第陸拾参話 「命は愛しいもの」
「御臨終です。」
私はバイタル表示を確認し、脈拍を確認し、瞳孔を確認し、患者の死を確認した。
同席した患者の家族はその場で泣き崩れた。覚悟していたとは言え、家族の死を迎えることは辛いことである。
私は、最後のお別れのための時間を家族に与えた。落ち着くまでは、何の話をしても仕方がないからだ。後の手続きは事務方に任せて、私は医務室に戻って診断書と死亡証明書を書き、担当看護師に手渡し、患者のカルテを閉じた。
この病院では、日常茶飯事である。
インターンの時、初めて遭遇した時は数日間食事が喉を通らなかった。
だが、今は違う。食事をしなければ勤務に差し支えると言うこともあるが、食べられないと言うことはまったくない。
死に対する恐怖や、畏怖、惆悵、そして自分の無力さに苛まれる日々が、私に訪れることはもう二度とない。
精神力が上がった?いや、違う。鈍感になっただけだ。
医療技術は日々進化、進歩しているのに、それでは治せない病が立ち塞がる。
私は、自分の医術を向上させるが、その悉くを嘲笑うかのように、人は死ぬのだ。
死というものが、私の日常になり、慣れてしまったのかも知れない。
生命とはただの化学反応の連鎖。細胞の増殖に過ぎず、他の命を貪り、死に行くだけ。宇宙規模で見れば、人間の命なんて塵芥にも及ばない価値でしかない。そこに、価値を見出そうとするのは、脳内のドーパミンやオキシトシンが作り出す錯覚でしかないのだ。
私は、そう考えた。いや、考えようとしていた。自分の気持ちが楽になるために。
それで、楽になったかと言えば、それは違う。
楽になったのではない。
心が簡単に動かなくなるほど、重くなったのだ。
昔、死の間際に、命の尊さについて尋ねてきた患者がいた。
戦争に行き、銃弾の雨霰を潜り抜け、命からがら逃げ延びてきた。復員後、妻を娶り、子供が出来、そして妻に先立たれた。その男性が命の尊さを、私に尋ねたのだ。
私は答えることが出来なかった。
その時既に私は、死に対する感情がなく、命の価値など自分の医術を試す道具にしか過ぎないと考えていたからだ。
先程亡くなった患者の娘が尋ねてきて、私にこう言い残した。
「父は安らかに眠ることが出来ました。命の炎を消してくださり、ありがとうございます。」




