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京都弁男子に溺愛されています〜憧れの小説作家は気になる彼でした〜  作者: 一ノ瀬灯


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8/30

気になる彼はどうやら作家らしい

 伊織に連れられてやってきた喫茶店は純喫茶のレトロな雰囲気があり、どこか昔懐かしい。

 お昼時ということもありやや混雑していたが、十数分ほど待って席に案内された。


 朝はトースト一枚に牛乳一杯だったので、お腹が空いて仕方ない。

 メニュー表は一つしかないため、前回のオムライス店の時と同じように一つのメニューを囲うように二人で見た。相合傘のこともあり、近い距離にドキドキする。それを悟られないように澄まし顔を繕った。


「清水さんはここに何回か来てるの?」

「せやで。俺のおすすめはナポリタンなんよ」

「そうなんだ。じゃあ、それにしようかな」

「ほな、俺もナポリタンで」


 メニューを見ていると、ドリンクコーナーにメロンソーダフロートがあった。レトロな純喫茶のイメージそのもののメニューがあることになんだか感動した寧々は、それを頼むことにした。


「私メロンソーダフロートがいいな」

「お、なかなかいいもん頼むやん。せやなあ、俺はコーラフロートにしよか」

「清水さんもいいもの頼むじゃん」

「おおきに」


 伊織が注文してくれたので、寧々は任せることにした。二人ともドリンクを食前に持ってきてもらい、数分待ったところで注文が届いた。

 メロンソーダフロートにはバニラアイスがついており、さくらんぼがちょこんと乗っている。鮮やかな緑色は見ていて楽しい。

 寧々はさっそくスマホで写真を撮った。

 すると、カメラの向こうでピースをしている伊織が写った。寧々はお茶目な人だなとくすくす笑いながら写真に収めた。


「清水さん、もしかして写真好きなの?」

「そういうんわけないんやけど、何気ない瞬間でも思い出に残しておきたいやん?」


 伊織の言っていることに寧々はいたく同意した。時間というものは有限で、その時は記憶に新しいものだとしても、過ぎてしまえばそれは過去の時間になる。いつまでもその瞬間を残しておくことができる写真が寧々は好きなのだ。

 似たような感性を持っている伊織に親近感が湧き、よりいっそう伊織という人を好きになってしまう。


「アイスが溶けてまうよ、飲もうか」

「そうだね」


 ストローでメロンソーダを吸い込むと、子どもの頃によく飲んだ味がして優しい気持ちになる。

 スプーンでアイスを掬って口にすれば、ほんのりとした甘さが舌を包む。おいしい。


「なんだか懐かしい気分になるね」

「昔懐かしってやつやんな。こういう純喫茶ってなかなかあらへんから、ここはよう通ってるねん」

「そうなんだ」


 珍しく伊織が自分のことを教えてくれた。いつもはのらりくらりとかわすのに、今日は素直な日のようだ。

 そこで、デート一回につき伊織のことを教えてもらうことを思い出し、寧々は「そういえば」と口にした。


「デートしたら清水さんのこと教えてくれるんだよね?」

「そうやで、今日はなにが知りたいん?」


 伊織のことはたくさん知りたいが、やはり前回聞き損ねた仕事について聞いてみよう。


「清水さんの仕事かな」

「ええよ。俺は作家しとるんよ。いわゆる小説家やね」

「ええ! そうなの!?」


 失礼な話だが、華やかな雰囲気のある伊織が作家をしているとは全く考えていなかった。表舞台に立つようなルックスをしているからこそ、そう思ってしまったのもある。


「へえ、意外だなあ」

「そんなに意外なん?」

「うん、モデルとかそういう仕事してるのかと思った」

「それこそありえへんよ。寧々ちゃんも面白い冗談言うんやね」


 くすくす笑う伊織は楽しそうだ。

 今日あじさいを見にきたのも、もしかしたら仕事に活かすためなのかもしれない。そう考えると、ちくちくしていた心は鳴りを潜める。恋とは単純なものである。


「清水さんって作家なんだね。そういえば、昨日私の好きな作家さんの新刊が出たんだよ、明日ゆっくり読むんだ」

「へえ、そうなんや。……ちなみに、誰なん?」

「水川累先生だよ」

「水川累? なんでまた」

「描写が丁寧だし、文章が好きなんだよね。色んなジャンルを書けるのがすごいと思う。水川先生は謎に包まれてるけど、私は好き」

「そうなんや、知らんかったわ」

「言ってなかったからね。あとは、読書も好きかな」


 本談義で盛り上がっていたところで、ナポリタンが届いた。寧々はスマホでさっと写真を撮る。

 すると、先ほどのメロンソーダフロートの時のように、伊織がまたピースをしていた。

 伊織のマイペースな行動に慣れてきた寧々は、フィルター越しににこにこしている彼の写真を撮った。

 寧々も伊織に写真を撮ってもらい、満足する。


「いただきます」

「いただきます。寧々ちゃん、食べてみて」

「うん」


 フォークでくるくる巻いて口の中に入れる。玉ねぎの甘みとピーマンの苦味がアクセントになり、パスタに染み込んでいる。昔ながらの味わいに寧々はどこか懐かしさを感じた。


「おいしいね」


 寧々が味わいながらにっこり微笑むと、伊織も嬉しそうに笑ってくれた。


「せやろ、俺はここのナポリタンが好きやねん。寧々ちゃんにも食べて欲しかったから、今日は来れてよかった」


 伊織もナポリタンを食べ進める。

 寧々は伊織がおすすめのものを教えてくれたことが嬉しくて、ナポリタンに舌鼓を打ちながら幸福感でいっぱいだった。

 自分のことを話すのにデートを持ちかける男が、好きなお店に連れて行ってくれたのだから。


 あっという間に食べ終わり、寧々はお腹いっぱいになった。メロンソーダフロートも飲み終わり、器は空になる。


「ふう、お腹いっぱい」

「よかった」

「そうだ、ちょっとスマホ触っていい?」

「どうぞ」


 寧々はメッセージアプリのアイコンを変えることにした。今はキャラクターものだが、先ほど写真に収めたメロンソーダフロートをアイコンにしよう。背景はもちろん今日のあじさいだ。

 明るさを調整したりトリミングして、アイコン用に編集する。ちょうどいい具合にしたところで設定が完了した。


「よし、これでOK」

「なにしたん?」

「メッセージアプリのアイコン変えたの」

「そうなんや、見てみよ」


 伊織はスマホで確認したらしい。寧々の新しくなったアイコンを見て、伊織はくすくす笑った。


「これ、今日のやつやん、むっちゃ嬉しい。そうや、俺も同じにしてもええ?」

「お揃い? 清水さんは嫌じゃないの?」

「嫌やったら言わへんよ。寧々ちゃんはどうなん?」

「……嫌じゃないよ。嬉しい」

「ん、俺もや」


 伊織もスマホを操作してアイコンやらを変えるらしい。

 数分もしないうちに設定できたようで「寧々ちゃん見てや」と言ってきた。


「コーラフロートにあじさいだ」

「お揃いやもん」

「ふふ、そうだね」


 伊織とくすくす笑い合い、楽しいひとときを過ごすことができて嬉しかった。

 今はただの友達だが、少しずつ男女の仲になれたらいいなと思う。


 楽しかったデートも終わり、楽しい気分のまま家に帰宅する。伊織に無事に帰宅したことを連絡し、寧々は手洗いうがいをした。

 スマホの通知音が鳴り、急いで確認すると相手は伊織だった。彼はもう少ししたら家に着くそうで、寧々が無事に着いたことを安心してくれたようだ。


 寧々は伊織が写った写真とメロンソーダフロート、ナポリタンにあじさいの写真を送った。

 すると、伊織からは寧々の写った写真とコーラフロート、同じくナポリタンにあじさいの写真が送られてきた。

 似たような構図なのにそれは伊織が撮ったもので、また新鮮な感覚になる。


 ──しばらく更新していなかったSNSを更新しようかな。

 寧々は今日の写真を何枚か見直していると、楽しかった思い出が一気にかけ巡る。気持ちをそのまま載せるわけにはいかないので、一旦落ち着かなければ。


 何度か深呼吸をして、頭をすっきりさせる。よし、更新しよう。ハッシュタグはあじさいと純喫茶をつける。写真は厳選したものをピックアップし、SNSに投稿した。

 久しぶりの投稿に気づいた友人達からいいねやメッセージが届く。拓也のことは共通の友人にだけ話してあるので、ようやく更新されたSNSにみんなほっとしているようだった。

 メッセージに返信をして、優しい気持ちのまま料理を始めた。


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