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京都弁男子に溺愛されています〜憧れの小説作家は気になる彼でした〜  作者: 一ノ瀬灯


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12/30

一歩近づいて半歩下がる

 夏祭りは本当に楽しかった。

 二人の思い出であるあじさいの花の意図にもきづいてもらえたことが、けっこう嬉しかった。その後にとんでもないくらい恥ずかしいことを言われたが、それはまあ伊織にやり返されたのだと思うことにしておく。


 伊織と手を繋いでたくさんの屋台を見て回ったし、ぶどうあめやたこ焼き、イカ焼きにベビーカステラ、その他もろもろと食べ歩きもできた。

 伊織はというと、あんなにやりたがっていた金魚すくいが下手だったことに寧々はギャップでかわいいと思ったのだ。


 距離もぐっと近づいて心も伊織のそばにいられたはずなのに、どうしてか"好き"だけは言えなかった。ただの友達では出せない男女の雰囲気になっていたのに、どうしても寧々は一歩踏み出せなかった。


 それに対して後悔はしていないし、あの時無理に距離を詰めようとしても、伊織ならきっとさりげなくかわされてしまっていただろうから。


 それから一週間、寧々はがむしゃらに働いた。何かしていなければ、夏祭りのことを思い出してしまうからだ。

 とりとめのないメッセージを何回かくり返していたが、これといって何か進展したりすることもなかった。

 それも相まって、なんだか臆病になっている気がする。


 休日にちゃんと休みがもらえるよう、無理をしすぎたせいなのかもしれないし、先日のことを考えすぎて頭が疲れたせいもあるのかもしれない。


 カーテンから太陽の日差しが差し込み、ゆっくり起きた寧々は身体の怠さに気づいた。のども痛いし嫌な予感が頭を掠める。クーラーが効きすぎたのかもしれないと思ったが、一応熱を測ったらなんと三十七度五分の熱があったのだ。

 測りミスがあったのかもしれないともう一度測り直すが、結果は同じ。どうしたものかと考えるが、ここ最近しっかりと休養を取れていなかったことが原因だと思うので今日明日はゆっくり休もう。


 今日は土曜日だが、午前中なら家の近くの病院はやっていたはずだ。病院に行く前にホームページで確認すると、やはり営業しているようなのでネットで予約をしておいた。


 そこで伊織からメッセージが届いた。デートのお誘いかと期待したが、そうではなかった。今日はなにしてる? といった内容だった。

 寧々は正直に体調不良でこれから病院へ行くことを伝えると、すぐに電話がかかってきた。


「清水さん、おはよう」

『おはよう。寧々ちゃん体調大丈夫なん? 熱は測った?』


 寧々は微熱があることと喉の痛みを伝えた。

 すると、伊織は喉が痛いのに電話かけてごめんと謝罪した。熱があることも心配かけたようで、病院に行くと聞いてそこは安心してくれたようだ。


 寧々の身体を労って、電話はすぐに終わった。しんどい時こそ好きな人の声を聞くと少しでも元気が出るのだから、恋とは本当に不思議なものだ。


 寧々は重たい身体をどうにか動かして病院へ向かう。近所の内科は混み合っており、喧騒が頭に響く。

 辛抱強く待ち、寧々の名前が呼ばれてようやく受診となった。

 診断結果は疲労からくる夏風邪のようだ。数日はゆっくり休むよう言われたので、月曜日は有給を取ろう。一週間分の薬が出たので、薬局に寄って薬をもらい家に帰宅する。


 体調を気にかけてくれている伊織にメッセージを打つと、数分もしないうちに返信がきた。


【夏風邪かあ。寧々ちゃんは頑張り屋さんやから心配になるわ。今日明日はゆっくり休んで養生してください】


 こちらを気づかう伊織の優しさが身に沁みる。こうして人の優しさに触れるのはなんとも面映くて心地よい。


『色々気づかってくれてありがとう。ちゃんと身体を休めます。また今度会おうね』


 そう返して処方された薬を飲むと、伊織から返信がきた。寧々はベッドに横になり、スマホを確認する。


【寧々ちゃん、ほんまに大丈夫なん? ご飯はちゃんと食べた? もしよかったら寧々ちゃんの家行こか?】


 まさかの文言に寧々は目を丸くする。迷惑をかけようとしてそのように言ったわけではないのに。


『大丈夫、ただの風邪だから』

【やっぱり心配やから行く】


 大丈夫だからこなくていいよと返したのだが、一向に既読がつかない。もしかしたら、本当に家まで来るかもしれない。

 以前車で送ってもらった時に伊織の地図アプリに住所を登録したから、来ようと思えば来れるはずだ。


 最悪なことに、今の寧々は寝巻きだ。いくら熱があるとはいえ、好きな人にこんなだらしない姿を見られるのは乙女心が傷つく。かといって着替える体力もなかったので、寧々は諸々諦めることにした。

 マスクは既に装着済みだ。こうなったら伊織が来るまで横になっていよう。


 約四十分ほどしてから来客を知らせるピンポンが鳴った。一応丸穴から確認すると、来客は伊織だったので寧々は鍵を開けて伊織を招き入れた。


「お邪魔します」

「いらっしゃい。お見舞いありがとう、狭いところだけどゆっくりして」

「おおきに。お土産やないけど、一応差し入れ持ってきたわ。これ食べて元気出してや」


 伊織はゼリーやスポーツドリンク、果物など買ってきてくれたようで、ビニール袋を渡してくれた。マスクも着用してきてくれたので、本当にそういう些細な気づかいがありがたい。


「わざわざありがとう。でも、朝から何も食べてなかったから、正直助かります」

「やっぱり。風邪やいうてもきちんと栄養のあるもん食べないとあかんよ。さっそくキッチン借りるで、おかゆ作ったる」

「ええ、それはさすがに悪いよ」

「寧々ちゃんのことが心配やから、俺にやらせてほしいんよ」

「清水さん……」


 いつもののらりくらりとした態度ではなく、真剣な顔をして言われたら寧々はたじろいでしまう。


「……じゃあ、お任せします」

「はい、任されました」


 寧々は深くお辞儀をして、甘えることにした。

 キッチンへ案内してフライパンや調味料、冷蔵庫のものは好きに使っていいと伝える。伊織は「おおきに」と言っておかゆを作り始めた。


 寧々は再びベッドに戻り横になる。この家に人が来るのはなんだか久しぶりだ。それも、ご飯を作ってもらうこと自体、直近でいつだったかも分からないほど前のように感じる。


 伊織の手料理は先月ごちそうになったばかりだが、やはり自分以外の誰かに作ってもらうのは贅沢なことだと思う。


「寧々ちゃん、できたでー」

「はーい」


 伊織はおかゆの乗ったお椀とお茶を注いでトレーに乗せて、寝室まで持ってきてくれた。

 寧々は身体を起こし、寝室にあるミニテーブルを広げ、トレーを置いてもらう。

 クッションをお尻の下に敷いて、腰を下ろし座る。寧々の反対側には伊織が座る。


「そんなに食べられへんおもて、お茶椀によそったんよ。食べられそうならおかわりしい、たくさんあるから」

「ありがとう。いただきます」

「はい、召し上がれ」


 湯気が立つおかゆはたまごがゆのようで、ほんのりと黄身が黄色づいている。レンゲでそっと掬い、ふうふうと冷ます。ぱくりと食べればほんのりと塩気を感じるたまごがゆが、口の中で少しずつとけていく。米の甘みが引き出されて、米本来の味わいを楽しむ。素朴な味なのに、おいしかった。


「どうや?」

「おいしい。清水さんは本当に料理が上手だね」

「そうやろ? 俺、自分で作るのも好きやし食べるのも好きなんよ」

「私もそう。なんだか似てるね、私達」

「ふふ、そうやねえ」


 似ているからこそ、一歩前に出られないのかもしれない。

 風邪を引いているせいかいろんな感情がごちゃ混ぜになってしまい、つい涙腺が潤んでしまう。伊織に迷惑をかけないように、寧々は食事に集中することにした。


「ふう、お腹いっぱい。ごちそうさまでした」

「お粗末様でした」


 あれから寧々はおかわりをして満腹になった。熱いお茶はぬるくなっており、それでも渋みがあって食後にはちょうどよかった。


 寧々は風邪を引いているのだし、わざわざ寝室にいなくてもいいというのに、伊織はなぜかそのまま居座っている。


「清水さん、私風邪引いてるし、ここにいなくても大丈夫だよ? リビングでゆっくりしてて?」

「そばにおったらあかんの?」


 だめではない。むしろ嬉しい。だからこそ、期待してしまう自分が寧々は嫌だった。

 今の二人の距離はただの友達ではない。友達以上恋人未満というやつなのだろう。それはお互いなんとなく分かっているはずなのに、その手を取れない。

 もどかしくて苦しい。

 一歩でなくてもいい、半歩でも踏み出したら何かが変わるのだろうか。

 寧々は伊織をまっすぐ見つめた。柔和な笑顔を浮かべる伊織の真意はやはり掴めない。


「……清水さんは、私のこと嫌い?」

「そんなわけないやん、好きやで」

「じゃあ、どうして……」

「付き合わへんのって?」


 敢えて核心に迫る言葉は避けたのに、わざわざそれを言うということはきっと意味があるのだろう。普段はのらりくらりとかわし、本心を見せない伊織がこうして自分の内側を見せようとしてくれているのだから。

 寧々は小さく「そうだよ」と呟いた。


「そうやなあ、簡潔に言うと、俺の気持ちがうまくまとまらへんの。ちゃんと寧々ちゃんのことは好きや。せやから、俺の気持ちに片がつくまで待っとって欲しい。……それでもええ?」


 伊織の方から二人の気持ちは重なっていることを伝えてくれた事実に寧々は泣きそうになる。詳しくは教えてくれないあたり伊織らしいと思うが、彼は嘘をつかない誠実な人だから寧々は信じて待つことにした。


「……いつか、その理由も教えてくれる?」

「もちろん」

「寧々ちゃん、仲直りのちゅーせえへん?」

「風邪ひいてるからだめ」

「なんや、いけずやわあ」

「どっちがいけずなのよ」


 伊織は柳眉を下げて微笑んだ。その笑顔がどこか辛そうに見えるのは、きっと気のせいじゃないのだろう。

 今はまだ友達のまま。恋人とは違うところにいるけれど、いつか伊織の手を取れる日が来るまで寧々は待つことにした。

 本心を見せたがらない伊織がようやく心を開き始めているのだから、おとなしく待つほかないのである。


 風邪を引いてから三日が経った。今日は月曜日なのだが、一応安静のため有給休暇をもらった。熱は下がっているものの、倦怠感が強く身体を動かすのもしんどいからだ。

 寧々は久しぶりにゆっくり休むことのできる休日をのんびり過ごしながら、ある意味では満喫していた。


 忙しくて視聴が止まっているテレビドラマをサブスクで見てから、これまた溜まっている洗濯物をしてベッドにダイブする。

 家事は週末になってするものだから、どうしても溜まりがちになるがこれも一人暮らししているのだから仕方ない。きちんと片付けているだけマシだと思いたい。


 朝ごはんは薬を飲むためにバナナしか食べていなかったからお腹空いてきた。先日伊織が持ってきてくれた差し入れの中にレトルトのおでんがあったので、それをレンチンして食べよう。

 寧々はさっそく冷蔵庫からおでんのレトルトを取り出し、耐熱皿に乗せて規定された秒数をレンジにかける。

 ラップを外すと湯気が溢れ出る。皿をテーブルの上に移動させて、これまた伊織が差し入れでくれたペットボトルのお茶を用意する。

 あつあつのおでんは真夏に食べてもおいしい。いつ食べてもおいしいおでんに箸を伸ばし、大根を食べる。味が染みていておいしい。こんにゃくにじゃがいも、定番のたまごが入っていて嬉しかった。

 冷えたお茶はのどを潤してくれる。最高だ。

 

 そして、明くる日の火曜日。寧々は会社に出勤した。

一部追記しました。

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