第漆拾伍話 「鳥籠の中」
「あなたは自由で良いわね。」
私は独り窓辺に止まっている小鳥に向かって声を掛けた。
小鳥は私の言葉が分からずに、首を傾げている。
私は、朝食のパンを少し削って、その小鳥に分け与えた。
私はもう何年もこの部屋から外に出ていない。
目の前の小鳥は捕らわれていないのに、私は囚われている。
どちらが籠の中なのか分からなくなる。
「でもね、人間にはね色んな籠があるのよ。」
私は小鳥相手に話を続ける。金銭という籠、社会という籠、家族という籠、人間関係という籠、規則という籠、そして健康という籠について、懇々と訴える。
そして思う。自由を謳歌している小鳥のなんと羨ましいことよ。
小鳥は鳴いた。
「あなたは何の心配もせずにそこにずっと居られて良いわね。」
そんな言葉は人間には届かないが、小鳥は続けた。
日がな一日窓辺に座り、外を眺めるだけの日々。食事も三食摂り、夜になれば安全な場所で寝られる。何の憂いもなく過ごせる毎日を、小鳥は羨ましく思った。
今朝も早くから、虫を探して飛び回り、子供たちに与えてきたばかりだ。今は子供たちもお腹を膨らませて寝ているから、ひとときの休息である。
彼女から貰うパン屑は、小鳥にとって贅沢な一品である。虫も美味しいが、このパン屑というものも絶品であると小鳥は思っていた。だから、パン屑欲しさに頻繁にこの窓辺に訪れるのだ。
「あなたは、毎日毎日こんな美味しいものを、何の苦労もなく食べられるなんて、本当に羨ましいわ。」
小鳥はそう鳴いてはみるものの、その気持ちが人間に届く訳でもなく、イヤミの一つでも言いたくはなる。
「子育てでもしてみたら良いのに。」
私は、ピーチクパーチク鳴いている小鳥を見て、本当にかわいいと思った。なんの憂いもなく世界を自由に飛び回れるその翼が欲しいとさえ思った。
だが、私はこの病室から離れることは出来ない。
もう、余命を数えるだけの人生だから。
私は窓に取り付けられた鉄格子に止まる小鳥に、微笑みかけるだけだった。




