表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
遊頁譚  作者: 劉白雨


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

40/55

第卅捌話 「遠い空からの階段」


 私はずっと階段を登り続けている。どこまで続くかも分からない。

 まるで天空に届きそうなほど、長い、長い、とても長い階段を登り続けている。

 だが、これは本当に階段なのだろうか。

 階段とは、本来高低差のある場所へ移動するための通路である。

 これだけ階段を登れば、下界を見下ろし、素晴らしい景色を眼下にできる筈だ。

 その素晴らしい景色を眺め、茶の一杯でも嗜めば、さぞ気分が良いだろう。

 本来ならば。


 しかし、私が登っているこの階段らしきものは、いっこうに登ったという実感を私に与えてはくれない。むしろ、疲労や苦痛を感じ、怠惰を欲しただけだった。

 私は片足を上げ、平らな踏面ふみづらにその足を置き、別の足を持ち上げる。

 それを数え切れないほど、飽きるほど、繰り返してきた。


 そういえば、私はいつからこの階段を、階段だと思って登っているのだろうか。

 ふと、そんなことが頭を過ぎる。

 気付いたら登っていたのだが、では、いつ気付いたのだろうか。

 もう、遠い昔のことだ。忘れてしまっても致し方ないだろう。

 私が還暦を迎えた時だったか?

 いや、もっと前、子供が成人した時だったか?

 いやいや、もっと前、自分が成人した時だったか?

 いやいやいや、もっと前、私が学校に上がった時には既に登っていた気がする。

 

 階段を登るとは、人生をゆっくりと楽しむことである。なんて美辞麗句で誤魔化すつもりはないが、私は人生の大半を〔登段〕に費やしてきた。いや、もしかしたら〔降段〕していたのかも知れない。

 いずれにしても、私は登り続けなければならない。そう信じて足を上げてきた。

 このいつ終わるとも分からない人生を費やさなければならないこの階段を。


 私は階段の先を望んだ。そこには大空とも大地とも区別の付かない空間が広がっていた。そして、この階段のようなものを登るのに、人生を費やすだけの価値はあったのだろうか。費やした分の価値を私は得ることが出来たのだろうか。そう私は考えてしまった。


 私は足元を改めて見る。そこには、確かに踏面があった。

 しかし、階段と勘違いしていたそれは、踏面であって、踏面ではなかった

 どういうことか、私にも分からない。

 しかし、そこには私が踏み台にしてきた人々の顔が浮かんでいたのだから。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ