11月17日
十一月になり、寒さが厳しくなってきた。
今月は伊織の誕生日があるので、お祝いするために寧々はあれこれ考えていた。
同僚の岩澤にプレゼント選びを付き合ってもらい、自分の目で確かめたものを購入した。
伊織は小説作家だから、名入りの万年筆にしたのだ。約二万円ほどする高級なものだが、伊織が喜んでくれるならそれでいい。
伊織の誕生日は十七日だ。その日は残念ながら平日なのでデートはできない。寧々が有給を取ると言ったが、伊織はそれをよしとしなかったので当日は夜限定のおうちデートになった。
そして、迎えた十七日。
寧々はそわそわしながら一日を終えた。少し残業することになったが、それも終わり十九時過ぎには家に着いた。
伊織が料理の下ごしらえをしてくれていたので、あとは寧々がやるだけだ。
ローストビーフは意外と簡単に作れる。まず、牛ブロックの肉にフォークで数箇所穴を開けて、塩コショウをする。
オリーブオイルを敷いたフライパンを熱し、肉全体を数分焼く。焼き色がつくまでトングで掴み焼くのがポイントだ。
それからジッパーに入れて空気を抜き、炊飯器の保温モードを使い約五十分ほど保温する。
タレはにんにくおろしと玉ねぎおろし、しょうゆと砂糖を混ぜて完成。
手巻き寿司はあらかじめ具材を切ってくれているので、混ざらないように器を変えて具材を盛り付ける。
酢飯を作るので、炊いてから桶に移しておいた白米にお酢と砂糖、塩を少々入れてよく混ぜる。
全体にお酢が行き渡ったら完成だ。
今度は保温したローストビーフを取り出して、ジッパーに入れたまま氷水で冷やす。十分冷えたらカットしてお皿に盛り付ける。タレをかけたらできあがり。
お皿をどんどんテーブルに運んでいく。
今日は伊織の誕生日ということもあり、ワインを開けた。
「伊織さん、準備できたよー」
「おおきに」
二人でテーブルを囲み、ちょっと豪華なおうちディナーを楽しむ。
手巻き寿司なんて本当に久しぶりだ。のりに酢飯を適量のせて、マグロの切り身を二切れ挟みくるくる巻いていく。
しょうゆを垂らしいただく。酢飯とマグロの相性は抜群にいい。
ローストビーフの焼き加減は自分で見てもよくできていると寧々は思う。タレをつけて一思いにいただく。牛肉と味の濃いタレが絡んで肉のおいしさを引き立てている。とてもおいしい。
「手巻き寿司もローストビーフもおいしいね」
「そやなあ。ちょっとリッチな気分やね」
「それがごちそうのいいところだよ」
談笑しながら豪華なディナーを味わう。外で食べるディナーもいいが、こうして自分達のペースで楽しめるおうちディナーも至高なのだ。
ご飯を食べ終わり食器だけ片付ける。ワインを飲んでまったりしているタイミングで、寧々は誕生日プレゼントを渡した。
「おおきに。今開けてもええ?」
「もちろん」
ラッピングを解き、箱を開けると中には万年筆が入っていた。それがただの万年筆ではなく、作家名である水川累の名入り付きのものだと認めると、伊織は「むっちゃ嬉しいわあ!」と朗らかに微笑んだ。
「これ、けっこうしたやろ? 俺が作家やから万年筆にしてくれたん?」
「値段は置いといて、そうだよ。伊織さんは水川累大先生だからね、名前はペンネームにしたの。……使ってくれたら嬉しいな」
「使う、むっちゃ使うわ。基本的に原稿はパソコンやけど、書類書く時は使わせてもらうわ」
「ほんと? 嬉しい」
伊織は大切そうに箱にしまった。
「寧々、話があるんやけど、聞いてくれへん?」
真剣な表情で寧々を見つめる伊織は、どこか緊張しているように見えた。
「改まってどうしたの?」
「俺な、寧々のことがむっちゃ好きやねん。ずっとそばにいたいし、そばにいてほしい。俺の仕事を理解してくれはるし、ありがたいと思う。そんな寧々を大切にしたいし、俺と一緒になってほしいんよ。好きや、寧々、愛してる。俺と結婚しよう」
寧々は頭が追いつかなかった。伊織の誕生日にまったりとおうちデートを楽しんでいたら、まさかのプロポーズをされているのだから。
何も言わない寧々に伊織は焦ったのか、言葉を続けた。
「付き合うて三ヶ月しか経ってへんけど、寧々と過ごす時間は俺にとってかけがえのないものなんや。恋人同士でもええけど、俺は夫婦として生きていきたい。それくらい、寧々のことが好きなんよ」
真剣に愛を囁く伊織に、寧々は知らぬうちに涙が出ていた。はらはらと頬を濡らす涙は止まらない。
「……嬉しい。私、本当に嬉しい」
「これ、婚約指輪。サイズは測ってあるから、大丈夫やと思う」
「ありがとう、大事にするね」
「……プロポーズ、受けてくれはる?」
「はい。まだまだ未熟者ですが、よろしくお願いします」
「よっしゃ! むっちゃ嬉しい!」
伊織は婚約指輪を嵌めた寧々の手をぎゅっと握った。
そして、立ち上がったかと思えば寧々を思い切り抱きしめた。こんなにハイテンションな伊織は、スランプからの脱却、原稿が終わった時以来だ。
それほど嬉しいと思ってくれているのなら、寧々も嬉しくてたまらない。
二度目の結婚したいという意思は伊織にとってハードルが高いものであっただろうに、それでも寧々と一緒にいたいから結婚という形を選んでくれたことが言葉にできないほど嬉しい。
「俺、実は子どもも欲しいんやけど、寧々はどうなん?」
「……伊織さんとの子どもなら、欲しい、です」
「寧々ッ……!」
いきなり口付けられた。激しいキスは何度も経験しているが、今日ほどこんなにも強く求められたことは初めてかもしれない。
「今すぐ寧々を抱きたい」
嬉しいお誘いだが、テーブルにはまだワイングラスが残っている。それらを片付けて、シャワーを浴びて万全な状態にしておきたいのに。
伊織の瞳は熱を孕んでいて、今にも視線で射抜かれそうだ。こんなにも分かりやすく男を見せる伊織は珍しい。それほどまでに強く求められていると気づき、寧々は色々と諦めた。その代わり、自分からキスをして伊織の首に手を絡めた。
それだけで伊織には伝わったのだろう。お姫様抱っこをして、寝室へと運ばれたのだから。




