第陸拾捌話 「そのときはもう手遅れ」
彼は死を悟った。
すべてが自業自得である。そんなことは分かっていた。彼女に恋をした時から。
彼の心はもう何も見えていなかった。ただ、彼女だけしか見ていなかった。
彼女のすべてが自分のものだと、自分だけのものだと、そう信じていた。
だからこそ、他人が彼女と親しくすることが許せなかった。
彼女を奪われたくなかった。彼女を失いたくなかった。
だが、そんな彼は彼女に拒絶された。避けられ、逃げられ、遠避けられた。
それでも、追い続ける彼は、とうとう彼女から引導を渡された。最後通告である。
警察も介入し、今後彼女に近付かないよう厳重注意を受けた。
しかし、彼にとっては、そんなのは何の障害にもならなかった。
愛のためなら、どんな障害も乗り越えられるとさえ思っていた。
彼は、不思議と勇気が湧いた。
彼は、彼女の居場所をありとあらゆる手段を講じて突き止めると、再会を果たした。
そして、彼は悟ったのである。自らの死を。
彼女は彼を拒否し続けた。愛してくれるのは嬉しいが、その愛が重すぎた。
彼女の心は、最初から彼に向いていなかった。生理的に合わなかったのだ。
だから、彼からの一方通行の愛を拒絶した。嫌だとハッキリ伝え、彼を遠避けた。
最終的には、警察にも介入して貰った。
だが、その拒絶は彼を止めてはくれなかった。
そこで、彼女は最終手段に出た。彼を包丁で刺したのだ。
地面に広がっていく血の海を見つめ、彼女はこれで終わったことを悟った。
数日後、彼女は警察署の取調室にいた。
もちろん、殺人容疑である。
取り調べを担当した刑事は、彼女を守れなかったことを謝罪したが、彼女がしてしまったことを赦すことは出来ないと言った。
彼女は、刑に服することを覚悟し、聞かれるままに、正直に応えた。
更に月日が経ち、彼女の裁判が始まった。
そこで、彼女は真実を知った。
彼女が殺した男は、彼女を愛していた男ではなかった。
彼女を愛していた男は、警察の介入を受けた時点で、自殺をした。
そして、彼女の前に再び現れた男は、彼の双子の兄だった。
彼女はすべてを悟った。兄はただ真相を聞きに来ただけだったのだと。




