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京都弁男子に溺愛されています〜憧れの小説作家は気になる彼でした〜  作者: 一ノ瀬灯


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くすぶる心

 夕方前に家に帰ってきた寧々は、あまりにも健全すぎるデートをして心が満ち足りていた。


 元彼の拓也を忘れることなどそう簡単にはできないと思っていたのに、たったの二日で伊織という男性が寧々の心にズカズカと入ってきてしまったのだ。


 低く艶のある声で「寧々ちゃん」と名前を呼ばれるだけで嬉しくなる。

 自分のことはなにも教えてくれないのに、どこまでも寧々に寄り添ってくれる伊織という人に、少なからず惚れていることを実感してしまう。


 恋愛なんて当分したくないと思っていたのに、さっそく次の恋に向かおうとしている身勝手な心はどうしても制御なんてできなかった。


 寧々はベッドにダイブして、くすぶる気持ちをどこかへと押しやりたくて眠ろうと目を瞑った。そこで化粧を落としていないことに気づき、のろのろと身体を起こして洗面台へ行こうとしたら、スマホに通知音が鳴った。

 もしかしたら、伊織かもしれない。逸る心に寧々はバッグからスマホを取り出すと、送り主はやはり伊織だった。


【寧々ちゃん、こんばんは。今日はほんまに楽しかったで、またデートしような】


 その一文とともに、寧々の写った写真も送られてきた。明るい表情にはここ最近の暗さが見えていなくて、どうやら本当に心から楽しむことができたようで寧々は安堵した。


『こちらこそ楽しい時間をありがとう。清水さんの写真も送るね』


 そう返して写真を送るためカメラロールを起動すると、オムライスよりも伊織の方に目が行ってしまった。


 はんなりとした喋り方でおっとりした人なのかと最初は思ったが、そうじゃなかった。けっこうぐいぐいくるのに、自分のことは教えてくれない謎が多い人。


 それなのに、こうして写真を見るだけでまた会いたいと思ってしまうのだから、寧々はもう伊織という人に惚れているのだ。


「……本当に、いけず」


 寧々は伊織が写った写真をタップして、送信した。すぐに既読がついてありがとうのスタンプが送られた。寧々もありがとうのスタンプを送り、やり取りは終わる。


 たったそれだけのことだ。

 それでも、伊織が一人になってから今日のことを思い出して写真を送ってくれたということに、寧々は嬉しくて自然と笑みを浮かべていた。


 明日から仕事が待っているし、今日は早く寝よう。その前に、メッセージアプリのアイコンを変えなければ。今のものは拓也とデートをした時に撮った写真だから、いい加減変えなければと思っていたのだ。なにがいいかなと考える。


 今日行ったオムライスのお店は拓也とも通ったことがあるが、伊織と行ったことで拓也との思い出は上書きされたはずだ。


 しかし、いきなりオムライスのアイコンにするのはセンスがないかもしれない。どうせなら、ほかにも写真を撮っておけばよかったと後悔した。

 

アイコンは一旦キャラクターものにして、ごまかしておこう。今度伊織と出かけたら、次はきちんと写真を撮ろうと心に決めた。



 翌日。満員電車に揺られながら、寧々は会社に向かった。

 先週の金曜日、様子のおかしかった寧々を心配そうに見ていた同僚達は、寧々がいつもの調子に戻ったことに安堵していた。心配をかけたことは素直に申し訳ないと思うので、寧々は朝礼が終わってから「先週はすみませんでした」と謝罪した。


「いいよ、気にしないで。篠原ちゃんに元気が戻ったならそれが一番だから」


 同期の岩澤ちゃんこと岩澤栞が寧々を慰めてくれた。ほかにも優しい言葉をかけてくれた同僚達にも「ありがとうございます」と頭を下げた。

 それから部長の声がかかり、業務が始まった。


 お昼休憩の時間になり、岩澤からランチに誘われたので寧々は岩澤とともに定食屋に寄った。

 寧々はいつものサバ味噌定食、岩澤はからあげ定食を頼んだ。お茶はサービスでくれるのでありがたい。


「篠原ちゃん、この前本当に元気なかったから心配してたんだよ。でも、今日はいつもの篠原ちゃんだから安心した」


 お茶を飲みながらそう言う岩澤はこちらを気にかけているようでじっと見つめてきた。


「心配かけてごめん。……その、色々あってさ」


 岩澤は拓也のことを知っている。もちろん、寧々と交際していたことも。だからこそ、何があったのか正直に言うのは憚られる。


「まあ、何があったのかは聞かないけどさ。話して気が楽になることもあるから、その時は言ってよ」


 岩澤の優しい言葉は寧々を安心させた。岩澤なら、寧々の気持ちに寄り添ってくれるかもしれない。寧々は意を決して拓也とのことを話した。突然別れようと言われたこと、浮気されていたこと、相手の女性が妊娠していたこと、すべて。


 それを黙って聞いていた岩澤は、真剣な表情から怒りの顔に変わった。どうやら寧々同様怒ってくれるらしい。


「なにそれ、拓也くん信じられない! まじキモイ! 妊娠させた女と結婚するわけ!?」

「分からないけど、多分そうなんじゃないかな。本当、信じられないよね」


 そこで二人分の定食セットが届き、寧々と岩澤は「いただきます」と手を合わせて箸をつついた。


「相手の女もキモ過ぎるわ、彼女持ちの男に近寄るなんて最低」

「やっぱり相手の人も気持ち悪いって思うよね!? 私だけじゃなくて安心した」

「そりゃあそうでしょ、篠原ちゃんはなんにも悪くないから余計に気持ち悪い。あ、からあげ一個あげるね」


 岩澤はからあげを一つ分けてくれた。些細な気づかいが嬉しい。


「ありがとう。サバ食べる?」

「いいよ、今日は篠原ちゃんいっぱい食べなって」

「でも」

「本当にいいから、気にしないで」


 にっこりと笑う岩澤に、寧々は再び元気づけられた。岩澤の笑顔は人を明るくさせる不思議な力がある。

 それからお互いに食事をしながら愚痴を言い合ったりして談笑した。

 そうしてお昼休憩はあっという間に終わり、二人は急いで職場へと戻った。


 一時間ほど残業して今日一日の仕事が終わり、月曜日特有のだるさを感じながら寧々は帰宅した。


 最寄り駅で降りて、スーパーで買い物してからアパートに帰る。今日は国産牛肉が特売で安かったので買ってしまった。お肉はおいしいし元気が出るので大好きだ。


 アパートに着き、玄関を開けて家の中に入る。スーパーで買ってきたものを冷蔵庫にしまい、着替えて夜ご飯の支度をする。

 時間はそんなにないから、簡単に作って食べられる牛丼にしよう。


 まずは水を用意して、めんつゆと共に煮る。

 玉ねぎを半分にして、もう半分はラップに包みジッパーに入れて野菜室へ。残りの半分は繊維に沿って5ミリくらいの幅で切る。

 煮えてきためんつゆの中に、牛肉と玉ねぎを入れてさらに煮込む。

 途中でアクを取りながら煮込めば簡単な牛丼のできあがり。あとはお好みで紅しょうがを少々。


 白い白米に乗せていただく。ほかほかの白米と牛肉の甘みが混ざって食が進む。紅しょうがのアクセントもいい。肉はいつ食べてもおいしいのだ。


 夜ご飯を食べてだらだら過ごしていると、いつの間にか二十一時を回っていた。明日も仕事があるし、急いでお風呂に入らなければ。


 お風呂から出てスキンケアを終わらせた後スマホを見てみれば、友人や伊織からメッセージが届いていた。

 とりあえず先に友人のメッセージを確認してから伊織のものを見る。


【寧々ちゃん今日もお仕事お疲れ様。最近また暑うなってきたから、お互い体調には気をつけようね】


 伊織からのメッセージは寧々のことを気づかう内容が書かれていた。

 ──拓也からは、こんな風に気づかわれたことなかったのに。

 たった一言だけなのに、どうしても胸がときめいてしまう。やはりモテる男は違うのだなと勝手に思った。


『清水さんもお疲れ様。最近また暑くなってきたよね。水分補給を忘れずに、明日も元気に頑張ろうね』


 頑張ろうのスタンプを押して、返信を待つ。

 すぐに既読がつき「六月になったらあじさい見に行かへん?」と返ってきた。五月といってももう月末だし、来週には六月になる。

 寧々は二つ返事で「行く」と返した。


 前回の食事は単に友達とご飯に行く感覚だったが、次はそうもいかないだろう。だって、次の約束は伊織の方から誘われただけで、こんなに胸がドキドキするのだから。

 でも、まだ気づかないふりをしていたい。ゆっくりと伊織と親しくなっていきたいから。

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