第卅捌話 「遠い空からの階段」
私はずっと階段を登り続けている。どこまで続くかも分からない。
まるで天空に届きそうなほど、長い、長い、とても長い階段を登り続けている。
だが、これは本当に階段なのだろうか。
階段とは、本来高低差のある場所へ移動するための通路である。
これだけ階段を登れば、下界を見下ろし、素晴らしい景色を眼下にできる筈だ。
その素晴らしい景色を眺め、茶の一杯でも嗜めば、さぞ気分が良いだろう。
本来ならば。
しかし、私が登っているこの階段らしきものは、いっこうに登ったという実感を私に与えてはくれない。むしろ、疲労や苦痛を感じ、怠惰を欲しただけだった。
私は片足を上げ、平らな踏面にその足を置き、別の足を持ち上げる。
それを数え切れないほど、飽きるほど、繰り返してきた。
そういえば、私はいつからこの階段を、階段だと思って登っているのだろうか。
ふと、そんなことが頭を過ぎる。
気付いたら登っていたのだが、では、いつ気付いたのだろうか。
もう、遠い昔のことだ。忘れてしまっても致し方ないだろう。
私が還暦を迎えた時だったか?
いや、もっと前、子供が成人した時だったか?
いやいや、もっと前、自分が成人した時だったか?
いやいやいや、もっと前、私が学校に上がった時には既に登っていた気がする。
階段を登るとは、人生をゆっくりと楽しむことである。なんて美辞麗句で誤魔化すつもりはないが、私は人生の大半を〔登段〕に費やしてきた。いや、もしかしたら〔降段〕していたのかも知れない。
いずれにしても、私は登り続けなければならない。そう信じて足を上げてきた。
このいつ終わるとも分からない人生を費やさなければならないこの階段を。
私は階段の先を望んだ。そこには大空とも大地とも区別の付かない空間が広がっていた。そして、この階段のようなものを登るのに、人生を費やすだけの価値はあったのだろうか。費やした分の価値を私は得ることが出来たのだろうか。そう私は考えてしまった。
私は足元を改めて見る。そこには、確かに踏面があった。
しかし、階段と勘違いしていたそれは、踏面であって、踏面ではなかった
どういうことか、私にも分からない。
しかし、そこには私が踏み台にしてきた人々の顔が浮かんでいたのだから。




