ストーカー・ソウル
俺の意識は真っ暗闇に包まれた。
けれど、次の瞬間には、鈴の音のような、爽快感のある甲高い音が聞こえた気がした。
そして気が付くと――――尻からほのかな温かみを感じた。
なんだか、長いこと眠ってしまった時のような、独特な頭痛がする。
「あの……」
誰かに、優しく肩を叩かれた。
俺は目を開く。すると、目の前では景色が物凄い速度で右から左へ流れていた。
「大丈夫?」
隣に座る女子高背が、俺に向かって心配そうな視線を向けている。
――――ここは、電車の中だった。
「一体……何が……」
目を見開いて、その女子高生を見つめる。
俺は山中の建物で意識を失ったはずだ。
それなのに、どうして俺は電車の中に……?
「何がって、だって君、泣いてるじゃん」
そう言われて、反射的に自らの目尻を触ると、確かに俺の目から涙が出ていた。
その涙は、悲しいとか、嬉しいとかじゃない、色々なものが複雑に混ざり合った、変な涙だった。
――――こんなやり取りを、俺は確かに以前もやったはずだ。
俺は自らの額を触る。
そこには、傷跡も無ければ包帯なども巻かれていない、綺麗な肌が広がっていた。
「どうしたの?」
俺の顔を覗き込むように、その女子高生がそう尋ねてくる。
その女子高生は、とても可愛らしい子だった。
そんな子が、蝶野さんを好きになったあの日と、同じ言葉と同じ仕草で俺を見つめる。
俺の脳内では、その女子高生の姿が、初めて出会った時の蝶野さんの姿に重なった。
そのせいで、山中の建物での事がフラッシュバックする。
俺は猛烈な吐き気を覚えて、世界がグワングワン回り始める。
全身から血の気が引いて行く。
ほどなくして、俺は実際に嘔吐をした。
座っている事すらしんどくなって、自らの体を地面に倒れ込ませる。
周りの人たちが、一斉に悲鳴のような声を上げた。
目の前がチカチカして動けなくなった俺は、その場にうずくまる事しかできなかった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
近くの病院に搬送された俺は、軽い検査を済ませると、少し点滴を打ったら入院はせずに帰っても良いと言われた。
言われた通りに俺は点滴をおとなしく打たれ、一本の点滴を打ち終わる頃には、どうにか落ち着きを取り戻しつつあった。
ただ、今でも、気を抜くとあの時の光景がフラッシュバックして、吐きそうになってしまう。
それだけ、あの日の事は俺にとってトラウマとなってしまったのだ。
「蝶野さん…………」
そしてもう一つ、明らかになった事がある。
それは、俺はどうやら、タイムリープをしてしまったらしいということ。
自分でも、おかしなことを言っている自覚はある。
だが、目覚めてから見た数々の時計と、実際に世界で起こる出来事、それら全てが、俺がタイムリープをしていることを証明していた。
「一体何がどうなってるんだ…………」
病院のベッドに仰向けになり、天井を見ながら、俺はそう呟いた。
俺は生まれつき特殊能力を持っている訳では無いし、特殊な知り合いもいない。
何か怪しい物を道端で拾った訳でも無いし、怪しげな人に話しかけられもしていない。
それなのに、俺はどうしてタイムリープをしてしまったのだろう。
この現象の原因は……? トリガーは……?
いくら考えようとも、一切分からないし心当たりも無い。
原因も理由もきっかけも無く、唐突にタイムリープが起こる事なんて、無いとは思うのだが……。
「……考えても仕方ないか」
きっと何か理由や原因はあるのだろう。
だが、今は一旦それを考えるのは止めよう。どうせ分かりはしないのだから。
ならば、俺が今考えるべきことは、何があってこうなってしまったのかではなく、これから何をするか、だ。
「今ならまだ……」
蝶野さんが清原に告白をして付き合い始めるのは、明日のこと。
今なら、まだ防げる。
「ふぅ、落ち着け、俺」
俺は震えだした手をギュッと握り、深呼吸をする。
いつもそうだ、俺は誰かを救おうと一歩を踏み出す時、つい恐怖に支配されてしまう。
俺は臆病で根性無しで、何かに立ち向かう事の出来ない、性根の腐ったストーカー野郎だ。
でも、今回は今までは訳が違う。
今回は、何が起こるか事前にしっかり理解している。
瞬発的に、何かに立ち向か合わなくてはいけない訳ではない。
しっかりと考えて根回しなどをすれば、俺が直接的に立ち向かわずとも、蝶野さんと清原の関係を切り離せるはずだ。
だから大丈夫。恐れることなど、何も無い。
俺は自分の胸に手を当てて、そう言い聞かせる。
――――壊れてしまった蝶野さんなんて、もう絶対に見たくない。
たとえ蝶野さんの思いを無下にしようとも、俺が蝶野さんを壊させない。
確かに俺は、クソストーカー野郎だ。
だが、そんな俺でも、好きな子に笑顔でいて欲しいと願うのは、普通の人と何ら変わりないのだ。
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