ストーカー・オリジン5
少し時が経ったある日、昼休みに、蝶野さんの下へ同じ学年の女子生徒二人が近づいて行った。
俺と駒井は、そんな二人を扉の前で会話している風を装いながら監視する。
「急にごめん。蝶野ちゃんって、清原くんと付き合ってるの?」
近づいた女の一人がそう聞いた。
「えっと、うん」
「大丈夫? 何かされたりしてない?」
「どういうこと?」
そう問い返され、女子二人が顔を見合わせた。
「実は今……清原くんについての良くない噂が出回ってて――――」
その女子二人は、噂について蝶野さんに語った。
内容は、清原が過去に交際してきた女に、精神的苦痛を与え、心を壊してきた過去がある、というものだ。
そして、言うまでも無く、この噂を流したのは俺だ。
俺には友達がいないが、駒井は数こそ少ないが多少の人脈がある。だから、駒井の知り合いを中心に、噂を広がらせた。
あの女子二人も、駒井の友人で、蝶野さんとも交流のあった二人だ。だから、俺が駒井を介して、蝶野さんに噂の件を注意しに行くよう促した。
悪い噂を流すのに少しばかり抵抗はあったが、真実に基づいた話なのだから、デタラメな悪評を風潮しているという訳でも無いし、心は痛まない。
「――――そう、なんだ……」
話を聞き終えた蝶野さんは、顔に影を落とした。
「ねえ、蝶野ちゃん、大丈夫なの?」
純粋な親切心から、その二人は蝶野さんに聞く。
でも蝶野さんは、その問いに返し、ケロッと笑って見せた。
「それはただのいい加減な噂だよ。実際に、私は何もされてない」
良からぬ悪評に、気持ちを乱している様子は少しも無い。
「それに、私は清原くんを信じてる。今まで関わって来て、彼は信じられる人だと思ってる。だから心配しないでっ」
噂ごと笑い飛ばすかのように、蝶野さんは清々しく笑っていた。
本当に、心の底から清原を信じている、そんな様子だった。
「――――クソッ」
俺は、壁に握りこぶしを打ち付ける。
関係性を引き裂くどころか、より強固な絆を見せつけられたことが純粋に悔しかった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
昼休み、どうすればあの二人を引き裂けるのか、親指の爪を噛みながら考えていた時、スマホに一件の通知が来た。
『部室棟裏、ヘルプ』
送り先は、駒井からだった。
その簡潔なメッセージを見て、俺は急いで部室棟の裏へと行った。
そして、数分で到着すると、そこでは蝶野さんが駒井に対して詰め寄っていた。
「だから、勘違いなんだってば」
「そんな訳ない……」
蝶野さんの表情は、かつてないほど真っ黒で、俺の知っている蝶野さんでは無かった。
「あなた以外に、私と彼の関係性を知ってる人なんていない」
「いやいや、清原くんが他の誰かに話したのかもよ」
蝶野さんの、何者も切り裂くかのような瞳を向けられて、駒井はかなり動揺していた。
それでも、どうにかこうにか必死に笑みを取り繕い、上手く対応をしようとしている。
ただ、そんな駒井の胸倉を駒井さんは掴み、壁に押し当てた。
隻腕の蝶野さんでも、上手く体重を使う事により、駒井は完全に壁に押し込まれて抜け出せない。
「普通に考えたら、私と彼の関係に嫉妬したあなたが、私達を陥れようとしてやってるようにしか思えない」
声はザラついていて、果てしない怒りがこもっていた。
「彼を陥れることなんて、絶対に許さない。殺してやる――――コロシテヤル――――コロシテヤル――――」
恐ろしいほど殺気のこもった声。
殺意を向けられていない俺ですら、全身に鳥肌が走るほどだった。
俺も駒井も、死を悟った、そんな時だった。
不意に、近くから他の生徒の声が聞こえた。
どうやら、何の部活かは知らないが、昼休みの間に何か準備をしておこうと足を運んで来た生徒のようだ。
「…………これ以降、私を怒らせるような事をしたら、本当に殺すから」
蝶野さんは最後にそう言って、俺が居る方向とは逆方向に歩いて去って行った。
「――――ハァ」
あまりの恐怖心から固まっていた駒井が、金縛りが解けたかのように、その場に尻もちを付いた。
「……大丈夫か?」
「何とか……」
俺は駒井に歩み寄り、そう声を掛ける。
ただ、俺自身も、いまだに足の震えが収まっていなかった。
「蝶野さんって、あんな子だったっけ……」
俺は蝶野さんを知り尽くしている。
裏掲示板に独り言として書いていた言葉も相当重々しい内容だったし、彼女が心のどこかに闇の気質を持っていることも当然知っていた。
だが、それでも、先ほどの蝶野さんは、本当に俺の知らない人だった。
ここ最近の内に、人間性すら置き換わってしまうような重大な何かが、蝶野さんの身にあったのだろうか――――。
清原が、何かをやったのだろうか――――。
「クソッ」
いずれにしろ、蝶野さんの、清原に対する激しい思いを直に感じて、俺は奥歯を噛みしめながら、部室棟の壁に拳を打ち付けるのだった。




