第066話 退散、退散
「うえー…………」
尊敬すべき親愛なる我が師はソファーでぐでっていた。
ヘイゼルは三角帽子なしの黒ローブ姿で髪はちょっと濡れている。
フィリアが何とか身体を拭き、服を着せたのだ。
「お前、入りすぎ」
ヘイゼルをうちわで仰ぎながら苦言を呈す。
「久しぶりだったし、あんたの家のお風呂がすごすぎてね」
フィリアに聞いたが、入浴剤を入れていたらしい。
その匂いを気に入り、ずっと入っていたようだ。
「いつでも入っていいから自重しろ……何か飲むか?」
「飲み物? あんたら、何を飲んでるの?」
ヘイゼルが弱々しく、ローテーブルの上に置いてある缶を指差す。
「こっちの世界の酒」
「じゃあ、それ」
そんな状態で飲むのか……
うちわで仰いでいるので、フィリアに目で合図し、取ってくるように指示をした。
フィリアは俺の意図を読み取り、キッチンの方に取りに行く。
「お前ら、仲良く風呂でアクシデントを起こすなよ」
フィリアに聞こえないようにこっそりと言う。
「フィリアの醜態よりはマシ。あの子、涙目だったわよ。嫁入り前なのに……」
泣くほどのことだったのか……
ちゃんと娶ってやるって言っておいて良かった……
「その状況でフィリアを置いて風呂か?」
「あんたらが2人で話し合えるように気を使ったのよ。途中で忘れて、このざまだけど」
気を使ってくれたのね……
「ヘイゼルさん、桃とブドウだとどっちが好き?」
フィリアが酎ハイの缶を2つ持ってきた。
もう1本は自分のやつだろう。
だって、チョイスが2つ共、フィリアが好きなやつだもん。
「ブドウ。ワイン?」
「いや、果実酒みたいなものかな……?」
「ふーん、ちょうだい」
ヘイゼルはフィリアから缶を受け取る。
「何これ? 金属だと思うけど、冷たいし」
「あ、貸せ」
ヘイゼルから缶を奪い、プルタブを開けると、ヘイゼルに渡す。
「ほれ」
「そうやって開けるのね。ありがと」
ヘイゼルは酎ハイを飲みだした。
「……すごいわね。味が洗練されているし、甘い……美味しい」
ヘイゼルは一口飲むと、目を見開き、驚愕する。
「飲みすぎるなよ」
「わかってるわよ」
ヘイゼルはそう言ってチビチビと飲みだす。
フィリアもソファーに座り、がぶがぶと飲みだした。
なお、俺の左にヘイゼルがおり、右にはフィリアが座っている。
良く言えば、両手に華。
悪く言えば、挟まれ、逃げ道を塞がれた感じだ。
あと、フィリアが近い。
「お前も髪を洗ったんだな」
ヘイゼルの髪は濡れてはいるものの光沢があり、輝いているのがわかる。
これは水のせいだけじゃないだろう。
「まあね。フィリアに教えてもらった」
「お前らって覚えるの早いな」
「まあ、香油とかあるしね。原理は一緒よ」
香油?
何それ?
あっちの世界特有の整髪剤かな?
「綺麗だと思うよ」
「ありがと。フィリアの髪が最近、やたら綺麗だなーと思ったらこういうことだったのね」
ヘイゼルが背もたれから起き上がり、俺を避けるために前かがみになってフィリアを見る。
「ヘイゼルさんも買うと良いよ」
「そうするわ。あんたはこっちの世界の服を着てるみたいだし、何、そのネックレス? すごい技術よ。絶対に高い」
ヘイゼルも目ざといなー。
「服も買ったよ。こっちの世界のお店に行くのに修道服はマズいっぽいしね。ネックレスは誰かさんが贈ってくれた」
2万ちょっとだったよ!
「ふーん、やっぱりそういうことかー……」
ヘイゼルが俺とフィリアを交互に見てくる。
「……なあなあ、もしかして、お前らの世界って、男が女にあんまり物を贈らなかったりする?」
ヘイゼルの反応を見て、フィリアに耳打ちする。
「……普通に贈るけど、アクセサリーを贈る場合はそういう意味だよ。特に指輪、ネックレス、腕輪なんかは特にそう。要は自分の物っていうマーキングだから。ちなみに、男性から贈られたアクセサリーを女性が身に着けるっていうのはそれに対する答え。そして、それを贈った私に聞くのはマズいね」
……非常にマズかったみたい。
「……ヘイゼルには水晶玉をあげたけど、どう?」
この際だ。
聞いちゃえ。
「宝石はもっとそう。だって、そんな高価な物って、普通に考えて、意中の女性にしか贈らないでしょ。あと、本人を前にして、内緒話もマズいね」
ヘイゼルを見ると、空気を読んでか、天井をぼーっと見てた。
でも、絶対に聞き耳を立ててる。
「ヘイゼル、水晶玉はどうした? 飾ってる?」
「いつも持ってるわよ。収納魔法の中」
常時持ってるらしい。
大事そうに持ってたし、占う時も嬉しそうに持ってるもんなー……
「ヘイゼルも服とか買うか?」
「そうね。フィリアの修道服がマズいなら多分、私の服もマズいでしょうしね」
ローブはいいんだけど、三角帽子がね……
「フィリア、付き合ってあげような」
「うーん、リヒトさんさ、お風呂に入ってきなよ」
いきなりどうした?
そりゃ入る気ではいたけど……
「え? 匂う?」
自分の服を嗅いでみるが、自分ではわからない。
「私、ちょっとヘイゼルさんと大事な話があるから」
あ、俺が邪魔なのね。
「じゃあ、入ってくる。好きに飲んでいいけど、まだ朝だし、出かけるから飲みすぎるなよー」
そう言い残し、さっさと退散した。
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