ストーカー・ソウル7
放課後。俺は校庭の隅にあるベンチに座り、今後の事について頭を巡らせていた。
「チッ――――」
気分転換のためにここに来たのだが、さっきから貧乏ゆすりが止まらない。
焦りや不安、怒りや後悔など、色々なグチャグチャになって、今にも何かをぶち壊したい気分だ。
「どうすりゃ……どうすりゃいいんだ……」
何をなしても上手く行かない。
蝶野さんは人間性が変わってしまうほど清原の野郎を思っていて、どういう訳か清原も異様なほどに一途。
俺がどんなに頭を回そうが、全て跳ね返され、俺に残るのは敗北感だけ。
本当に……どうすれば良いのだ……。
「――――ああ、そうだ」
近くから、聞き覚えのある声が聞こえて来た。
この声は――清原の声だ。
ここは校庭の隅っこだが、木々とフェンスの向こう側には駅へと続く一本道がある。
その道を、清原は誰かと通話をしながら歩いていた。
「明後日にそっちへ連れて行く。だから、アレの用意をしておいてくれ」
その通話が、誰と繋がっているのかの確証はどこにも無い。
だが、俺には、その通話がどこの誰と繋がっているのかが分かってしまう。
清原が先ほど言っていた、アレというのが何を指すのかも、俺には分かってしまう。
ついに、その時が来たのだ。
「チクショウ…………」
俺は拳をギュッと握り、歯を噛みしめ、自分の無能さをただ悔いるのだった。
◆◆◆◆◆◆◆◆
タイムリミットはもう間もなくだ。
俺は昨日以上に焦りや不安などをゴチャゴチャさせながら、早朝に駒井を教室へ呼び出しながらも、一人で悩み続けていた。
「クソ……」
脳裏に、清原の獣のような笑顔がチラつく。
「何をすれば、あの男を止められる……?」
俺は、同じ時をもう一度繰り返すことになった際、蝶野さんを救う事を心に誓った。
それなのに……俺はまた――――。
「何をすれば、蝶野さんを救える……?」
どうして俺は、こうも無能なのだ――――。
「今のアンタじゃ、無理なんじゃない」
突然、駒井が俺にそう言い放った。
「は?」
思わず俺は、眉を寄せ、怒りを前面に出しながら聞き返す。
「何となく感じてた事を、正直に話から」
しかし、駒井は気を荒立てている俺とは対照的に、至って冷静にそう切り出した。
「私は、清原くんが裏にどんな一面を持っているのか、詳しくは知らない。けれど、あんたがそこまでしたがるんだから、きっと清原くんはクズなんだとは思う」
当たり前だ。あの男が、クズじゃ無いはずが無い。
「でも、例えどんな一面があったとしても、清原くんは正々堂々と、一途に蝶野さんと向き合ってる」
駒井が、何もかもを見透かすかのように俺の目を真っすぐ見る。
「それに対して、あんたはどうよ」
駒井の眉が寄った。
確かに、表情に怒りが混じった。
「救ってやるとか何とか大層な事を言って置いて、私を隠れ蓑にして、蝶野さんと直接向き合おうともしていない。あろうことか、逃げてるだけなのに、ストーカーは幸せだとか言って、開き直ってる」
駒井の言葉は、全て正論だった。
「もうその時点で、決着はついてるんじゃないの?」
俺が今まで必死に見ないフリをしてきた、この世の真実だった。
「あんたがもし、蝶野さんに直接、清原くんはダメだって心を込めて訴えかけていたら、もしかしたら少しくらいは心を動かせたかもしれないよ? 蝶野さんはきっと重たい子なんだろうけど、それ以上に優しい子だから」
確かに、善意を持って接すれば、蝶野さんはきっと、どんな内容であれ、頭ごなしに否定はしてこないだろう。
駒井には、俺なんかよりもずっと、蝶野さんの心が見えているのだと、悔しい事にそう感じずにはいられない。
「具体的にこうだからダメとは言えないけど、あんたは精神的な部分で最初から清原くんに惨敗してるんだよ」
駒井が俺へと距離を詰めてくる。
胸倉を掴まれそうなほどの近距離になる。
「向き合う事に怯えてるだけならまだ良い。でも、あんたは向き合う事から逃げている。そんなしょうもない男が、誰かを救えると本気で思ってるの? 好きな人の心を動かせると、本気で思ってるの――――?」
俺は目をつむる。
それでも、駒井からは逃げられない。
向き合うべき現実からは逃げられない。
「ねえッ、いい加減、勇気を出す時なんじゃないのッ――――」
駒井の叫び声が、俺の頭に響いた。
俺の魂を震わせてきた。
「うるさい――――」
心を乱された俺は、いつの間にか、言葉が口から漏れ出ていた。
「うるせぇんだよッ。そんなこと俺だって分かってんだよッ。分かってても、動けねぇんだよッ。俺だって変わりたくって、向かい合いたくって、必死に動こうとしてんだよッ」
次々と、雪崩のように言葉が出ていく。
「でも足が動かねぇんだよ……。俺はしょうもない人間だから、足を動かせねぇんだよ。お前らは良いよな。顔も良けりゃ体つきまで良くって、何をやるにもまず成功するビジョンが見えてて。変化も成長の、当たり前のように出来ちまって…………」
俺から言葉と涙が際限なく溢れていく。
まるで、自分の体なのに、自分の体じゃないみたいだ。
「でもな、お前らと違って、しょうもない俺には、変化も成長も怖い事なんだよ……。お前ら普通の人間が当たり前にできる事でも、俺にとったら出来たら凄い事なんだよ……。成長しろとか、向き合えとかって、そんな簡単に言うんじゃねぇよ…………」
俺は顔も悪けりゃ、頭も悪い。運動神経も良くなくて、男の割には背も高くない。人と関わるのも苦手だし、何か特定の分野で秀でた才能も無い。本当に昔から、何の魅力も無い人間だった。
昔から恋をしては、傷ついてきた。
勇気を持って話しかければ苦笑いされ、思いを伝えれば嘲笑される。
傷ついて恋愛に臆病になっても、それでも人を好きにはなってしまって、また笑いものにされる。
恋をして、勇気を出しては傷つき、勇気を出しては傷つきを今まで何度も繰り返した。
やがて、一歩引いたところから見ていることしかできなくなって…………気が付けば、ストーキングの腕だけが上がって行った。
一歩を踏み出すのが怖くなっていた。
勇気を出したら、また傷つく。また良くない方へ物事が進む。
無条件に、そう思うようになった。
俺だって、なりたくてこうなった訳じゃ無い。
でも……世界が、俺が普通でいる事を許さなかったのだ。
だから、仕方がないじゃないか…………。
「――――そうやって、また向き合わずに逃げるの? 怖いから、また逃げるの?」
怒りの感情を消し、恐ろしいまでの無表情で、駒井は俺の目を真っすぐ見た。
そんな表情を直視して、俺は恐怖に駆られた。
「黙れ……黙れッ――――」
気が付いたら、俺はそう叫んで、走り出していた。
心をボロボロにしながら、その場から逃げていた。




