第卌肆話 「浄化された月の光に凍る閃光」
私はあの三人から距離を置いた。俗に言う別居だ。
旦那は仕事ばかりの仕事人間。息子たち二人も旦那を助けると言って従順に従っている。
私は、その息の詰まるような家庭の空気に耐えられず、家を出た。
清々したと言っても良い。
確かに、世間から見れば自慢の旦那に、自慢の息子たちだろう。なにせ、旦那は大医王とまで呼ばれる優秀な医師。そして、息子たちは旦那の下でそれぞれ看護師をしていた。一人は日の光のように暖かな昼を担当し、もう一人は月の光のように静かな夜を担当し、患者たちの世話を甲斐甲斐しくおこなっている。
過去には「優秀な息子さんたちをお持ちで、お母様の教育の賜ですね」などと歯の浮いたようなお世辞を言われることもあった。その時は誇らしく思ったものだが、今振り返ってみると、なんと面の皮が厚かったことか。顔から火を噴いてもおかしくないほどの羞恥心を覚えるのだ。
なぜなら、私の教育など有って無きが如く。殆ど旦那である父親の教育に依るところが大きいからであり、私は常に蚊帳の外だったからだ。。
ある日、旦那は十二の大願を打ち立てた。
これは衆生の苦しみをすべて救おうという願いである。その願いは病気や障害に留まらず、貧困にまで及び、この十二の大願を成就しなければ、衆生の病だけでなく、社会の病を治癒出来ないと考えたからだ。
私が別居を決意したのはその頃である。もう勝手にすれば良いという思いもあったし、衆生を救うのであれば、私も文句は無かったからである。ただ、一緒にいることは出来なかった。私などいてもいなくても同じだったからだ。飯炊き女に成り下がるのも癪に障るので、飛び出してきたという訳だ。
だが、もっとも耐えられなかったのは息子たちの視線だった。
あの子たちは私を蔑んだ目で見ていた。何も出来ない女としてしか見ていなかったのかも知れない。それもそのはず、二人とも優秀な息子たちだ。家事はもちろん私なんかよりもそつなく熟し、なにをしても優秀だったからだ。
私は、日光のように焼き付けくような視線と、月光のように凍り付くような視線に、日々怯えていたのである。
旦那は、そんな私のことなど見て見ぬフリをしていた。
あの三人は衆生の病、社会の病を治すことに長けていたようだが、結局私の心の病を治してはくれなかった。
旦那は如来となり、子供たちも菩薩となったにもかかわらずである。




