第073話 油断
「撤退は?」
「さすがに……」
ヘイゼルが難色を示した。
「もう少し、情報がないとマズいか……」
人がいましたから帰りましたはさすがに臆病すぎる。
「調査が仕事だからね。調査せずに帰るのはちょっと……」
調査……?
そういえば、この仕事って捜索じゃなくて調査なんだよな?
「ヘイゼル、いつでも魔法を撃てるようにしておけ」
そう言うと、ヘイゼルにもらった杖と銃を取り出す。
「そうね……でも、どうしたの? 何か見えた?」
「見えてはない。この仕事、街道の調査だろう? 商人の捜索じゃない」
「何か変?」
「普通は商人の捜索という依頼を出す。でも、この依頼は調査。依頼主……商人が死んでることを知っているか、そう決めつけている可能性がある」
チッ!
そもそも依頼主は誰だ?
てっきり商人の家族と決めつけてたが、本当にそうか?
調査の目的は商人ではなく馬車か?
「……やっぱり帰る?」
ヘイゼルも不安を感じ始めたようだ。
「いや、行こう。さすがに判断材料が少なすぎる」
ここで引き返すのはいくらなんでも安全策すぎる。
ギルマスも言っていたが、逃げてばかりではいけない。
「わかったわ。慎重に行きましょう」
俺達は調査を続けることにし、ゆっくりと馬車の跡が続く道を進んでいった。
そのまま周囲を警戒しながら慎重に進んでいくと、前方に小屋が見えてくる。
それを視認すると、足を止めた。
「明らかに怪しい小屋だな」
「リヒト、ちょっと……」
ヘイゼルが道の右側に逸れて、手招きで俺を呼ぶ。
「どうした?」
「あれ」
ヘイゼルが呼ぶので俺も道の右側に寄ると、ヘイゼルが指差す方向を見た。
その位置からは小屋の裏が少し見え、馬車らしきものがわずかながらに見える。
「馬車?」
「多分」
小屋に誰かいるのかな?
いるなら商人か?
「誰かいるかな?」
「わかんない。どうする?」
悩むところだなー……
もう帰ってもいい気がする。
馬車は見つけたし……
「お前、ここにいろ」
「あんた一人でどうすんのよ」
やっぱヘイゼル師匠がいた方がいいか。
情けない俺……
「行くぞ」
「うん」
俺達はさらに慎重に進み、小屋に近づくと、小屋の小窓から中をそーっと覗く。
小屋は物が散らかっており、人がいた形跡はあったが、誰もいなかった。
「……いないな」
「……馬車を見てみましょう」
「……だな」
俺達は小声でしゃべりながら音を立てずに小屋の裏に回り、馬車を確認する。
馬車の所にも誰もいなかったため、馬車の中を覗いた。
馬車の中は木製の箱が並んでおり、特に荒らされた形跡がない。
それを確認すると、馬車から出た。
「……ヘイゼル?」
馬車から出ると、さっきまでいたヘイゼルがいなかった。
そして、急に脳裏に嫌な予感が走ったので銃のセーフティーロックを外すと、急いで小屋の前に回り、扉を開いた。
そこには鎧を着た男がヘイゼルの口を塞ぎ、押し倒しているのが見えた。
どういうことだ!?
いつの間にヘイゼルをここに連れ込んだんだ!?
音も気配もしなかったぞ!
「動くな!!」
内心、疑問だらけだったが、それどころではないので銃を構え、男の背中に警告する。
正直、すぐに鉛玉をぶち込みたかったが、男は金属鎧を着ており、ハンドガンでは厳しいと思った。
「あーん? チッ! もう一人いやがったのか……」
男はヘイゼルを起こし、口を塞ぎながら立ち上がった。
しかも、ヘイゼルを人質に取る形だ。
そして、男とヘイゼルの足元にはヘイゼルの杖が転がっており、口も塞がれたヘイゼルは完全に無力となっている。
「ヘイゼルを放せ! さもなければ撃つ!」
銃を構えたまま、再度、警告する。
「撃つだぁ!? 何だ、それ? 魔道具か? チッ! 魔法使いが2人かよ……」
男は俺の銃に警戒をするが、ヘイゼルを解放する気配はない。
「死ぬぞ?」
「ふん! その時はこの女の首をへし折ってやるよ」
男はそう言って、ヘイゼルの口を塞いだまま、ヘイゼルの首を少しひねった。
男の力ならヘイゼルの細い首は簡単に折れそうだった。
「まあ、こんな良い女を殺すのはもったいねーな。俺ら、最近は女にありつけてないんだよ。兄ちゃんも仲間になるなら一番を譲ってやってもいいぜ」
俺ら……仲間もいるのか……
盗賊っぽいが……
「一番もクソもそいつは未来永劫、俺のもんだよ」
「ケッ! デキてんのかよ! じゃあ、そいつを下ろしな。じゃなきゃ、こいつの首を折るぞ」
チンケな脅しだな……
だが、仲間がいるなら時間もかけれない。
「わかった。まず、ヘイゼルを放せ」
絶対に聞かんだろうな。
「バカ言うな。こいつは魔法使いだろ。お前が先にそいつを地面に置け」
ほらね。
「わかった」
銃を下ろし、しゃがむと地面に置く。
「んんー!!」
ヘイゼルがくぐもった声で叫ぶと、男は腰から剣を抜き始めた。
おそらく、俺を殺して、ヘイゼルでお楽しみするんだろう。
「死ね!」
男がしゃがんでいる俺に切りかかろうと、剣を振り上げる。
『動くな!!』
言葉に言霊を乗せ、叫ぶ。
すると、涙目で首を振っていたヘイゼルもゲスな顔で笑いながら剣を振り上げた男も動きが完全に止まった。
そして、すぐに銃を拾うと、立ち上がり、銃を男の額に向ける。
「死ぬのはお前だ」
ためらうことなく、引き金を引き、撃った。
すると、すぐに破裂音と共に男の顔が赤く染まり、ヘイゼルごと後ろに倒れていく。
すぐにヘイゼルの腕を掴み、上半身を起こす。
「大丈夫か?」
「だ、大丈夫だけど……」
ヘイゼルは起き上がると、倒れた男を見る。
それにつられて男を見るが、完全に死んでいるだろう。
「逃げるぞ」
「そうね!」
ピイィィーー!!
俺とヘイゼルが撤退しようと思い、小屋から出ると、急に笛のような高い音が響いた。
「警告の笛よ!」
「仲間が銃声で異変に気付いたか!?」
どうする!?
仲間が何人いる!?
俺達で対処できるか!?
逃げる?
いや、ヘイゼルは足が遅いし、俺だって疲れ切っている。
逃げ切れない!
「ヘイゼル、こっちに来い!」
ヘイゼルの腕を掴み、小屋の裏に回った。
「どうするの!?」
慌てたヘイゼルが聞いてくる。
「今の俺らでは逃げることも戦うことも無理だ。態勢を立て直す!」
「どうやって!?」
「時間はすでに24時間は経っている。あっちの世界に逃げる」
「ここで? もうちょっと小屋から離れた方が良くない?」
「時間がない。仲間がそう遠くにいるとは思えん」
あの合図が撤退の合図ならいいが、多分、それはない。
おそらく、すでに近くまで来ているだろう。
スマホを取り出し、起動する。
チッ!
電池の節約のために電源を切ったのが失敗だった。
起動が遅い!
焦りながらヘイゼルの肩を抱き、自分の身体に押し付けた。
すると、ヘイゼルがそのまま抱きついてくる。
男とは単純なもので、それだけで少し冷静になれた。
「よし! ヘイゼル、スマホを見ろ」
ようやく電源がついたスマホをかざし、アプリを起動させる。
そして、抱き合う形のまま、スマホのぐるぐる画面を見ると、すぐに視界が真っ白になった。
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