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京都弁男子に溺愛されています〜憧れの小説作家は気になる彼でした〜  作者: 一ノ瀬灯


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訣別の涙

 なんやかんやで話が続いていることから、相性そのものは悪くないらしい。

 傷ついてすさんだ心も少しは回復できたようでよかった。

 もし、伊織という楽しい人に出会わなかったら、きっと今も塞ぎ込んだままだろうから。


「……清水さん、ありがとうね」

「急に改まってどないしたん?」

「一応ちゃんと言っておこうかなっておもっただけ」

「……ふうん。まあ、ええけど」


 それから取り止めのない会話をしていると、いつの間にか駅に着いたようだ。


「気をつけておかえり」

「うん、わざわざありがとう。また連絡するね」

「またってことは、次の約束をしてくれるん?」

「もう、またそういうこと言う。普通に友達になりたいってこと」

「友達、か。ほな、よろしゅう」


 にっこりと微笑むと、柔らかな印象になる伊織を可愛らしいと思うのは失礼だろうか。


「よろしくね」

「じゃあ、気をつけて」

「うん、またね」


 寧々が軽く手を振ると、伊織も手を振り返してくれたのがなんだか嬉しかった。


 朝でも昼でもない時間の電車は空いていた。

 寧々は揺られながら自宅までの道中目をつむり休むことにした。

 最寄りの駅に辿り着き、馴染みのある風景に安堵する。帰ってきたと思わせてくれるからだ。

 改札口を抜け、コンビニへ立ち寄る。朝から水しか飲んでいないため、小腹が空いたのだ。これから何かを作るのが面倒なので、なにかつまめるものを買ってお腹を満たそう。コンビニは便利でいい。

 寧々は梅干しのおにぎりとバナナ、ヨーグルトを買って支払いをした。


 駅から歩いて十五分ほどのところに寧々の住むアパートがある。築三十年にしては綺麗な方だと思う。白い塗装なので汚れは目立つが、寧々は気に入っている。

 鍵を取り出して鍵穴に差し込み捻り、我が家へ入る。見慣れた室内にようやく帰ってきたのだとしみじみとした。


 パンプスを脱いで手を洗いうがいをする。

 洗面台には二本の歯ブラシがあった。寧々と泊まりに来た時に使う拓也用のものだ。

 寧々は拓也の歯ブラシを掴んでそのままゴミ箱へと投げ捨てた。ゴミはゴミ箱に片付けるに限る。


 リビングへと戻ると、ツーショットで撮った思い出の写真が目に入った。旅行先で撮ったもので、写真の中の二人は満面の笑みを浮かべていた。

 フォトフレームを手に取りその時の思い出に浸りそうになるが、寧々は首を振って思考を止めた。

 そして、再びゴミ箱へと投げ捨てる。

 拓也のもの、拓也との思い出のものはもう要らないのだ。

 色々と思うところがありすぎて、涙が出てくる。寧々はへなへなと床に座り込んで、わんわん泣いた。


 どうして浮気したの。

 どうして身体の関係になったの。

 どうして振られなきゃいけないの。

 どうして。

 どうして──。


 ひとしきり泣いた後、スマホに通知が入る。

 のそのそとバッグからスマホを取り出せば、そこには伊織の名前があった。

 そういえば、駅で別れた時にまた連絡すると言った気がする。きっと、寧々のことを心配した伊織が気にかけてくれたのだろう。


 スマホをタップしてアプリを開き、伊織とのトーク画面を見る。


【寧々ちゃん、家着いた? あんま無理せんようにな】


 フラットなメッセージだが、寧々のことを案じる伊織の優しさが感じられて寧々は心地よかった。


【さっき着いたよ、色々とありがとうね】


 一言とともに、ありがとうと描かれたイラストのスタンプを送る。

 すると、すぐに既読がついて返信もきた。


【寧々ちゃんはええ子やね。また何かあったらすぐ連絡して】


 グッドマークをしている猫の可愛らしいスタンプを送られてきて、寧々はそのギャップに笑ってしまった。

 そして、寧々もグッドマークのスタンプを送るとやり取りは終わった。


 気が済むまで泣いたので、心なしかすっきりしている気がする。とりあえず、ブランチにコンビニで買ったものを食べてから、大掃除をしよう。


 思い出のものはそれなりにあって片付けるのに苦労したが、後悔はしていない。寂しさはあれど、その感情はもう拓也には届かないのだから。


 昼から始めた掃除は家全体を片付ける方向にシフトチェンジして、一気に片付けたから綺麗になってだいぶスッキリする。

 換気しているおかげで風がそよいで気持ちいい。適度に汗を流して運動したからか、マイナスな気持ちもいくらか楽になった。

 シャワーを浴びて汗を流した。澱んだ感情も全て溶けて消えてしまえばいいのにと願いながら。


 お風呂から出て軽くストレッチした後、寧々は夜ご飯を作ることにした。料理が好きな寧々は、度々拓也や友人を招いてご飯を作って振る舞っていたのだ。

 友人達とはこれまで通り時間を過ごせるが、拓也とはそうもいかない。

 また拓也のことを考えていると気づき、嫌な気持ちになる。寧々は気持ちごと切り替えるように、頭を振った。


 手の込んだものでなくていい。家庭の味が欲しい。結局寧々が作ったものは、豆腐とわかめのおみそ汁に、ゆで卵とサラダ、一昨日奮発して買ったサイコロステーキだ。


 おみそ汁は出汁が効いていて身に沁みる。あたたくてほっとする。豆腐とわかめもおいしい。

 ゆで卵とサラダは相性抜群だ。栄養のある食事は元気が出る。


 そして、なによりサイコロステーキだ。にんにくの香りと肉のうまみが融合して、口の中でとろける。白米に合うお肉はやはり最高だ。


 ここでワインか何かを飲めば様になるのだろうが、いかんせん寧々は酒が飲めない。昨日は無茶をして酒盛りしたのだが、そのせいで記憶が飛ぶという失態を晒したので、当分お酒は控えよう。


 それからスマホで動画を見たりSNSをチェックした。みんな友達や恋人と楽しく過ごしているようだ。

 寧々も何か更新しようと思ったが、拓也のことが頭を過ぎる。どうしても気になって拓也のSNSを覗いて見たが、昨日から更新されていなくてなぜか安心した。


 昨日は勢いに任せて一人で酒盛りしていたら、伊織という不思議な美男子に遭遇したのだった。

 普段の寧々なら警戒して気を許すなんてことはしないが、こっぴどく振られた後だったのでヤケクソ気味になっていたことは認める。

 でも、そのおかげで新たな友人ができたのだからよしとしよう。


 明日は日曜だし、どこかに出かけようかな。

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