きみが思い出になるまで
「伊織さん、早く早く!」
「寧々、待ってや! もっと身体を大事にしい!」
「ごめーん!」
今日は『きみが思い出になるまで』の公開日だ。公式発表から約一年近く経ち、映画が公開されるまで寧々は待ち遠しくて仕方なかった。
寧々と伊織の左手には、銀色に輝く指輪が嵌められていた。
そして、少し目立ってきているお腹を見ては、伊織は心配でたまらなく気が気でならないらしい。
『きみが思い出になるまで』は、伊織と理沙をモデルにした小説だ。物語はフィクションとして世に出されているが、一部事実であることはおそらく寧々しか知らないだろう。
事実を知った後に読んでも素晴らしい話だったので、伊織の書く物語が素晴らしいことに違いないのだ。
数年前なら『きみが思い出になるまで』の話を聞くだけでモヤモヤしていたが、今ではそのような気分にはならない。伊織が理沙への気持ちを昇華させ親愛になったように、寧々もまた理沙への気持ちが嫉妬から慈愛の感情に変化したのも大きい。
夏の京都旅行から何度か理沙のお墓参りに行った。あの時のように不思議で優しい風が吹くことはなかった。理沙のご両親に挨拶をして、祝福をされたことが思いの外嬉しかったことは今でも覚えている。
それから実の両親と顔合わせをして、寧々が伊織の大ファンであることを知っている父と母は「末長くよろしくお願いします」と、泣きながら頭を下げていたことは記憶に新しい。
寧々の人生はまだまだこれからだ。
伊織と紡いでいく物語は始まったばかりなのだから。繋がれた手を絡め、寧々はお腹に宿っている小さな命を撫でながら、父親である伊織を優しい眼差しで見つめた。




