第074話 ありがたい
目の前にはおなじみとなったテレビが見える。
俺はヘイゼルを抱いたまま、その場で崩れ落ちた。
「ハァハァ…………」
「ハァハァ…………」
俺とヘイゼルは焦りと緊張により、身体が固かったのだろう。
ひとまずの安心を得ると、急に体が弛緩し、息も荒くなる。
しばらく2人でそうしていると、次第に息も整ってきた。
「ヘイゼル、ケガはないか?」
悪気も邪な気持ちも一切なく、ヘイゼルの足や腕をまさぐる。
「足をちょっとひねったのと全身が痛い……あのクズ! 焼きつくしてやりたかったわ!」
押し倒されてたもんな……
「それについて聞きたいが……とりあえず、あっちに行こう」
そう言って、ヘイゼルをお姫様抱っこで持ち上げると、ソファーまで運ぶ。
正直、ちょっと重かったが、さすがにそれは言ってはダメだろう。
ヘイゼルをソファーに座らせると、キッチンに行き、コップに氷を入れた。
そして、フィリアの果物ジュースを注ぐと、それを持って、ヘイゼルのところまで戻る。
「飲めるか?」
「そこまで重症じゃないわよ。過剰ね」
ヘイゼルは少し笑いながらジュースを受け取ると、飲みだす。
それを見ると、キッチンに戻り、自分の分のジュースを用意し、一気に飲み干した。
チッ!
最悪な気分だ……
だが、今はヘイゼルが優先だな。
心にある痛みや苦しみ、焦りなどを押し殺し、再び、ヘイゼルのところに戻る。
「足は大丈夫か?」
ソファーで横になっているヘイゼルの下に行くと、ソファーの前にしゃがみ込み、ヘイゼルのローブをめくって、足の状態を確認する。
「そこまで大事じゃないと思う」
ヘイゼルがそう言って、右足首をさする。
確かに腫れは見えないが、後々、出てくるかもしれない。
「医者に診せるか……」
保険は効かないだろうが、それはたいした問題じゃない。
「大丈夫よ。後でポーションをかけておくから」
そういえば、そういう便利なものがあったな。
「そうか……他は?」
「大丈夫だって。それよか、あんたも座りなさい」
横になってたヘイゼルが姿勢を直し、普通に座ったので俺もソファーに座り、背もたれに身を預けた。
すると、自然とふぅーっと息が漏れる。
「疲れた……」
ぼそっとつぶやくとヘイゼルが俺の正面に回り、抱きついてきた。
「助けてくれてありがとう……」
「助けるに決まってんだろ。むしろ遅れたのが自己嫌悪だわ」
あのクソ野郎、ウチのヘイゼルを押し倒しやがった。
「未来永劫、あんたのもん?」
「かなり蔑視な発言だが、売り言葉に買い言葉だから」
人を物扱いは良くない。
「いいよ」
ヘイゼルは抱き着く力を強くした。
「お前が無事で良かったよ」
俺もヘイゼルの背中に手を回し、さすった。
「お互いにね」
「ヘイゼル、ちょっと落ち着くために風呂に入ろうぜ」
「そうね。どうせ24時間は転移できないんだし、ゆっくり考えましょう」
ヘイゼルがそう言って、離れたため、俺は風呂場に行き、準備をする。
ヘイゼルがいてくれて良かったな……
心が落ちつくわ。
浴槽にお湯が溜まるのをぼーっと見ていた。
完全に油断したなー。
今回は回避できた危険だった。
馬車と小屋を発見した時点で帰るべきだったのだ。
それなのに馬車と小屋の状況を確認しようと思ったのは占いで最終的に良くなるというものを信じたからである。
占いは外れることもある。
これを忘れてはならなかった。
占いが外れて、俺が死ぬ分には自己責任だが、ヘイゼルを巻き込むところだった。
それもヘイゼルはただでは死なず、ロクな目には遭わんだろう。
いや、この考えも良くない。
俺が死ねない理由もあるのだ。
ヘイゼルにフィリア……
俺は死ねない。
死にたくもないし、死ぬつもりもない。
だから、殺した。
それだけだ。
初めての人殺しはかなりキツいものがあるが、俺にはそれ以上に大切なものがある。
浴槽の溜まったお湯を見て、立ち上がると、リビングに戻った。
「ヘイゼルー、先に入れよー」
ソファーで休んでいるヘイゼルに声をかける。
「あんたが先に入りなさい。私はそこまで疲れてないし、あんた、汗臭かったわよ」
「ひっどーい」
中学生だったらガチへこみだわ。
「仕方がないでしょ。あんたはずっと草と枝を刈ってたんだから」
「一緒に入る?」
「先に言っておくわ。そういうのは全部、先にフィリアとしなさい。物事には順序ってものがあるの。いいからさっさと入ってこい。次は私が入るの。あ、入浴剤は入れておいてね」
「はーい」
顔を赤くして言うなよ……
しかも、後半めっちゃ早口だった。
冗談だったのに……
一度、自室に戻り、着替えを持つと、風呂に入る。
そして、汗と共に疲れと嫌な気分を洗い流した。
風呂から上がると、ヘイゼルもすぐに風呂に入った。
ヘイゼルは長風呂だったが、今回はのぼせるようなことはなかった。
ちょっと残念。
ヘイゼルも風呂から上がると、今日は酒ではなく、ジュースを飲みながらソファーでくつろいでいる。
俺もそうだが、ヘイゼルもこっちの服を着ていて、ちょっと新鮮だ。
「なあ、お前、いつの間に小屋に連れ込まれたん? まるで気配がなかったぞ」
風呂にも入り、一段落ついたため、さっきのことを聞くことにした。
「私もビックリよ。馬車にいるあんたを見てたら急に後ろから口を押さえられて、そのまま小屋に引きずり込まれた。そして、あの状態。足と胸を触られたのがマジで最悪! 死ねばいいのに……って、死んでたわ。ナイスよ!」
ヘイゼルが肩を叩いて称賛してくる。
多分、慰めだろうなと思った。
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