清水寺とおみくじ
お好み焼きも食べ終わり、伊織にごちそうになったので礼を言う。
次に向かうのは京都といえばの場所、清水寺だ。寧々は大学生の時に行って以来なので、道などは全く記憶にない。そんな寧々とは違い、京都で生まれ育った伊織が案内してくれるそうなので安心だ。
そんな伊織に連れられて、寧々は手を繋いで歩き出す。
伊織の恋人だった理沙という人のことを思い出した。
理沙は風邪を拗らせてしまい、元々弱かった身体が悲鳴を上げて儚くなってしまったのだ。
思い返してみれば、先月寧々がただの夏風邪を引いた時、伊織はやけに心配していた。
それは、理沙のことがあったからではないかという疑念が湧いてくる。
「ねえ、清水さん。私が風邪引いた時、わざわざ家まで来てくれたのって……」
「……理沙と重ねていたんやろな。でも、俺はほんまに寧々ちゃんが心配やったんよ。寧々ちゃんのことしか考えられへんかったし、悪化したらとか嫌なことばかり頭に浮かんでな。こうなったら、もう寧々ちゃんに会いに行こーって」
伊織の胸中を知り、寧々はほっとした。恋人だった理沙の面影を探しているのかと思っていたが、違ったからだ。そんな風に考える自分が嫌になったが、好きな人が別の人を想っていたら面白くないに決まっている。
「清水さんが自分のこと教えてくれないのは、理沙さんが関係してる……?」
「いや、それは全く関係あらへん。デートしたら一回俺のこと教える言うたんは、俺が寧々ちゃんとデートしたかったからやし、そうすれば嫌でも俺のこと興味持ってくれるかなおもて」
「え、それだけ?」
「そうやけど?」
「なんだあ、よかった……」
「なにが?」
「……理沙さんのこと、まだ好きなのかなって思ったから」
「好きは好きやけど、種類が変わったかな。今では親愛や。もちろん寧々ちゃんは恋愛の意味で好きやで」
にっこりと微笑まれては、寧々も頷くしかない。
そんなやりとりをしているうちに清水寺行きのバスが来たので、二人は乗り込んだ。清水寺に行くにはバスを二十分ほど乗り、下車してから十分ほど歩くのだそうだ。
寧々達はタイミングよくバスに乗ることができたので、空いている席に座り清水寺まで静かに乗車した。
バスを降りて歩き出すと、急勾配な坂が見えてきた。観光客で賑わっており、大変混雑している。
「寧々ちゃん、はぐれんようにしっかり掴まってや」
「うん」
伊織にぎゅっと握られた手は加減がされていて痛くない。寧々も人混みで逸れてしまわないよう、手を握り返した。
坂を登り、お目当ての清水寺に到着した。歩いて進むと、仁王門が待ち構えていた。ずっしりとした佇まいに圧倒される。
それからどんどん歩いて進むとおみくじを引けるところがあったので、寧々と伊織は小銭を支払いおみくじを引く。
寧々は凶、伊織は末吉だった。おみくじによると、恋愛運は絶好調だが私生活で新たな問題が発生するそうだ。
「まあ、あくまでおみくじだしね。これからも精進します」
「俺も頑張るわ。寧々ちゃんとずっと一緒にいついしな」
「……ありがとう。嬉しい」
「うん、俺も」
おみくじは指定された「おみくじ結び処」に結ぶそうだ。二人は指定されたところまで行き、おみくじを結んだ。
いいことがあっても悪いことがあっても、それをどうにかして乗り越えられるのは自分自身だけなのだ。
だから、何があっても前を向いて歩いて行こう。
それから清水の舞台に行き、写真を撮った。ここに来るまでに何枚も撮ったが、やはり人気スポットだけあって人の混み具合がすごい。どれだけ頑張ってもほかの人が写真に写り込んでしまうが、こればかりは仕方ないと諦めた。
ここから飛び降りる人がいたらしいが、何十メートルもの高さから飛び降りて無事だった人は果たして何人いるのだろうか。
清水寺を出て、近くにある神社仏閣に立ち寄った。京都はかつての都だったこともあり、現代でもこういった貴重な建物が残っていることは奇跡に近いのだろう。
代々の人間が尊び畏れ、大切に残してきた財産は今でも同様に扱われているのが、日本人の謙虚さと信心深さの象徴なのかもしれない。
日が暮れて時刻は夕方に差し迫っている。
伊織が予約してくれたホテルは朝食付きのため、今日の夕食はどこかで食べなければ食いっぱぐれてしまう。
「お昼はお好み焼き食べたし、夜ご飯はなにがいい?」
「そうやなあ……。俺のおすすめの店があるんやけど、そこでもええ?」
「いいよ。ちなみに何屋さん?」
「個人でやってる居酒屋で、昔から通ってるんよ。からあげやったり寿司やったり、なんでも置いてあるおもろい店やねん」
伊織が京都にいた頃はよく来ていた店らしい。どんな店なのか気になるし、食べてみたい。あまりお酒は飲めないが、居酒屋の雰囲気は好きなので行ってみたいと思った。
「そこがいい!」
「よし、決まりやな」
京都駅から二駅ほど離れたところで商いをしており、駅から離れた路地裏にその居酒屋はあった。赤い提灯が下げられており、どこか親しみやすさがあった。
「入ろか」
「うん」
伊織に手を引かれて中に入れば、周りの客がちらりと視線を寄越したかと思えば、伊織の姿を認めて「伊織くんが嫁はん連れて帰ってきたぞー!」と、てんやわんやの騒ぎになった。
伊織は間違いを訂正することなく、どんどん中に入る。興味津々といった視線に寧々は愛想笑いをして、とにかく伊織の後を着いて行った。
店の一番奥にあるカウンター席に座らされ、その隣に伊織が座った。
店員がメニュー表を持ってきて寧々に手渡した。礼を言って会釈をする。
メニュー表に目を通すと、伊織の言っていた通り多種多様な品揃えに目を見張る。とりあえず、きゅうりの漬け物と焼き鳥、サーモンとマグロのお寿司を頼んだ。それに加えて、伊織はからあげと焼酎、寧々が飲めるようにベリーリキュールミルク割りを追加した。
「伊織くん、久しぶりやんな。元気にしてたか?」
店長らしき人がカウンターから声をかけてきた。伊織は「お久しぶりです。俺はいつでも元気ですよ」とにこやかに答えた。
「隣の人は伊織くんのええ人なん?」
「そうですよ。俺が寧々ちゃんに惚れてるんです」
伊織が答えると、黙って見ていた聴衆は「やっぱりそうやったか」「伊織くんも隅におけないねえ」など、口々にそう言って楽しそうに食べたり飲んだりしていた。
そこで飲み物とお通しの枝豆が届き、二人は恒例の乾杯をした。二人は枝豆を摘みながら談笑する。
「寧々ちゃんの服、夏らしくてええね」
「そうかな? ありがとう。これ、新しく買ったばかりだから、褒められて嬉しい」
「そうなんや。寧々ちゃんに似合っとるよ、かわええ」
酒が入りいつもよりふにゃふにゃしている伊織は、どうやらホームグラウンドに戻って落ち着いているようだ。
そういえば、伊織と出会って酒を飲むのはこれが二回目だ。一回目は、拓也に振られてバーで出会ったのが懐かしく思う。伊織は酒に強かった記憶があるが、寧々はそうではない。
「清水さんも知ってると思うけど、私お酒あんまり飲めないからこれで終わりにするね」
「うん、無理せんでね。俺もこれで終わりにするし、空になったらお茶にしよか」
「そうする」
注文していたものが届き、寧々と伊織は半分ずつ食べ進めた。
ほかにもたくさん注文し、満腹になるまで飲んで食べて楽しいひとときを過ごした。
その間にお店の常連で伊織のことを知っている人から話しかけられ「伊織くんをよろしゅうね」「伊織くんが選んだ人から安心やわ」などなど、伊織のことを案じる人達が集う優しい空間だと分かり、寧々は安心した。
辛い過去を持っている伊織は、彼らのように気にかけてくれる人達がいたから優しいままの人でいてくれたのだと納得する。
二時間ほど滞在しお会計を伊織に任せ、寧々は外で待つ。少し長めのお会計だったが、伊織は寧々の元に来た。世間話でもしていたのかもしれない。
「ホテル戻ろか」
「そうだね。おいしかったなあ、ごちそうさまでした」
「はい、お粗末様でした」
「また来ようね」
何気ない一言だったが、そこに嘘はない。寧々の言葉に伊織は一拍遅れて「そうやね、また来よう」と言ってくれたのが嬉しかった。




