どの世界にも話が通じない奴は居る 3
白竜便で私とノアはクノーテ共和国西方辺境の砦へと飛んだ。
暦で言えば今は2月を過ぎた所。
エスティナでは春真っ盛りだけど、北国のクノーテ共和国北西に位置する辺境の砦はまだまだ真冬の寒さの中だった。なんなら冬の寒さが一番厳しくなる時期なのだそう。
白竜が砦に横付けしてくれたので、私はノアに抱き上げられて砦の屋上に降り立ったんだけど、白竜の守護結界の外に出た途端に冷気が顔に突き刺さった。私とノアは慌てて砦の中に飛び込んだのだった。
西方辺境の砦には、昨年怪我の後遺症を全回復した共和国の英雄ヴィゴ閣下と、ダレンさん以下、頼もしい軍人の皆さんが昨年よりも増員されて詰めている。
しかし厳寒の2月に起こる可能性のあるスタンピードにヴィゴ閣下は険しい表情をしていた。
「この寒さでは火器の応戦しか出来ないだろうな。やはり剣や斧を使った攻撃の方が銃火器よりも殺傷力が高いのだが。せめてあと一月遅かったらな・・・。とにかく、2年前と同等の人員だけは揃えられている。そして今回はフェンリルも防衛に力を貸してくれると言う。しかし我々は直接フェンリルと意思疎通を図る事が出来ない。あまりフェンリルには期待をしないでおこう。人間の都合の良いように動いてくれるとは限らんからな」
クノーテ共和国軍が持っている銃火器は元の世界で言うとライフル銃のような物で、対人戦ならともかく、大型個体の獣達を倒すには非常に時間がかかってしまうのだ。でも、真冬の屋外での肉弾戦は、即命の危機だもんね・・・。
「親フェンリルにはもう一度お願いしておきますね。それにエスティナが一段落したらすぐに白竜に乗ってノアとビアンカ様を連れてきます」
「それは心強い。だが、無理はしないでいい。まずは自分達が大切に思う者達を守れ」
「エスティナはもちろん大事ですけど、私はこの砦の皆さんにも無事で居て欲しいです。それに絶対ビアンカ様もヴィゴ閣下に力を貸してくれます」
「・・・ありがたい。持つべきものは友だな」
ヴィゴ閣下がフッと目元を緩める。
ビアンカ様にはまだお願いしてないけどさー。ビアンカ様はヴィゴ閣下を助けるために絶対に私達と一緒に来てくれると確信している。ビアンカ様もヴィゴ閣下と同じように、持つべきものは飲み友だと思ってるはずだからね。
それからサージェ先生の助言の通りにヴィゴ閣下と更に打ち合わせを詰めていく。エスティナから遥か遠方のヴィゴ閣下に半日で会いに行けるんだから、本当に白竜には大感謝だよ。
ヴィゴ閣下との打ち合わせが済み、さあ帰ろうかという時。窓の外を白い影が過ぎ去った。
外を覗いてみると、西方の砦ではフェンリルの子が相変わらず軍人さん達の周りをウロチョロしていた。
北国育ちの皆さんと南国に慣れ切ってしまった私では体感温度が違うんだなあ。
私は外での活動は今無理だけど、屋外作業をしている軍人さん達の周りを子フェンリルが嬉しそうに走り回っている。けれどその子フェンリルの大きさが、以前の3倍位になっていた。親フェンリルの半分まではいかないけど、お座りしたら頭頂が砦の3階位までは到達するのだという。
お、大きくなったなあ。でも全然中身は甘えたな赤ちゃんフェンリルのまんまで、軍人のお姉様方の前ではへそ天でナデナデを要求していた。体が大きくなりすぎてお姉さま方も横っ腹しか撫でられてないけど、子フェンリルは非常に満足そうだった。
フェンリルは我が子を鍛えてやるとか言ってたけどね。当のフェンリルも大森林の住処ではなくて砦の近くに今は寝起きしているらしい。防護壁の砦側で座ったり寝そべったりして子フェンリルを眺め、たまにじゃれつく子フェンリルの毛繕いをしてやっているという。・・・訓練は?
まあこの子フェンリルの状態では戦うのはまだまだ難しそうなので、スタンピードが始まったら砦近辺まで下がってもらうしかないかな?
スタンピードを前線で押し留めるのはフェンリルの力に係る所が大きくなってしまうけど、私達が応援に駆け付けるまでは何とか頑張って欲しい。細身のフェンリルは、ドシーンと構えて鉄壁の守りを展開する白竜に比べるとどうしても守りに穴が空くような気がするんだよね。
当のフェンリルは『やれるだけやってみよう』と泰然としているけど。まあ出たとこ勝負な所は多々ある。大型個体がどれ位くるのかも分からないし、状況に合わせて対応を変えるしかないね。
私とノアは一晩だけ砦のお世話になり、また翌日急いでエスティナに戻った。
クノーテ共和国への情報共有と打ち合わせも済み、エスティナに戻った私とノアは白竜に乗って毎日スタンレー王国を上空から観測し続けていた。
私は高所恐怖症気味だったのだけど、穢れを視認できるのが私とビアンカ様しかいないのだから、ここはもう死ぬ気で根性を見せるしかないのだ。
白竜の背中のポケットに収まっていては地上を見下ろせないので、へっぴり腰でポケットから抜け出し、白竜の首に手を置いて首と背中の付け根辺りに立っているノアの腰にどうにかしがみ付いて私は下界を見下ろした。
上空から見たスタンレーはドーム型の巨大な黒いもやに覆われていて、国内の様子が全く見えなかった。
「ほう、これはなかなか。一目見て諸悪の根源だと分かるほどの禍々しさではないか」
ビアンカ様はつい先日グリーバレーから騎士団を率いてエスティナへと駆け付けてくれた。
エスティナではいよいよスタンピードへの警戒と緊張が高まっている。
そして私と同じく魔眼を持つビアンカ様は、本日私とノアの上空視察に同行してくれている。動きやすい騎士団服にブーツと言った出で立ちで、危なげなく白竜の翼の付け根の突起に足を掛けて立つビアンカ様は、腰砕けの私のワンピースの背中をむんずとわし掴んでくれている。お世話になります。
白竜が防護結界を張ってくれているから、万が一白竜の背中から転げ落ちても目に見えない結界が私達をキャッチしてくれるらしいけど、試したくはないなー。
スタンレーの聖女の結界、大きな半円の形をした穢れがスタンレー王国を覆いウゴウゴと蠢き続けている。聖女が張った清らかな結界とは到底言えない感じ。しかも、表面がね。フツフツと沸き立つように表面が泡立っては弾けて、その飛沫はスタンレー王国の周囲へとどんどんと黒い霧のように立ち籠めて行っている。
「ノア、新しい聖女はいつ結界に魔力を込めると思う?」
「・・・先代の聖女様は聖女降臨の祝いの儀の後に御幸行列を行い、行列の終着点の東の塔で結界に魔力を注いだのです。もういつ魔力が結界に込められてもおかしくはないと思いますが」
『弾けるぞ』
「えっ」
白竜の突然の予告だった。
今私達は丁度スタンレーの真上を飛行している。私からはスタンレーの様子は全く見えないけど、スタンレー王国からしたら上空を飛行する白竜は良く見えることだろう。
そして白竜は穢れの黒いドームと化している聖女の結界の中心、半円の最高地点を丁度飛んでいた。
「は、弾けます!」
「何だと!」
動揺しすぎて白竜の言葉をオウム返しする事で精一杯だった。
その直後、白竜の予告通りに穢れのドームはまるでシャボン玉のように弾けた。そして弾けたように見えた穢れは体積を数倍にも増して、スタンレーを起点に全方位へと爆発的に広がり出した。
「消えろ!」
白竜が穢れに呑み込まれる前に、白竜を取り込もうとする穢れの消滅を強く願った。
「白竜!真上に飛んで!全速りょもがあ!」
叫んでいる途中でビアンカ様が私の口におやきを突っ込んできた。ルティーナさんのおやき美味しい!
『相分かった』
白竜はほぼ垂直に空を上昇していく。
一度払われて、再び白竜を捕らえようと天井に蓋をしようとしている穢れを突き破って、白竜は穢れの渦から勢いよく抜け出した。
白竜がホバリングをし始めたので、私はノアとビアンカ様にくっ付きながら恐る恐る下界を覗くと、真っ黒いドームだったスタンレーの聖女の結界は、グレーの不透明のもやの結界に変わり、うっすらとスタンレー国内が見えるようになっていた。
そのスタンレーを中心として、黒い穢れはサーッと地表を舐めるように大森林を放射状に広がって行く。
『あの穢れを獣達が取り込み、やがて心を無くして死ぬまで暴れ続けることになる』
「・・・ビアンカ様。あの弾けた穢れを獣達が取り込んで、凶暴化するんだそうです」
「やはりそうなのだな」
白竜の話をビアンカ様にすると、ビアンカ様はひたと大森林を覆っていく穢れを注視していた。
ビアンカ様の視線を辿れば、大森林の木々の合間を縫うように大鹿の親子が走っている。まるで穢れから逃げようとしているかのようだった。その大鹿の親子は、やがて穢れの波に追いつかれた。大鹿の子の方は動きが止まったのか木々に遮られて見えなくなった。大鹿の親が木々の陰から再び姿を現した時、その姿は先ほどとは様子が全く違っていた。
体表を真っ黒に塗りつぶされた大鹿は狂ったように鳴き声を上げながら大森林の奥へと走っていった。あんなに庇うようにしていた小鹿の事はまるでもう頭にないようだった。そして大鹿は、最初目撃した時より明らかに体が大きく膨れ上がっていた。
「遠目に見た限りだが、ほぼ倍の大きさに膨れ上がったな。美しい大鹿の親子だったが、惨い事だ」
「穢れに呑み込まれた瞬間だったのですか?私の目には突如大鹿が2倍ほどの大きさになったように見えました」
スタンピードが起こるたびに被害が大きくなる原因がこれだった。
穢れに侵された獣達は理性を無くし、その体を大きく肥大させる。その瞬間を私達はとうとう目撃してしまった。長く穢れを取り込み続ければ、その獣はどんどんと巨大化していくのだ。
「これが共和国の西方基地近辺でも今起こっているだろう。まるで風に乗るかのように軽く、勢いよく、穢れは広がっていってしまった」
「はい」
こうなる事を止める事が出来なかった。
でも私達はその時の最善を選んで、出来る限りの事をしてきた。
「カノン、起きてしまった事は仕方がない。まずは我が身に降りかかる火の粉を払わねばな」
「はい!白竜、フェンリルに伝えて!スタンピードがもうすぐ始まるって!」
私のお願いを受けて、ホバリングを続けていた白竜がスタンレーの真上で大きな咆哮を上げた。白竜とフェンリルの間も私と白竜と同じように思念的な物を飛ばしてやり取りしているみたいんなんだけど、今の咆哮は白竜の気合の表れでもあるんだろう。
『我が娘。白狼は承知した』
「良かった。まずは自分の領地を優先に守ろう。それで一段落したらすぐに砦の応援に行くよ!」
『相分かった。幾度も穢れを浴びて、とうとうジガ山脈に巣くう飛竜の年寄り共も動き出しそうだぞ』
・・・飛竜の年寄りって、長く生きた竜って事だよね。陸からも空からも獣達が押し寄せて来るのか。
「飛竜は白竜にお願いしても良い?」
『構わん。自我を失った命は、悉く天に還してやろう。我が娘の住処には決して近づけさせぬ』
「飛竜も来るか。エスティナより先には絶対に抜かせん。私の魔法で悉く撃ち落としてくれるわ。よし、白竜!エスティナに戻るぞ!」
ビアンカ様が白竜の首元をパン!と叩くと、白竜は一声吼えてエスティナに向かって飛び始めた。
ノアといいビアンカ様といい、白竜と何となくコミュニケーションが取れている不思議。
白竜も基本大らかだからなあ。人とは関わらないと言っていた白竜は想定外に気さくで、私以外の人間のお願いもこうして聞いてくれちゃったりする。
ほんとにありがたいなあ。私も白竜にいつかお返しが出来ると良いんだけど。
それから私達はエスティナに戻り、段取り通りスタンピードの対応にあたる事となったのだった。




