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遊頁譚  作者: 劉白雨


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第卅参話 「私とあたし」


 私はこの街が好きだ。なぜならこの街は私を私でいさせてくれるからだ。感情という余分なものを削ぎ落としてきた私にとって、この街は住み心地が良かった。私という自我が私というこの枠の中にきちんと収まっているからである。


 あたしはこの街が大好き。理由なんかない。だって好きなものは好きだから。あえて言うなら、この街はあたしを受け入れてくれるから。あたしというものが、あたしであり続けるために必要なものが、全部揃っている、そんな気がするからだ。


 今日は雨が降っている。私は出勤のために傘を差してバス停に並ぶ。誰も私が誰であるかなど咎めるものはいない。私が私でいれば良いのだ。雨で流されることもなく、私の自我は私の中に留まり続けているのだから。


 今日は雨。あたしは傘を差してバス停に並ぶ。会社に行くのは面倒くさい。でも、いかなければならない。朝から憂鬱な気分だ。あたしっていつもそう。なんで、天気一つで一喜一憂してるんだろう。ホント、朝から嫌な気分。


 部下がミスを犯した。取引先に大きな迷惑を掛けた。私は部下を叱りつつも、先方への謝罪も滞りなくおこなった。幸い、先方の損失は最小限で済み、補填をすることで許しを貰った。部下は意気消沈をしていたが、私は、それも学びであることを諭し、次に活かすよう教えた。


 部下がミスをした。あたしたちにとっては、とっても大事な取引先。あたしは思わず感情的になり、部下を叱り倒してしまった。先方の印象も悪く、取引取り止めまで打診されてしまった。あたしは、上の者を連れて先方に誠心誠意謝罪した。先方の損失は小さくはなかったが、その補填もあたしたちが請け負うことで、事なきを得た。


 月が綺麗な夜だ。そのいつもより大きく見える月を眺め、私はいつになく感情が高ぶった。だが、よく考えろ、単に38万㎞のうちの数千㎞が前後しているだけだし、ビルとの相対位置で単に大きく、美しく見えているだけなのだ。目の錯覚と言っても良い。私は湧き上がる感情を押し殺し、すべてを論理的に考えようとした。


 月が綺麗な夜、いつもより大きく見えるその月を眺めても、あたしの感情は湧き上がってこなかった。美しい?大きい?そんな感情すらも湧いては来ないのだ。いつものあたしならそんな感情に心が躍るはずなのに。きっとストレスね。あたしはそう結論づけた。


 今日もこの街でこの二つの感情は相容れることなく、それぞれが、それぞれの日常を送るのだった。



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