波乱の京都旅行
京都旅行前日。一泊二日分の荷物のパッキングをすべく、寧々はスーツケースを押入れから取り出して準備を進めた。
着ていく洋服と着替え用の洋服で分ける。
一応、勝負下着も買っておいた。谷間がくっきりと見えるピンク地に、淡いグレーが入った花柄模様の刺繍のブラジャーは大変かわいらしい。ショーツはヒップラインを綺麗に見せてくれる。
なかなかいい下着を買ったと寧々は思う。何があるか分からないし、何もないかもしれない。どちらにせよ、前もって準備しておくことは大事なので、そっとスーツケースにしまった。
それからスキンケア用品、シャンプー類、必要になりそうなものをしまっていく。厳選した化粧品が入ったメイクポーチも忘れない。
手持ちバッグにはモバイルバッテリー、日傘、汗拭きシート、小型扇風機を入れた。
忘れ物がないかもう一度チェックする。最悪忘れても道中買えばいいのだが、旅行に行くのは女友達ではなく異性の伊織だ。変なものを忘れて失望されたくない。
寧々は念入りにチェックをした。
翌朝。気持ちのいい目覚めで起きることができた寧々は、清々しい気分で支度を始める。
待ち合わせ時間は駅前に九時なので、軽く朝食も食べた方がいいだろう。昨日の夜ご飯の残りであるポトフをレンジで温める。野菜がしんなりしていて食べやすいし、コンソメ味のスープもおいしい。
腹八分目にはいかないが、少しでも胃の中に収めたので体調不良になることはないはず。健康を考えてコップ一杯の水も飲んだ。
メイクもばっちりしたし、服も問題ない。髪はローポニーテールにしてさっくりとまとめた。夏場は髪を下ろしているだけで熱がこもるので、よくまとめて過ごしている。あとは髪留めを付ければいいのだ。
時刻は八時を過ぎた。帽子を被り、準備万端である。鍵を閉めて家を出て駅まで歩き出す。
やはり夏本番の暑さはじりじりとしており、まだ朝だというのに気が滅入ってしまう。のろのろと歩きながら駅まで歩いた。
電車に乗り、待ち合わせ場所まで向かう。相変わらず電車の中はクーラーがガンガンに効いていた。乗った時はとても涼しいのだが、ずっと乗っていると肌寒くなる。
それから数分もしないうちに電車を降りると、熱風が顔にかかりついしかめ面をした。ねっとした暑さのある風が顔に当たれば誰だってそんな反応をするだろう。
ガラガラとスーツケースを引き待ち合わせ場所まで行くと、時間前だというのに伊織がいた。いつも寧々より先に来ている伊織はいったいいつから待っているのだろうか。
寧々に気づいた伊織が小さく手を振る。寧々もそれに返した。
「清水さん、おはよう」
「おはよう。寧々ちゃんは今日もかわええね」
「……嬉しい、ありがとう」
以前ならからかっているのだと思っていただろうが、今は違う。伊織は自分のことは話さないが、嘘をつかない人なのだと気づいた。
伊織の気持ちを知っている今ならば、彼の言う「かわいい」が紛れもなく本心なのだということが素直に嬉しいと思う。
「ほな、行こか」
「そうだね」
寧々と伊織は新幹線に乗るために移動する。
東京から京都までおよそ二時間と十分ほどで着くらしい。
伊織が駅弁を買ってくれると言うが、寧々は軽く朝食を食べてきたことを伝えると、サンドイッチを提案されたので寧々はありがたく買ってもらうことにした。
伊織はがっつり食べるようで、お肉の弁当を買っていた。
新幹線のチケットを伊織から受け取り、寧々はスーツケースを引きながら伊織の隣に並んで歩いた。
どうやら伊織はグリーン車席を用意してくれたようで、スペースに余裕があり広々と使えるのがありがたい。
寧々を窓側に座らせてくれた伊織に感謝して、二人は腰を下ろした。
「清水さん、何から何まで支払ってもらってすみません」
「そんなん気にせんでええよ。俺が行きたい言うて、それに付き合うてくれたのが寧々ちゃんやしな。俺のわがまま代やとおもて、そのまま奢られてくれへん?」
「それでも、気が引けるよ」
今回の突発的な京都旅行は、全て発案者である伊織持ちになっている。寧々は伊織と旅行に行くのなら折半すると主張したが、予定の十日ほど前に思い立ったのが伊織なので、諸々高くつくと踏んで伊織持ちとなったのだ。
「うーん、そうやなあ……。そうや、寧々ちゃんはお土産だけ買うてくれへん? それならええやろ?」
「ええ? お土産だけ?」
「やって、他に浮かばへんねんもん」
何が何でも寧々に財布を出させるつもりはないようだ。仕方ないが、こうなったら伊織の好意に甘えるのが一番いいのかもしれない。
「……分かった、今回は清水さん持ちね。ただし、次は二人で折半するから!」
次があれば自然と自分も財布を出すようになると思って寧々は言ったのだ。
しかし、次があるということは、寧々もまた伊織との関係を望んでいるということになる。それに気づいた寧々は訂正しようと思ったが、やめた。
だって、伊織がとろけそうなくらいの柔らかい微笑みを寧々に向けているのだから。ここで何か言う方が野暮なのだ。
「……清水さんって、そういうところ本当にずるいよね」
「おおきに。褒め言葉として受け取るわ」
二人は遅めの朝食を食べながら、談笑をまじえ京都までの道中楽しい時間を過ごした。
十二時前には京都に着き、寧々と伊織は新幹線から降りた。
京都は過去に来たことがある寧々は、久しぶりの京都に大きく深呼吸する。
吹き抜けがあり開放感でいっぱいの駅は人で混雑している。観光の人もいれば、ここに住んでいる人もいるのだ。そうして賑わっている古都は人がいるからこそ長く続いているのかもしれない。
「寧々ちゃん、先にホテルで荷物を預けよか」
「そうだね」
伊織が予約してくれたホテルは、駅から歩いて五分ほどにあるところだった。そびえ立つホテルはエントランスも広く、クラシカルな印象を受ける。チェックインは十五時からだが、受付で荷物を預かってもらい伊織とともに出た。
「観光しよかーって言いたいところなんやけど、まずは寧々ちゃんと一緒に行きたい場所に行ってもええ?」
「いいよ、それが目的だったんでしょう? 観光は明日でも行けるしさ」
「おおきに。ほな、行こか」
自然と繋がれる手に導かれ、辿り着いたのは花屋だった。
「お花屋さん?」
「ちょっとな。オーダーしてくるから、待っててくれへん?」
「分かった」
伊織は店員のお姉さんに作ってもらう花束を相談しに行った。寧々はフラワーアレンジメントを見て、心がほっこりする。花は見ているだけで癒されるから好きだ。
それから十分ほどしてから花束ができた。見た感じ仏花に使われるイメージの多い菊の花があった。ほかにはトルコキキョウやユリ、リンドウやスターチスがあった。華やかな色合いで美しいが、これから行くのはどこなのだろうか。
「寧々ちゃん、行こか」
「うん」
伊織は詳しくは話してくれない。
それでも、その場所とやらに寧々を伴って一緒に行くのだから、伊織が普段見せない心の内を見せてくれることに違いなかった。
家族はみんな元気にしているそうだし、家族以外の近しい人の法事なのだろうか。それならば、服装なども指定されるはずだ。特にそう言ったこともなかったので、マナー違反にはならないだろう。
悶々としながら伊織と並んで歩いていると、急に伊織が立ち止まったので寧々も慌てて歩みを止めた。
「清水さん、どうしたの?」
隣を見やれば伊織は真っ直ぐ前を見ているようだった。なにを見ているのかと伊織の視線を辿ると、そこにいたのはショートカットの似合う女性だった。その女性も伊織を見て固まっている。
どうしたのだろうと二人を交互に見つめていると、女性の方が先に動き出した。
「……伊織くん、こんにちは。久しぶりだね」
その場に緊張感が走る。
寧々は繋がれた手を離した方がいいのかもしれないとなんとなく思いそっと手を離そうするが、それを伊織が許すはずなどなかった。ぎゅっと強く握られては手を離すことができない。
寧々が繋がれた手を握り返すと、伊織は力を弱めてくれた。
「清水さん、この人は……?」
おそるおそる寧々が尋ねると、伊織は寧々の方に視線を寄越して答えた。
「……前の彼女の親友や」
前の彼女ということは、伊織がフリーになるまでに付き合っていた女性の親友なのだろうか。
その女性は伊織と手を繋いでいる寧々を見て、再び伊織を見た。寂しそうな顔をして、ゆっくりと話し出す。
「伊織くん、今は幸せなんやね」
「……そやね、幸せや」
「そっか。……たまにでいいから、理沙のこと思い出してね」
「ん」
「じゃあね。伊織くん、彼女さん」
女性はぺこりとお辞儀をして、雑踏の中に紛れて消えていった。
寧々は歩き出した伊織に説明を求めようと口を開きかけた時、とつとつと伊織が話し出した。
「さっきの子、前の彼女の親友や言うたやん?」
「うん」
「実は、今日はその前の彼女のことで、寧々ちゃんを京都に連れてきたんよ」
そう話してくれた伊織は、どこか泣きそうな顔をしていた。




