第卌玖話 「丘の向こうへ消えていく光」
我が家の裏には小高い丘があった。
地学の先生は、丘というのは浸食に取り残された残土、つまり、残り滓のようなものだと言う。そう、ウチの裏には残り滓が堆く積まれているのである。
それでも、私はこの景色が大好きである。朝日に照らされて緑に輝く夏、沈みゆく夕日に照らされてオレンジ色に輝く秋、冬には一面が真っ白になり、春には色とりどりの花へ、色とりどりの昆虫が蜜を求めて集まる。
子供の頃から見てきたこの景色は、私の心の拠り所となり、私の故郷として心に刻み込まれていた。
初恋を告白したのも、この丘の上、沈みゆく夕陽と共に彼女に思いを告げた。親友と身内だけで祝った結婚式もこの丘の上だった。みんなでシートを敷いて、ピクニック気分で僕たちの新たな門出を祝って貰ったのだ。
子供たちもこの丘の上で育った。夏はグラススキーやグラスソリ、冬はスキーにスノボ、もちろんソリもした。
大きく育っていった子供たちは、一人巣立ち、二人巣立ちと、四人の子供たちは皆別の街へと自分たちの人生を築きに行ってしまった。
私と妻はこの残り物の丘の傍で、残された余生を過ごすだけとなった。
私は幸せだった。満ち足りていたと言っても良い。苦労もあった、だが、そんな苦労も今となっては良い思い出である。
私は父親として、その役割を上手く出来ていなかったかも知れない。だが、家族に受け入れられ、感謝された。それが表向きの言葉だったとしても、私には神の言葉よりもありがたい言葉だった。
私は、間もなくあの丘の向こうへ旅立つことになる。
神がそろそろお迎えに来る頃だからである。
私は、ベッドに横たわりながら、この美しい景色を窓から眺めて、最後の最後、目に焼き付けようとした。
しかし、そこには美しい丘はなかった。色とりどりの家が建ち並び、車のクラクションが鳴り響き、パトカーやアンビュランスのサイレンがひっきりなしに鳴り響いていた。
私はベッドサイドに座っている妻に、声を掛けた。
「故郷に帰りたいな。」
「あなたの故郷はここですよ。」
妻はそう言って、私の手をそっと握ってくれた。




