきすぎー。は~な~れ~ろ~~」
義妹が義姉さんの後ろから羽交い絞めにして引き離す。義姉さんはそれでも嬉しそうな笑みを見せていた。と、そこでその横の思いもよらない人物から声を掛けられた。
「あ、あの」
「ん?」
「先日はご挨拶せずにすみませんでした。僕は美神アフローディナに選定されし勇者、サシャ・クランドールと言います」
いや、名前はフローラから教えてもらって知ってるし、今さらなのだけど。あ、でも美神の勇者というのは初耳だ。……うん、改めて見るとやっぱりこの子は凄く美人だ。美神の選定理由がなんとなく分かる。
まじまじと見つめているだけで、返事も何もしないで放置していたから勇者は困惑気味だ。ちらりと義妹や義姉さんを見やると、なんとこっちをほったらかして談笑していた。これはとりあえず任されたのかな。仕方なく視線を戻すと、彼女は斜め後ろを気にしながらも口を開いた。
「あの、一つだけよろしいでしょうか?」
「うん? 何か聞きたい事でも?」
そういえば彼女には名前すら教えてないな。既に義妹が教えてる可能性はあるけど、挨拶しとかないといけないかな?
「あ、いえ。そ、その、お、お願いがあるのですが……」
「お願い? もしかしてここから出たいとか?」
お願いと言われて真っ先に思いついた事を口走ってしまう。直後に失敗したと思った。ここで頷かれても困るのに……談笑していた義姉さんや義妹も呆れ顔になっている。
仕方ないじゃないか! 癖なんだよ。
しかし、彼女の口から出た言葉は否定だった。
「いえ。僕はこうして貴方様に捕えられ、使役させられていますが、その事については色々考えまして今は異論はありません。お願いといいますのは、僕の仲間の事についてです」
彼女の仲間……そういえばフローラに任せてほったらかしになってたけど、彼女の仲間である女性二人がいたね。確かそう、ゴブリンの苗床にされてるとか。あれ?
「仲間、ねぇ」
表面上は取り繕いながらも、中身では絶賛慌てふためいている僕はそれだけを言うのが精一杯だった。しかし、彼女はそれを勿体つけているように感じたのか、ずずいと身体を乗りだしてきた。
「はい、大切な仲間の二人、リシアとマーナを解放……いえ、その二人に会わせてもらえませんか?」
リシアとマーナ、名前で言われても分からないけど、多分あの魔法使いと僧侶の事だろう。どっちがどっちだか知らないけれど。そして、解放を口にするも直ぐ様言い換えたのをみると、そのようなことは叶わないと理解しているのだろう。
ちらりと義姉さん達に視線を送ると手をバッテンされた。つまり駄目とのこと。調教がどうたらとか、もうそろそろ精神が折れるとか、色々怖い報告だけは聞いていた。だけど、まだ始めて3日目なので会わせられる状態迄はいっていない、とそういう事らしい。
ちなみに、この件に関しては義姉さんを筆頭に義妹もフローラも僕が関与するのを強硬に反対したので任せっきりになっている。何でも僕に見せたら混ざってしまいかねないとか……信用ないのね。
何はともあれアウトの指示が来ているので答えは決まった。勿体ぶるつもりはないけれど、少しだけ鷹揚に答えてみる。
「その件については、まだ駄目かな」
「なっ!? 何故だ!?」
途端、彼女に襟元を掴まれ揺さぶられた。おおう、それなりに力があるのか、結構がっくんがっくんなる。傍目には面白いかもしれないけど、痛い痛い。
「昨日も今日も、貴様のためにしたくもない迎撃をしているというのに! 何故駄目なんだ!? 理由を言え、理由を!!」
いや、あのこんなに揺さ振られてたら答えようにも答えられ、うぷ。
「はいはい、ちょっと落ち着きなよサシャ。そもそも、お兄ちゃんにそれ以上の狼藉は許さないよ」
と、その時、やっと義妹が動いてくれて勇者を止めてくれた。助かった。あのまま揺すられ続けたら絶対戻してた。まさに危機一髪といったところ。
義妹からは絶対零度の冷気が感じられる。標的でない僕がそうなのだから、勇者は……と見ると青を通り越して真っ白になっていた。
「す、すみませんでした。お、お許しください」
「あたしに言ってもねぇ」
「マスター様、申し訳ありませんでした」
義妹に言われると同時に、僕に向かって土下座。これってこっちの世界にもあるんだ。どうでもいい感想を抱きながらしゃがみ込んで彼女の肩を叩く。はっと、顔を上げた彼女を慰める。
「取り敢えず僕は気にしてないから。逢わせられないのは不満だろうけどもう少し待ってね。必ず逢わせてあげるから」
「もう、洸ちゃんは優しいんだから。サシャ、貴女はまだ全然活躍をしていないのよ。逢えないのは当たり前。……そうね、貴女自身が撃退した人数が100を越えたら叶えてあげるわ」
義姉さんが僕の言葉を補足するように理由を述べ、更に条件も付け足した。勇者は何か言いたそうにしていたけど、渋々頷いた。
「約束だぞ」
「ええ、約束よ。絶対に叶えてあげるわ」
義姉さんは余裕の微笑みで肯定した。
「姉さんもこう言っていることだし、僕も約束は守るよ」
僕も同じように約束する。流石に僕の口からも約束という言葉が出たからか、「判りました」と一言口にして引き下がった。
「では、そろそろご飯になさいませんか?用意の方は出来ております」
頃合いを見計らったフローラが絶妙なタイミングで提案してきた。僕が宜しくとお願いしたことで、この話は終わりとなった。




