第陸拾漆話 「大地を潤す猫」
日旱続きだった。もう何日も雨が降っていない。
大地は渇き、田畑には罅が入り、作物は枯れ果てた。
神社では雨乞いの祝詞があげられてはいるが、まったく効果はなかった。
こんなことは、これまで経験したことなどなかった。
神は人々を見放したのだろう。
人々は既に諦めの境地に達していた。
ある日、とうとう餓死者が出た。
備蓄米を分配はしたが、体力のない子供たちから死者が出てしまった。
人々は恐怖でパニックになりそうなのを、ギリギリの精神力で耐え凌ぎ、なんとか理性を保っていた。だが、死者は増え続けた。
そんな時である。猫が一匹現れた。三毛の雄だ。
三毛の雄が現れる時は、世の中が終わるか、奇跡が起こる時だと信じられていた。
人々は、後者が起こることを信じた。雨が降るという奇跡を信じた。
だが、待てど暮らせど、雨は一滴も降らない。日旱は続き、井戸も、川の水も涸れようとしていた。
それまで、我慢に我慢を重ねてきた人々は、とうとう限界を超え、熱を帯びたように狂乱し、我が物顔で闊歩していた三毛の雄を捕まえた。
広場に集まった人々が歓声を上げる中、三毛の雄は吊され、晒され、鉈で首を落とされたのである。滴る血は大地を這い、忽ちのうちにあたりは真っ赤に染まった。
群衆は歓喜の雄叫びをあげ、狂喜乱舞した。
贄を捧げたのだ。これで雨が降らないはずはないと。
人々の心には、これで漸く雨が降るのだと、確信にも似た気持ちが沸いていた。
その晩、人々が狂喜乱舞に疲れ果て、寝静まった頃、一匹の猫が現れた。
人の背丈ほどもある大きな猫である。尻尾は二つに割れ、口元からは大きな牙がキラリと覗いていた。
その巨大な猫は、広場に捨て置かれたままになっている、三毛の雄の亡骸を見て鳴いた。その鳴き声は、世界を轟かせるほど大きなもので、悲しみに溢れ、苦しみに掠れ、怒りに震えていた。
その晩、この地には血の雨が降ったのだった。




