二人だけの夜
ホテルまで戻り、チェックインをする。手続きは予約を取ってくれた伊織にしてもらい、寧々は隣で待ちながらやり取りを見守る。
ルームキーを受け取り、二人はエレベーターに乗り部屋へと向かう。
そこそこ高さのある部屋だったので、京都の街を一望することができた。ネオンが煌めいているが、それでも圧倒的な存在感を見せる神社仏閣は古都らしさを教えてくれた。
寧々は部屋に届けられていたスーツケースをぼんやりと見つめる。あの中には今日のために誂えた勝負下着が入っていることを思い出し、なんとも言えない気持ちになる。
ベッドの淵に腰掛けてぼうっとしている寧々を見かねた伊織が優しく声をかけてくれた。
「寧々ちゃん、今日は汗かいて疲れたやろ。俺はこれから大浴場行くけど、寧々ちゃんはどないする?」
八月という夏真っ盛りの時期での京都は確かに暑かった。たくさん汗をかいたし、においが気になる。寧々も大浴場に行くことにした。
「私も行く」
「よし、荷物持って行こか」
二人はスーツケースから荷物を取り出した。
寧々はホテルに泊まりに来たら用意されている浴衣に着替えるタイプなので、部屋にあった女性用の浴衣と帯、バスタオルを用意した。
どうやら伊織も寧々と同じタイプのようで、男性用の浴衣と帯を手に取っていた。
「清水さん、私けっこう長湯するタイプだから、申し訳ないんだけど先に部屋戻っててくれる?」
「俺も長湯するタイプなんやけど、男と女の子じゃ違うやろし、先に戻ってるわ」
「うん、お願いします」
大浴場は三階と五階にあるらしく、時間で男女の湯を交換をするらしい。現在は午後九時なので、女湯が三階のようだ。ちなみに、午前五時で男女の湯を交換すると書いてあった。
エレベーターに乗り、五階で伊織とさようならをして三階へと降りていく。
女湯に着くと人は少なかった。わざわざ大浴場まで来るのが面倒な人は、部屋に備え付けられているシャワーを利用するのだろう。
寧々は爪先から頭のてっぺんまで全身をくまなく丁寧に洗う。洗い残しがないように、それはもう全身を洗いまくった。もちろん、ゴシゴシではなく優しく丁寧に、である。
好きあっている男女が同じ部屋で一室を過ごすのだから、何か間違い(?)があったとしてもいいように寧々は準備を整えておくことにした。
それからお風呂に肩まで沈み、汗をかいて身体から分泌物を出しておく。
ゆっくり浸かっていると水分が欲しくなってきたので、とりあえずお風呂から出てシャワーで汗を流す。
浴室から出て脱衣所に備え付けられているウォーターサーバーからキンキンに冷えたおいしい水いただき、勢いよくコップ一杯飲んだ。
バスタオルで優しく水分を拭い、全身を乾かしていく。髪も同様に優しく水分を拭い、タオルドライする。
顔はパック、全身はボディーミルクでスキンケアをして、もちもち肌になれと願いながら軽くマッサージをした。さすがに人の目が気になるので大っぴらにはしなかったが。
髪にオイルを揉み込んでブラシで丁寧に髪を梳く。ドライヤーで乾かしてもう一度全体を満遍なく髪を梳いた。
時計を見るとゆうに十時を回っており、もうすぐ十時半になろうとしていた。伊織は先にもどっているだろうか。
荷物をまとめ、大浴場を出る。
一応伊織に連絡すると、既に入浴を済ませたようで部屋に戻っていると返ってきた。
寧々はいそいそと歩いて部屋へと戻る。ピンポンとチャイムを鳴らすと伊織が開けてくれたので「ありがとう」と小声で呟き部屋に入った。
湯上がりの伊織はいつもより色気がすごい。まだほんのりと濡れている髪はしっとりとしている。顔もほてっているのか頬がピンクになっていた。
なんだか真正面から見られない寧々は、ついと視線を逸らし荷物をスーツケースの中にしまった。
二人の間に沈黙がおりる。普段なら気にしないのに、今日はそういう雰囲気を感じ取ってしまい、寧々は意味もなくスーツケースの中を触ることしかできない。
「寧々ちゃん、今日は俺に付き合うてくれてほんまにおおきに」
がちゃがちゃといじっている寧々の背中に声をかけた伊織は、果たしてどんな顔をしているのだろう。気になるのに、見れない。
「ううん。私も清水さんのことを知ることができたし、来れてよかったよ」
伊織という人を知るには、きっと京都に来なければ深入りすることはできなかっただろう。そういう意味では京都に来てよかったと心から思える。
さすがに何分も片付けをしていたら怪しまれると思い、寧々はスーツケースから離れベッドの淵に腰かけた。程よい弾力とともにお尻が沈む。
「ほんま? そう思ってくれはったんならよかった。……実はな、寧々ちゃんに嫌な想いもさせたかなーって気になっとったんよ」
「なんで? そんなことないよ」
「前の彼女のことやし、女の子ならええ気せんやろ?」
伊織は寧々の隣に腰を下ろして座った。拳一つ分しかない距離は、近いのか近くないのか寧々には分からない。それでも、こうして隣に座ってくれたことの方が嬉しかった。
そして、伊織の言っている言葉の意味を考える。確かにいい気はしなかったといえば嘘になるが、それよりも。
「私は大丈夫だよ、清水さんのこと信じてるから」
にっこりと隣の伊織を見上げて微笑めば、優しい笑みが返ってくる。
「それならよかった。だって、寧々ちゃんは俺の大事な子やもん。確かに理沙に似てるなーおもて声かけたんが始まりや。でもな、寧々ちゃんのことを知っていくうちにどんどん好きになってん。理沙とは違う、寧々ちゃんという人が好きなんよ。遅くなってしもたけど、俺と付き合って欲しい」
寧々の手を取り、自分の膝に乗せた伊織は真っ直ぐに寧々を見つめた。その顔はいつものミステリアスな表情ではなくて、寧々を求めて必死に恋焦がれるただ一人の男の顔だった。
間近で顔を覗かれて、かつてない至近距離で目が合い寧々は動けなくなる。伊織の瞳は夜のように深く暗い色をしていながら、闇のような不気味さはない。
視線を逸らすことすら許さないという、強い視線からは逃れることなどできはしないのだ。
「……ほんっと、伊織さんっていけずな人。あなたみたいないけずな人、私が見てあげなきゃだめなんだから」
「ほんま、その通りやね。……おおきに、寧々。大好きや」
もはや雰囲気は恋人のそれでしなかない。重なった手はぎゅっと握られて熱い。
ゆっくりと顔が近づいて、寧々は僅かに視線を落とす。
「キス、してもええ?」
「……いいよ」
そっと唇が重なり合う。ただ触れるだけの唇は優しくて気持ちいい。
何度か唇を触れ合わせ、段々呼気が上がってくる。
気づいたら浴衣に指をかけられ、胸元にある伊織の手に意識が集中してしまう。
「脱がしても、ええ?」
「いいよ……」
肩は肌ける。空調が肩を撫でていき、ぶるりと震えた。それは寒さからか、それとも──。
二人で過ごす長い夜が始まる。




