伊織の過去と、進むべき未来
それからバスに乗るまでの間、伊織が理沙という元恋人について話してくれた。
理沙が亡くなったのは、今から五年前のこと。
大学を卒業しても作家になる夢を諦められなかった伊織は、日中はアルバイトをしながら夜は原稿を書きまくるという二重生活を送っていた。
大学生の頃から男女交際をしていた理沙とはいずれ結婚したいという願望はあったが、自分の夢を諦められなかったので普通の人としての生活を送るよりも、アルバイトをしながら作家になることだけをひたすら考えていた。
そして、恋人の理沙は突然病気で亡くなった。結婚の約束をしていたのに、病魔に勝てず儚くなってしまったのだ。
どちらが悪いというわけではない不幸な悲しい出来事は、結果として伊織のしこりとなった。
理沙の体調不良も最初はただの風邪だった。
なんの因果かそれが悪化してしまい、元々身体の弱い理沙は入退院をくり返すようになった。
約束していた結婚も完治するまではと延期になり、結局結婚できないまま。
理沙の親は大事な娘を不安定な職に就いている伊織に任せられないという理由で、結婚を反対されていた。
そんな中、理沙が死んでしまったものだから、余計拗れてしまった。
しかし、亡くなってからも足繁く通う伊織にとうとう心を動かされた両親は「娘のことを想うなら、君の人生を生きなさい」と言われたのだ。
それから一念発起して関東に引っ越した。がむしゃらに物語を書きなぐった。
そして、その時理沙のことを想って書いた小説が、寧々の一番好きな物語である【きみが思い出になるまで】だった──。
喧騒から離れたところは静かすぎて落ち着かない。それも仕方ないのかもしれない。伊織に連れられてきた場所は、喧騒とは程遠いお寺だったのだから。
お墓の前には先ほどの女性が来ていたことを表すように、仏花が供えられていた。寧々と伊織は手を合わせ、仏花を添えた。
伊織はしゃがみ込み、優しい声で「理沙、久しぶりやね」と話し出した。
「この子は篠原寧々ちゃん。……俺の好きな人で、なんと俺のファンなんやって。ありたがいよなあ」
「はじめまして、篠原寧々です。今日は清水さんと一緒に来ました。よろしくお願いします」
寧々は理沙の墓前にお辞儀をした。
「今日は理沙に報告があるんよ。俺、寧々ちゃんと付き合うことにしたんや。俺も新しい人生見つけたから、理沙に背中を押してくれると嬉しい。それを言いにきてん」
「清水さん……」
「寧々ちゃんはほんまにええ子でな、俺がそばににいて支えたいって思えた初めての女性なんよ。……せやから、理沙、今までほんまにありがとう。どうか俺達のこと、祝福してほしい」
伊織は立ち上がって、理沙の墓前に頭を下げた。寧々もそれにならうように、再び頭を下げる。
何秒経ったのか分からないが、二人の頬を優しく撫でていく風が吹いた。それは、まるで人に撫でられたような、そんな優しい肌の感触がしたのだ。
二人は驚いて顔を上げる。
そして、お互いを見つめ合い、今の穏やかな風は理沙なのではないかと思った。伊織もきっと同じことを考えているのだろう。とても優しい瞳で寧々のことを見つめてくれたのだから。
住職の方にあいさつをしてから、バス停までの道のりを手を繋いで歩く。そこに会話はなかったが、気まずさなどはなくただ優しい時間が流れていた。
いつの間にかバスの中で眠っていた寧々は、隣に座る伊織の肩に頭を乗せていたようだ。終点である京都駅に戻ってきて、優しく伊織に起こされた。
バスを降りて、手を繋ぐ。
時刻は二時を回ったところだ。お腹が空いてきた二人は、とりあえず昼食を食べることにした。
お好み焼きのお店にやってきた二人は、こぢんまりとした店内と「いらっしゃいませー!」と言う元気のいい店主と思しき人の活気にやや押された。
もう一人の店員がお冷とメニューを持ってきてくれたので、それを二人で見ながらぱらぱらとめくっていく。
「寧々ちゃんはなににする?」
「私は明太チーズがいいな」
「分かった。俺はシーフードにしよ。そうや、半分ずつ食べへん? そっちの明太チーズも気になるねん」
「いいよ、そうしようか」
「じゃあ、決まりな」
伊織が店員に注文を頼んでくれた。のどが渇いていたので、寧々と伊織はアイスティーを食前に頼んだ。
キンキンに冷えたアイスティーを飲んで、身体の内側から冷えていく感覚がする。店内はクーラーが効いていて涼しいが、真夏の外を歩いていた寧々はようやく落ち着いてきた。
「このあと行きたいところある?」
「まずは清水寺に行きたいな」
「分かった。俺が案内するわ」
「よろしくお願いします」
二人の前に明太チーズとシーフードのお好み焼きが並べられた。
「ご注文は以上でお揃いですか?」
「はい」
「かしこまりました。どうぞごゆっくり」
二人は軽く会釈をして、店員に礼をした。
「とりあえずシーフード半分に切るわ。寧々ちゃんもチーズ明太の方切ってくれる?」
「うん、分かった」
未使用の箸で半分に切り分けていく。さくさくに焼かれたお好み焼きはおいしそうだ。
寧々と伊織はそれぞれ半分に切って、お互いの皿に移した。
「いただきます」
「いただきます」
まずは自分が注文したチーズ明太の方を食べる。ピリ辛の明太子に、とろとろに溶けたチーズとお好み焼きの相性は最高にいい。熱々だが、それがいいのだと思わせる味だった。
「すごくおいしい!」
「むっちゃおいしいな! 寧々ちゃんがわけてくれたチーズ明太も食べよ」
「うん、食べてみて」
今度は伊織が分けてくれたシーフードの方を食べる。ぷりぷりの海老とコリコリ食感のイカ、ほのかに香るダシが混ざってとてもおいしい。
「シーフードもおいしい!」
「チーズ明太もおいしいわあ。やっぱりお好み焼きはええね」
二人は熱々のうちにお好み焼きを食べ進めた。冷めてしまってはもったいないからだ。やけどしそうになりながらも、熱い熱いと言っておいしいお好み焼きを食べるのがとても幸せなことだと感じた。




