第伍拾弐話 「知らない恋人たち」
予定の時間よりも早く着いた。今日は久々のデート。
ここのところ仕事が忙しくて、デートなんてする時間がなかったから、遠足前の子供のように昨日からワクワクが止まらなかった。美容室に行って髪を整えて、ネイルサロンにも行った。流石にエステに行く時間はなかったけど、今朝は早く起きて、念入りに化粧を施した。気に入ってくれると良いんだけど。
待ち合わせの場所に彼が現れた。
駅のホームから降りてくるのがここからでも見えた。彼は私にまだ気付いていない。階段を降りてくる様子、ICカードを翳す仕草、そして私に気付いて駆け寄ってくるその息遣い、もう、私の心臓は飛び出しそうな程にドキドキしていた。
「待たせたかな。」
「うんうん、今来たばかりだから。大丈夫。」
1時間も前に来たことは内緒で、ちょっとした嘘をつく。
「そう、それなら良かった。じゃ、行こうか。」
彼のエスコートで、私たちは歩き出す。最初の目的地は水族館。水槽を自由自在に泳ぎ回る魚たちを見て廻り、イルカショーを楽しんだ。イルカが上げる水飛沫から、彼は身体を張って守ってくれた。そんなところもポイントが高い。私にはもったいない男性である。
水族館を楽しんだ私たちが、次に向かったのは地上200mにある展望フロアーである。ビルの上から眺める摩天楼は、とても美しかった。いつも見慣れたコンクリートのビル群が、まるで私たちのためだけにそこにあるような、世界は私たちのためだけに存在しているような、そんな気持ちにすらなってしまった。
陽も落ちかけた頃、私たちは彼が予約してくれた高級レストランでディナーと洒落込んだ。私一人では絶対に来られないような、夜景の見える展望レストランだ。
緊張で料理の味も、彼の顔も、景色もろくに楽しめなかったけど、それでも、私にとっては夢見心地のような時間で、幸福を心の底から噛み締めることが出来た。
その後は、いよいよホテルへと向かう。
私も初めてではないし、ここで拒絶するようなことはしたくない。良い女として認められるために用意された、最高の場である。勝負所と言っても良い。
私にとっては天国にいるような一夜だった。
彼は私のすべてを受け入れてくれて、私も彼のすべてを受け入れた。
しかし、彼との素敵な時間はあっという間に終わってしまった。
帰り道、彼からメールが来た。
そこには請求書と共に、「デートパックご利用ありがとうございます」とあった。




