それぞれのスタンピード防衛戦 5
私はノアにフェンリルの爪と魔石をマジックバッグに収納してもらい、白竜と共に砦へと戻った。
砦では、砦に併設された訓練場一杯に子フェンリルが横たわって気持ちよさそうに寝入っていた。その周囲を軍人さん達が未だスタンピードの後処理で忙しそうに立ちまわっている。
私達は白竜に乗って子フェンリルのすぐそばに降り立つと、白竜の着地の振動で目を覚ました子フェンリルに近づいて行った。
えーと、フェンリルの願いは自分の魔石を子フェンリルの元へ運ぶ事だったよね。
「白竜!魔石を子フェンリルの前に出せばいいの?」
『いかにも』
白竜のOKが出たので、ノアにお願いして私は子フェンリルの前にフェンリルの魔石を置いた。
「ああっ?!」
そうしたらなんと。
子フェンリルはバリバリとフェンリルの魔石を噛み砕き、食べ始めてしまったではないか。
「子フェンリル止めて!それはフェンリルの魔石なのに!」
「カノン、危ない。近づかないで」
バキンバキンと強い顎で子フェンリルはフェンリルの魔石を噛み砕き、次々と飲み込んでいく。
「ああ・・・!」
魔石の欠片が四方八方に飛び散るので、私達も軍人さん達もだいぶ子フェンリルから距離を取って、子フェンリルが魔石を食べる様を眺めることしかできなかった。
子フェンリルは物の数分でフェンリルの魔石を全て食べてしまった。
「なんてこと・・・」
『いや、これで良いのだ』
私達人間が呆然としていると、魔石の欠片を激しく浴びながらも平然と子フェンリルの隣に座っていた白竜がこれで良いという。
「どういうこ、と・・・」
最初は目の錯覚かと思った。
「うん?」
私は目を擦ってからもう一度白竜の隣にお座りしている子フェンリルを見る。ノアも、周りの軍人さん達も訝しむように子フェンリルを注視している。
私達が見ている先の子フェンリルが徐々にその体を大きくしているように見えるのだ。見えるのではなく、確実に大きくなっている。そして大きくなるたびに子フェンリルが体の全身から白い光を放ち始めた。
「ま、眩しい!」
両目を手で抑えても私の掌まで突き破って来るほどの光の強さだ。
「カノン」
ノアが私の前に立ってくれたので少し光が和らぎ、私はホッと息をついた。
・・・こんな目には何回もあってるなー。
アストン王国王都ラーテにもこんな感じで、眩しくて私が直視できない人がいるなー。
『新しき獣の王の誕生だ』
そして白竜が、厳かに獣の王の誕生を告げたのだった。
そっかー・・・。この子フェンリルが。
てっきり白竜が獣の王だと思っていたんだけど違ったようだ。
「・・・ノア、子フェンリルは獣の王になったんだって。白竜がそう言ってるよ」
「獣の、王ですか・・・?この、フェンリル?が・・・?」
「え・・・、こいつが?」
「こんな丸っこいのが?」
「獣の・・・王?」
白竜の言葉をノアに伝えたんだけど、なんかノアを含めて周囲の反応がおかしい。
ちょっと子フェンリルの変化を確かめようとノアの背中からひょいと顔を出すと、途端に目を焼かれてしまう。私が再び目を押さえて悶絶していると、ノアが私にデススパイダーのレースを頭からすっぽりと被せてくれた。これの事すっかり忘れてた。
私は再び恐る恐る、ノアの背中から顔を出して子フェンリルの様子を窺った。
「か・・・可愛いね・・・」
果たしてそこには。
体高30メートルの白竜と大差ないサイズの、サモエド犬のようなモッコモコのフェンリルが尻尾をフリフリお座りしていたのだった。
西の砦は1週間ほどの滞在でお暇する事となった。
衝動的に身体欠損を回復させてしまったり、フェンリルが天に還ったり、子フェンリルが獣の王になったり。本当に西方辺境の砦では色んな事があった。
フェンリルについては、フェンリルの命が子フェンリルに引き継がれて巡っていくのだから悲しむなと白竜に言われた。
子フェンリルがフェンリルの魔石を食べたのは、命の息吹の器を完成させるための行為で高位魔獣が代替わりする際は必ず行われる行為なのだという。
フェンリルは子フェンリルの前で天に還れば話は簡単だったんだけど、フェンリルは私を泣かせたくなくて、自分の住処でひっそりと天に還ったのだ。こんな気遣いは非常に人間臭いんだけど、タエさんとの暮らしのせいで人の心の機微が分かるようになったのだろうか。
そして、フェンリルは高位魔獣から霊獣にランクアップできる程に長く生きてきたのだそうだけど、命の息吹の輪の中に戻る事を決めて天に還ったのだという白竜の説明だった。
きっとフェンリルは命の息吹の輪の中にタエさんを探しに行ったんだろうなと思う。フェンリルの望んだ事なんだから、白竜の言う通りもう悲しんじゃいけない。
獣の王となったフェンリルは、住処を西方の砦の敷地内と定めたようで全く森に帰ろうとしない。
そして軍人さん達の中で何人か簡単な意思の疎通がフェンリルと取れる人が出て来たらしく、フェンリルは軍人さん達に大成長を遂げた後も変わらずにマスコット的に可愛がられている。
軍人さん達との関係も良好だし、新たな獣の王は名実ともにクノーテ共和国の守護獣となっていくんだろうな。
アストン王国とクノーテ共和国を定期的に何度も襲ってきたスタンピードは、人の手によって引き起こされた人災であったと今回の事で確定した。
アストン王国とクノーテ共和国は連合軍を編成し、交渉に応じないスタンレー王国に宣戦布告を行った。それは夏の最中の事だった。
この戦争はクノーテ共和国が本格的に冬を迎える前、遅くとも10月を目途に決着をつけなくてはならない。
今はアストン王国、クノーテ共和国それぞれにビアンカ様とヴィゴ閣下が司令官として立ち、固く封鎖されているスタンレー王国の国境門を攻めている。しかし、物魔両方のダメージを完璧に防ぐスタンレーの聖女の結界に、ビアンカ様もヴィゴ閣下も攻めあぐねているという現状だ。けれどもプレッシャーをスタンレーに与え続ける為にも昼夜スタンレーへの攻撃は続けられている。
そしてそんな動きの最中、私はノアとセイラン号に2人乗りして、のんびりとアストン王国とスタンレー王国の国境が交わる地点を移動していた。
「私ね、意外だった」
「何がですか?」
ノアの顔を見ようとノアの胸に深く背中を預けて、ノアを見上げると、ノアは私を見下ろしてくれていて、私の額にキスを1つ落とす。見上げたままニコッと笑えば、ノアは目を細めて私に微笑み返してくれる。その目には私へ対しての揺るぎない愛情がありありと浮かんでいる。
私が何を言おうがしようが、ノアは絶対に私の傍に居てくれる。
こんな圧倒的な安心感、知ってしまったら二度と手放せないじゃないか。
「私がスタンレーに行く事、ノアは反対するんじゃないかなって思ってたんだよ」
ノアは笑顔のまま私の両脇に手を差し込んで、軽々と私の体の向きを反転させる。私は向かい合わせでノアの膝の上に座る形に。ノアは細マッチョのモデル体型なんだけど、さすがは勇者で力は滅茶苦茶ある。私を5,6人位はまとめて持ち上げられそうな感じなので、私も安心してノアに身を預ける。
ノアはセイラン号の手綱を手放しして、両手でギュウと私を抱きしめた。さすがは勇者の体幹。
セイラン号は相変わらずお利口さんで、手綱の指示がなくても道に沿って真っ直ぐ前進してくれている。セイラン号の尻尾は軽い足取りに合わせてご機嫌に揺れている。
ここしばらくずっと白竜便を使っていたので、セイラン号に乗るのはとっても久しぶりだった。セイラン号の喜びの感情がストレートにこちらに伝わって来て、あまり乗れなかったのゴメンねと思いながらもセイラン号の可愛さと健気さに、こんな時なんだけどホンワカしてしまう。
そしてノアは向かい合わせに私を抱っこすると、私にチュッとキスをした。
まあね。これ位はね。さすがに私も照れずに受け入れられるようになりましたよ。
それからノアは目を弓なりにして、至近距離で更に甘く私に微笑んだ。
これ・・・、位、は・・・。
ダメだわ。相変わらずノアがカッコ良すぎて、未だにノアが私に蕩けるように微笑むと赤面してしまうなー!顔を赤くする私にノアはフフと小さく笑う。
「カノン。私は、あなたの心も守ると決めたのです。あなたが心身ともに健やかに過ごせるように、私達が何物にも脅かされず穏やかに暮らしていけるように。全ての元凶を消し去り、ケリをつけてきましょう」
・・・これはもう、私はノアに一生恋し続けるコース確定でしょう。
私の恋人、この世界で一番カッコいいんだがー。
「ありがとう、ノア。もうね、可哀想な聖女がこれ以上増えないで欲しいし、私の大切な人達にも泣いて欲しくない」
「そうですね」
今回の聖女召喚からのスタンピードでミンミとアリスが泣いた。クノーテ共和国の西方辺境で、軍人さん達が沢山傷ついた。フェンリルは命をかけて次代の獣の王を守った。
スタンレー王国の所為で人も獣も、天寿を全うすることなく奪われる命が沢山あった。
もうみんなにこれ以上、悲しい思いをして欲しくない。
「ノア、付いて来てくれてありがとう。大好きだよ」
「カノン、愛しています。あなたと一緒なら何処へなりとも」
そんな私とノアを乗せて、セイラン号はのんびりと歩を進め、やがてピタリと止まった。
セイラン号の前には道がさらに続いているけど、薄灰色の煙が蠢くように表面を覆っている半透明の壁が立ちはだかっている。
「セイラン号、大丈夫だよ。私に触れていれば多分、みんな問題なく通れるはず」
「セイラン号、進め」
ノアが軽く踵でセイラン号に指示を出すと、セイラン号はブルルと嘶いてから軽い足取りで薄灰色の壁に向かっていった。セイラン号は可愛いし、とっても勇敢なのだ。
そしてとうとうセイラン号は私達を乗せて、薄灰色の壁の内側へと進んだ。
私とノア、そしてセイラン号はスタンレー王国への侵入を果たした。
これにてクノーテ共和国編は終了となります。
次は最終章です。よろしければ最後までお付き合いください。




