海水浴デート、童心に帰る
「ええー! ついに!? おめでとう! 本当によかったね!」
夏休みが終わり、久しぶりに出社してお昼休憩になった時、岩澤に伊織とついに付き合うことになった報告をしたらたいそう喜ばれたので、なんだか照れくさい。
「ありがとう。伊織さんの過去も知ることができたのはよかったと思う」
「そうなの?」
「うん、ちょっと想像と違ってた」
「そっか。でも、幸せならよかったね」
ひどい振られ方をした拓也のこともあり、恋に対して前向きになった寧々を応援してくれた岩澤は、自分のことのように祝ってくれたのが嬉しい。
「からあげを一つ分けてあげる」
岩澤はいつも頼むからあげ定食から一つからあげを分けてくれた。
「ありがとう」
寧々は岩澤の小さな優しさを受け取り、味が染み込んでおいしいからあげを食べた。一口噛んだだけで、とり肉のジューシーさと肉汁が溢れ出た。ここの料理は何度食べてもおいしいのだ。
その日の夜、仕事も終わりまったりしていると伊織から電話がかかってきた。
『寧々、こんばんは』
「こんばんは。電話なんて珍しいね、どうしたの?」
『そんなん、寧々の声が聞きたかったからに決まってるやん。もちろん、デートのお誘いもあるで』
付き合う前、ただの仲がいい友達の時には電話はあまりかけてこなかった伊織だが、ここ最近はこうして寧々の様子を見計らって電話をかけてくることが増えた。寧々も伊織の声が聞きたいので、こうして電話をかけてくれるのは素直に嬉しく思う。
「私も伊織さんの声聞きたかったから嬉しい」
『……なんや、最近の寧々はえらい素直になったなあ』
「嬉しいと思ったからちゃんと言葉にしたいなって。嫌だった?」
『そんなんあるわけないやん、むっちゃ嬉しい』
「それならよかった」
電話越しでも嬉しそうな様子が伝わる伊織は、意外と感情豊かなのだ。自分のことは話したがらないけど、素直な人。
『そうや、デートのこと忘れてたわ。今週の土曜日空いてる?』
「うん、空いてるよ」
『それなら、日帰りで海へ遊びに行かへん?』
八月下旬になっても毎日が嘘のように暑い。そんな中、寧々は伊織の車で海へ遊びにやってきた。
朝から迎えに来てくれた伊織に感謝して、寧々は軽く食べられるおにぎりを用意した。
パーキングエリアで休憩し、おにぎりを二人仲良く食べる。朝食はそれだけなのに、伊織はとても喜んでくれたので寧々も嬉しくなった。
「これ、中身鮭や。焼いた魚をわざわざ入れてくれたん? おおきに、手間かかったやろ」
「焼き鮭っておいしいからね、伊織さんに食べてもらいたくて作ったの。あとははちみつ梅干しとおかかがあるよ」
「朝から贅沢やわあ」
作り手のこういうちょっとした手間を誉めてくれる伊織が好きだ。元恋人の拓也はして当たり前みたいな感じだったので、今思い返せばただただ腹が立って仕方ない。
愚痴になってしまうので、伊織には言わない。寧々は過去のことは綺麗さっぱり忘れて、伊織との思い出を上書きするよう心に決めた。
日焼け止めは満遍なく塗ってあるし、服の下は既に水着を着ている。海に着いたらすぐ脱ぐことができるよう、準備万端だ。
駐車場に車を停めて、後部座席から荷物を取り出す。寧々の分まで荷物を持ってくれる伊織は、本当に頼もしくて素敵な人である。
既に混雑しており、人が多く場所取りもしなければならない。伊織が見繕ってくれた場所にビニールシートを敷いて、風で飛ばされてしまわないように二人のサンダルを四隅に置く。
パラソルも刺し、日焼けもばっちりだ。
伊織はパーカーとハーフパンツを脱いで水着の姿になった。夏祭りの時と同じように、紺色の水着を着ているところを見ると、伊織は落ち着いた色合いが好きなのかもしれない。
寧々もパーカーとハーフパンツを脱いで、水着の姿になる。太陽の日差しが容赦なく照りつけてくるのが気になったので、再び日焼け止めを塗ることにした。
「背中塗ったろか?」
澄まし顔でそう言う伊織から下心が見えたので、寧々は「スケベな人には任せません」とピシャリと断った。
「ちぇ、いけず」
「いけずじゃないです」
少し拗ねたような顔になる伊織がなんだか可愛く見えてきた。
日焼け止めを全身に塗りたくり、紫外線対策もこれで大丈夫だ。
ハイネックタイプの水着は紺色で、胸元はレースになっている。谷間は隠れており、胸元を強調することがないので視線を気にしなくていいのが安心だ。
「寧々の水着かわええね。俺とお揃いの色やんな」
「あ、本当だ」
図らずしもペアルックになった寧々は、気恥ずかしさでそれ以上言葉を紡げなかった。
なんとなく伊織はそれを察したのだろう、さりげなく手を繋いで浮き輪レンタルまで連れて行ってくれた。
レンタル店には普通の浮き輪に定番のバナナボートやフロートなど、多種多様な浮き輪が用意されていた。ほかにも物珍しいタイプの浮き輪があったのだが、悪目立ちしたくない寧々は大人用の浮き輪を選んだ。それを一つと伊織は大人用のフロートを一つ、合計二つの浮き輪を借りることにした。
伊織に手を引かれ、いざ海へ。足が濡れて気持ちいい。冷たさは残るが、それも次第に身体が慣れていく。浮き輪があるのでもたれかかり海の中をたゆたう。
「冷たくて気持ちいいね」
「そやねえ。日帰りやけど、今日は目いっぱい楽しもうな」
「うん!」
伊織はフロートに乗って波を楽しんでいる。寧々はぷかぷか浮かび、寝転がっている伊織めがけて水をかけた。
「うわ! びっくりした」
「ふふ、驚いた?」
「むっちゃ驚いた。悪い子には仕返ししたる!」
「きゃあ!」
二人で水をかけ合って、バカップルのように海水浴デートを楽しむ。顔まで濡れてしまい髪はぐしゃぐしゃになったが、楽しければそれでいいのだ。
気づけばお昼時になっており、お腹が空いたので海の家でお昼ご飯を食べることにした。しょうゆラーメンとかき氷を二つずつ頼み、お茶を飲みながら注文したものが届くのを待つ。
「私達デートはしてたけど、今日が付き会ってから初めてのデートだよね」
「そうやな。付き合う前いうてもそんな変わらんと俺は思うんやけど、寧々はどうや?」
「けっこう変わったよ? 伊織さん、手を繋いでくれるようになったし、そもそも距離の近さが全然おかしかったからね」
距離は元々近かったが、それでも今とは断然違う。近いながらも配慮というものが感じられたので、やはり伊織は距離の掴み方がうまいと思う。
「でも、嫌ではなかったんやろ? 寧々ははっきり言うからなあ」
伊織の言う通り、確かに嫌ではなかった。拓也のことを忘れようとしていたこともあるが、伊織が人との距離の測り方が上手な人だからこそ、嫌とは思わなかったのかもしれない。
ちょうどラーメンが届いたので、二人は息を吹きかけて熱い麺をすする。こういうお店のラーメンはどこも似たような味なのに、どうしてこんなにおいしいと感じるのだろう。
「熱いけどおいしいね」
「馬鹿みたいに暑いからこそ、熱いもんがうまいんやろな」
「そうかも」
汗をかきながらラーメンを食べる。お茶を飲んで涼を取るのが最高に気分がいい。
ラーメンを食べ終わったので、かき氷を持ってきてもらった。寧々はいちご、伊織はメロンだ。
ストローの匙で掬って食べると、キンとした冷たさが口の中を襲う。冷たくておいしい。
何口か食べ進めて、伊織が「一口いる?」と言ってくれたので、お言葉に甘えた。
「あーん」
「あ、あーん……」
口を開けてメロン味のかき氷をいただく。シロップは全部同じ味と聞いたことがあるが、それでもメロンの風味を感じておいしいと思う。
「ふふ、寧々舌が真っ赤やね」
「ほんと?」
「うん、ほんま」
「そういう伊織さんも緑だよ」
「ほんま?」
「うん」
お互いに舌の色をちらりと見合い、二人はくすくす笑った。楽しいと心から思えるこの時間を大切にしたい。
寧々と伊織はスマホに向かいあかんべーの仕草をして、色が染まった舌の写真を撮った。
撮った写真を見返すと、そこに写っているのは子どものようにはしゃぐ大人二人。それがまたまたおかしくて、寧々と伊織は顔を寄せ合いながら笑った。




