小説作家水川累のお手伝い
『寧々、頼みがあるんやけど……』
電話の向こうでくたびれた声が聞こえた寧々は、伊織に何かあったのかと心配になった。
「どうしたの? なんだか疲れてない? 大丈夫なの?」
『ちょっと……いや、だいぶあかんわ。この前話したスランプの話覚えとる?』
先週の土曜日、海に遊びに行った時帰りのファミレスでスランプになっているとこぼしていたことを思い出す。作業がうまくいってないようで気になっていたが、寧々を頼るということは本当にまずい状況なのかもしれない。
「うん、覚えてる」
『おおきに。そこで相談なんやけど、今日明日俺のサポートしてくれへん?』
「サポート? 何をすればいいの?」
『主に家事をして欲しいんや。もちろん、お代は出すで』
「分かった。必要なものがあれば買っていくよ」
『むっちゃ助かるわ、おおきに! とりあえず、食料買うてきてくれへん? あとは追々連絡する』
「食べたいメニューとかある? 作るよ」
『ええの? ……そうやなあ、肉じゃがが食べたい』
「うん、分かった。支度してからすぐ行くね」
電話を切り、急いで支度をした。今日は土曜日ということもあり、時間に余裕がある。予定もなくてよかった。
化粧をして、着替えなど必要最低限のものをボストンバッグに詰めていく。今日明日と言っていたから、一応お泊まりセットもあった方がいいだろう。
準備ができたので、鍵を閉めて家を出た。
スーパーで買い物を終えて、伊織の家に着き玄関のチャイムを鳴らすとすぐに迎えてくれた。
「悪い、寧々、ほんまおおきに」
「ううん、大丈夫だよ」
家の中に入ると前回訪れた時のようにきれいだったが、シンクが溜まっているところを見つけてしまった。伊織は綺麗好きのようだし、家事に手が回らないほど忙しくしているのだろう。
「来てくれておおきに。散らかっててほんまに悪いんやけど、家事全般任せてもええ? もちろん、水川累として依頼するからお代はきっちり払うで」
「水川累先生としての依頼!?」
「それやったら寧々もお代受け取ることに躊躇わへんやろ?」
「それは……」
電話でも言っていたが、恋人の家の家事を手伝うことでお金をもらうことに躊躇いはあった。
しかし、寧々が余計な気を回さなくて済むように、伊織は敢えて小説作家の水川累として寧々に依頼するという。確かに、それならば仕事として請け負えるし、大好きな水川累のサポートになることが嬉しいと思える。
「……うん、分かったよ。それでお願いします」
「こちらこそお願いします。まずは、キッチン周りを片付けてから、肉じゃが作ってくれへん?」
「分かった」
「キッチンは好きなように使てくれてええから。俺は部屋で執筆しとるから、何かあったら言うてや」
寧々はキッチンで仕事、伊織は別室で執筆の仕事を始めた。
キッチンはシンク以外は綺麗にされていた。料理をしていた形跡はないので、今日明日は栄養のある料理をたくさん作って、伊織にお腹いっぱいになるまで食べさせてあげたい。
伊織に言われた通り、まずはキッチンから片付けることにした。シンクはお皿とコップが何枚か水に浸けて置いてあったので、それだけでも十分助かる。
寧々は洗剤をスポンジにつけてお皿とコップを洗い始めた。
お皿を洗い終えたので、次は肉じゃがを作ることにした。その前にお米を炊いておく。
まず、野菜を洗い汚れを落とす。にんじんはいちょう切り、じゃがいもは一口大に切り、玉ねぎはくし切りにする。
次に、油を敷いたフライパンににんじんとじゃがいも、玉ねぎを入れる。豚肉としらたきも一緒に入れて、数分炒める。
しょうゆ、砂糖、みりん、水を適量入れて十数分煮込む。
肉じゃがを煮込んでいる間におみそ汁を作ろう。買ってきた豆腐があるので、簡単にできる豆腐のおみそ汁がいい。
豆腐一丁を十六分割にカットする。水の入ったお鍋にそっと入れて、こちらも沸騰するまで煮ていく。冷蔵庫を見ると乾燥わかめがあったので、そちらを拝借してお鍋に入れた。
沸騰したら火を止めて、おみそとだしの素を入れ、味を整える。
肉じゃがの方を見ると、いい感じに煮込まれて味が染み込んでおいしそうだ。味見をするとちょうどいい味加減になっていたので、火を消す。
サラダはカット野菜を使い、キャベツとミニトマトをお皿に盛る。
早炊きしておいた白米が炊けたので、こちらもお茶碗によそる。他の食材も同様に、伊織の分をよそった。
片付いているテーブルをふきんで拭いて、盛り付けたお皿をきれいに並べていく。
「伊織さん、ご飯できたよー」
「もうできたん? おおきに、今行く」
伊織は並べられたテーブルを見て、感嘆の声を上げた。
「肉じゃがだけやなくて、白米とおみそ汁、サラダも作ってくれたん!? むっちゃ嬉しい、おおきに」
「伊織さん、まともにご飯食べてなさそうだったから、私が食べて欲しくて作ったの」
「ほんまおおきに。それは嬉しいんやけど、寧々の分は? 家で食べてきたん?」
「え?」
時刻を見ると、午後の一時を回っていた。そういえば、昨日の夜から何も食べていないことを思い出し、急にお腹が空いてきた。
「……私も食べていい?」
「もちろん。一緒に食べよう? まだお皿あるはずやから、好きなもの使ってや」
「ありがとう」
寧々は伊織の好意に甘えることにした。食器棚からお椀を借りて、白米や肉じゃが、おみそ汁とサラダを盛っていく。
キッチンへ持っていくと伊織は待っていてくれたようで、手をつけずに椅子に座っていた。
「待っててくれたの? ごめんね、ありがとう」
「一緒に食べた方がおいしいやろ? 作ってくれたんは寧々やし、待つのが礼儀やろ」
伊織はにこりと笑い、寧々が食器をテーブルに並べていくのを手伝ってくれた。そのおかげで早く終わった。
「いただきます」
「いただきます」
伊織がおみそ汁を口に含む。味見はしてあるが、果たして口に合うだろうか。
「うん、おいしい」
寧々はほっとした。料理が好きでよかった。
次は、リクエストされた肉じゃがの番だ。じゃがいもを食べるのをじっと見つめる。
「お、むっちゃおいしい。味も濃いし和食って感じがしてええね」
「本当? 濃すぎない?」
「うん、おいしいよ。そやから、寧々もお食べ?」
じっと見ていたので箸をつけていない寧々に苦笑した伊織は優しく促してくれた。それを見て寧々も安心して食べられるものだ。
もう一度「いただきます」と言って、肉じゃがを食べる。ほくほくのじゃがいもは、味が染み込んでおいしい。しらたきもちゅるちゅるしていて食べ応えがある。
「おいしいね」
「ほんまやね、おいしい」
談笑しながらお昼ご飯を食べ進める。いつもならひとりぼっちで食べる土曜日のお昼も、こうして好きな人と一緒にいられるだけでこんなに幸せを感じるのだ。
それは、とても素敵なことのように寧々は思った。
「ごちそうさまでした」
「ごちそうさまでした、お粗末様です」
寧々が二人分の食器を片付けようとしたら、伊織が手伝ってくれたので結局二人で皿洗いまですることになった。
最初、寧々は「これは仕事だから」と何度も言ったのだが、伊織は「今は休憩中だからええねん」と謎の切り返しをしてきたので折れることにした。
二人で肩を並べてする家事は不思議と楽しかった。




