どの世界にも話が通じない奴は居る 2
ひとまず打ち合わせは終了となり、ビクトルさんはすぐにグリーンバレーを目指してエスティナを発った。
私とノア、グイードとラッシュはルティーナさんの宿に戻る。宿ではミンミが留守番をしているのだ。
私とノアはグイードに案内されて、グイードとミンミの部屋へと入った。グイード達の部屋ではミンミがベッドの上で上体を起こして、クッションに持たれながら縫い物をしていた。
「ミンミ、お前はまた・・・。今のうちにのんびりしておけよ」
「あはは、ついねー。でも、貰い物も沢山あるけど、自分の手でも作りたかったの」
グイードはミンミのいるベッドに近づくと、屈んでミンミのこめかみにキスをした。ミンミも穏やかな表情でそれを受け入れる。そしてグイードはミンミのお腹にそっと手を置いた。
ミンミのお腹にはグイードとの間に出来た赤ちゃんがいるのだ。
私とノアが共和国に行ったり来たりしている内に、そんな事になっていたのだった。そして更にグイードとミンミはあっさりと結婚をしていた。エスティナでは結婚をするのに届け出とか特に必要とせず、婚姻関係の事実があればOKなのだそう。家族のくくりも曖昧で、実子でなくても同居の実態があれば親子だと認められる感じ。当事者たちがそのように決めて、周囲に周知すればOKなんだって。まあ庶民に限りの話で、お貴族様ともなれば教会へと届ける事になるそうなんだけど。
グイードとミンミはお腹に赤ちゃんが居る事もあり、取り急ぎ宿のみんなに結婚する事の報告をして、宿の食堂で宴会を開いたそうだ。そういう訳でグイードとミンミは晴れて夫婦となった。
急展開過ぎてびっくりだけど、2人が幸せそうだから問題は無いね!ラッシュはビックリしてもいなかったしね。一緒になるべくしてなった2人、と言う感じなんだろう。
そしてミンミの赤ちゃんが生まれるのは秋の初め頃の予定。暑さのピークも過ぎていて赤ちゃんが生まれるのには最高の季節だと、エスティナのおばさま方は笑顔で言っていた。
ちょっとのつわりはあったけど今は安定期を過ぎて落ち着いているというミンミは、ものすごい勢いで赤ちゃんのおむつや肌着を量産している。それが、まるでお店で売っているの?って位に縫い目が奇麗なのだ。
つわりが治まって今はただ眠いだけだと言うそんなミンミは、1つグイードを悩ませている事があった。
ミンミはエスティナで赤ちゃんを産みたいと言っていたのだ。
ミンミの望みを何でも叶えてあげたいと思っているグイードも、こればっかりは了承しかねた。エスティナでは長らく出産が行われていないのでまず産婆さんすらいない。何かあった時、お医者さんもいない。危険を冒してエスティナで出産に望むよりは、グリーンバレーのベル様を頼って、グリーンバレーで出産する方が絶対に安心安全なのだ。
でもミンミはエスティナで赤ちゃんを産みたいと言って聞かなかったそうなのだ。
冒険者を続けたい。
子供と離れ離れになりたくない。
そんな思いがせめぎ合って、ミンミはどうしてもエスティナを離れられないでいた。
でも今はそれが許されない状況になってしまった。
「ミンミ」
「カノンちゃん」
私はベッドサイドの丸椅子に腰かけて、ミンミを見る。
もともと柔らかい雰囲気の明るい美人だったけど、今のミンミは内から輝くような美しさを放っている。それは新しい命を内に抱いている力強さという物なのかもしれない。
「ミンミ、せっかくエスティナに帰ったばかりなんだけど、私はまた王都に行ったり共和国に行ったりしないといけなくなったよ」
「・・・そっかあ。やっとカノンちゃんとノアが共和国から帰って来たと思ったのに。寂しいなあ」
ミンミは困ったように笑った。
「ミンミ」
私はミンミの手をそっと両手で握った。
「エスティナに多分、またスタンピードが押し寄せると思う。だからミンミはベル様の所に避難してね」
「わかってるよ、カノンちゃん」
ミンミは困った顔から泣くのを堪えるような顔になっている。
「グイードにはずっと我儘を言っていたの。エスティナでこの子を産みたいって。体力には自信があるし、つわりもそんなに重くも無かったし。このまま秋まで粘ったらここで産めちゃうかもーって思い始めてたんだけどなあ」
「ミンミ、今は赤ちゃんを無事に産む事を考えて。非戦闘員の人達と一緒にグリーンバレーに避難して。じゃないと、グイードが安心して戦えないよ」
「うん。うん・・・。わかってる」
ミンミが俯くと、涙の雫がポロリとベッドカバーの上に零れた。
「ミンミ、まずは無事に産んでからだよ。それからどこに住むかとか、仕事をどうするかとか、グイードと話し合ったらいいじゃん。少しずつ決めて行ったらいいよ」
「うん、そうだね。でもね・・・」
ミンミが顔を上げると、切れ長の黒曜石の瞳からポロポロと更に涙が溢れ落ちた。
「ノアとカノンちゃんがエスティナにやって来て、色々な事が良い方向に変わって、お爺やお婆達がみんなびっくりする位に元気になって、本当に良い事ばかりだった。だから私、夢見てしまったの。大人だけの町だったエスティナに、子供の声が響き渡る様になったらなって。私、エスティナで赤ちゃんを産んで、エスティナを長い間守り続けて来たお爺やお婆、おじさんやおばさん達に、赤ちゃんを見せてあげたかったのっ・・・」
私がベッドサイドから退くと、グイードがベッドに腰かけてミンミを抱きしめた。
「ミンミ、元気な赤ちゃんを産んでね」
ミンミの出産予定日は夏。私がミンミの傍に居てあげられたら、何があろうとバンバン治癒魔法を使ってミンミと赤ちゃんを守った。けれど、きっと出産には間に合わないなあ・・・。
「カノン、ノア。時間が無い時に悪かったな。気を付けて行ってこい」
静かに泣き続けるミンミを抱きしめたまま、グイードが私達に手をあげる。ミンミをグイードに任せて、私とノアは2人の部屋を出た。
今はとにかく、速やかに連絡を各所に回さないと。
冒険者ギルドから戻ってすぐにまた出かけようとすると、宿の出入り口ではアリスとラッシュが私達を待ってくれていた。ラッシュはまだ旅装束を解いていないし、アリスの目元は真っ赤だ。
「カノン、ノアさんも。また行っちゃうの?せっかくエスティナに戻ってきたのに。ラッシュも、やっと戻って来てくれたのに・・・」
「アリス、そんなに泣いたら目が腫れちゃうよ」
可愛い顔が台無しだよとか言おうかと思ったけど、ミンミもアリスも、泣き顔も美人で全然可愛いかった。なので私はアリスをギュッと抱きしめてから、アリスの顔に両手で触れて赤くなった目元を治癒する。
すぐさまノアが口元に差し出して来た甘い蒸しパンに齧り付くのはカッコ付かなかったけど、まあエスティナでは今更だよね。
ん?王都でも王城に行けば私の給仕専門の人が聖女の力を使う予定も無いのに脇に待機するし、共和国ではギデオンさんがいつも私の為にジャムが乗ったクッキーを結構な量で持ち歩いてくれてたな。ジャムが乗ったクッキーはこちらに戻る時にマルコ様が大量にくれたので、ノアと私のポーチにしっかりとストックしてある。
エスティナ以外でも今更だったな・・・。
「アリス、ミンミをよろしくね。一緒にグリーンバレーに行って、傍についててあげて欲しいんだ」
「カノン、カノンも一緒にグリーンバレーに行きましょうよ!だって、カノンだって戦えないのに!」
「アリス」
尚も言い募ろうとするアリスの肩にラッシュがポンと手を置いた。
口を引き結んでワナワナさせているアリスは、ゆっくりと私との抱擁を解いて今度はラッシュにしがみ付いた。そんなアリスを仕方が無いなとばかりに眉尻を下げたラッシュが抱きしめる。せっかく目の腫れを治したのに、アリスはまた泣き出してしまった。
「アリス。カノン達には役目がある。俺もエスティナで冒険者として役目を果たす。アリス、お前には姉ちゃんについてて欲しいんだ。そうしたら俺もグイードも安心して動ける。頼めるか?」
「・・・わ、わかったわ」
う、うわー、甘い!こんなに優しくて甘いラッシュの声、初めて聞いたわー。2人を見ていて顔に血が上ったのが自分でもわかる。アリスは嗚咽を漏らしながらも、ラッシュの願いに頷いた。
「お前とノアもこれ位、そこかしこでやってんじゃねーか。カノン、今更照れんなよ」
「そこかしこではやってないけど!?」
そしてアリスへの対応とは大違いで、ニヤリと笑いながらこちらの事は揶揄ってくるという、私へ対してのラッシュの態度のブレなさよ。まあアリスの事をとても大切にしているのが良く分かったので、今日の所は許してやろう。
「私とカノンは方々へ連絡が済み次第、急ぎエスティナに戻ります」
「助かる。よろしく頼むわ」
そしてアリスとラッシュにも別れを告げて、私とノアは白竜便で王都へと飛んだ。
大切な家族と共に過ごす事。
大切な恋人や友人と共に過ごす事。
そんなささやかな筈の願いが、エスティナでは叶えることがとても難しい。
思えばこの時、私の心は決まったのだと思う。
白竜の善意100%の安心便利な白竜便に乗り、私とノアは一飛びに王都ラーテにやって来た。まずはジュリアン王にスタンレーの動きを報告しなければならなかったからね。
「やってくれたなスタンレーめ!随分と我がアストン王国をコケにしてくれるではないか!!」
「眩しい!!」
ジュリアン王から初っ端に真っ白い光の目潰しを食らった私を、すかさずノアが背中に庇ってくれる。
人の王と白竜が認めるジュリアン王の発光は通常時も直視できない位に眩しいんだけど、発光の強弱は感情に左右される事が多いように思う。ジュリアン王がご立腹の今は、もう瞼を閉じても視界を焼かれる感じで無理。ビアンカ様からの直伝の薄目での対応でも無理。
王よ落ち着け、とジュリアン王の隣にいるオーガスト様は余裕でいらっしゃるけどさ。オーガスト様は魔眼で相手の魔力や生命力と言った物を見られるので、感情の揺らぎも手に取るように分かるらしい。私は光の強弱しか分からないので怒ってるんだか笑ってるんだかさっぱり分からないんだよね。やっぱり私の聖女の力というか魔法の力全般って、繊細さが無いと思う。
今日は謁見の間ではなく、ジュリアン王の私室に近い応接室に通されていて、メンバーはジュリアン王、オーガスト様、サージェ先生、私とノアの5人。スタンレーの動向についての報告はノアが非常に分かりやすく簡潔にしてくれた。
スタンレー王国には昨年の夏ごろに一度アストン王国から書簡を送っている。さらに今年になって、共和国からも聖女の結界についての質問状を送っている。共和国からはアストン王国と友好条約を結んだこと、今後のスタンレーの対応によっては両国が連携を取り動く事も合わせてスタンレー王国への親書として送っている。
しかし、スタンレーからはやはりなんの返答も無かった。
その上での今回の聖女召喚である。
「スタンレーはここまで話が通じねえか・・・」
応接室の長椅子で、私はノアとサージェ先生挟まれている。何となく手持ち無沙汰なのか、サージェ先生が私の頭を揉んでいるのは無意識のようだ。まあいいんだけども。
そして先ほどジュリアン王から目潰しを食らった私は、今は淑女のように黒いレースのベールを頭からすっぽり被っている。これは大森林に生息するデススパイダーの糸で織られたレースで魔防効果が激高い一品なのだそう。
これ、ジュリアン王が自分との謁見用に私に作ってくれた特注品なのである。ジュリアン王と話をする時に、何かあればノアの背中に隠れる私を見かねての事かな。
デススパイダーの糸は光を反射しない漆黒。非常に丈夫で粘着力も高く、森の中ではデススパイダーの糸はステルス効果も高い。5メートル級のニードルボアとかは軽くデススパイダーの糸に絡め捕られてしまうらしい。ニードルボアは討伐難易度Sランク以上じゃなかったっけ?それを捕食するデススパイダーは何ランクになるの、こわ・・・。でも手触りは非常に滑らかで柔らかい。
ともかく黒いベールを被ったお陰で私はどうにか薄目でジュリアン王と対峙できているのだった。ジュリアン王の発光はどんどん強くなってる気がするなー。もうジュリアン王がどんな顔だったか思い出せないレベルで直接ジュリアン王の顔を見られてない。
そんなジュリアン王はご立腹ながらも今後の対応について話を詰めていく。
「スタンレーへの対応も考えるが、当面は目の前の危機への対処だな。サージェ、スタンピードへの備えはグリーンバレーだけで事足りるか」
「それは大丈夫だろう。全盛期の力を取り戻したビアンカも居るし、ノアも共和国への連絡が済めばすぐにエスティナに戻ってくる。何なら白竜だってカノンが居るエスティナを守るだろう。カノンもエスティナに戻るつもりだろう?」
「もちろんです!冒険者と騎士団の皆さんに支援魔法も使いますし、救護基地も作りますから!」
私とノアがエスティナに来たばかりの頃に巻き込まれたスタンピードは、ノアが一騎当千の働きを見せ、エスティナの冒険者は多少の負傷者を出しただけで終わった。
でもその時の私はと言えば、白竜に出会う前で聖女の力がまだ制限されていた事もあるけど、自分に何が出来るのかもさっぱり分かっていなくてノアに支援と回復魔法をかけるので精一杯だった様な気がする。その上あっという間に幼児退行まで起こしてお荷物極まりなかった。
そして昨年の不発に終わったスタンピードは、エスティナに押し寄せた大型魔獣を防護柵の手前で全て白竜がキュッと絞めて仕留めてくれた。私はもちろんノアもビアンカ様も出る幕が無かった。
しかし、今回起こる事が予測されるスタンピードでは、私も持てる力の全てを持ってエスティナの冒険者やグリーンバレー騎士団の支援をしようと思っている。
「うん。それならグリーンバレーだけで対処は可能だろう。むしろ戦力過多かな。エスティナについては全く心配していないが、共和国の西方基地にはフェンリルはいるがカノンとノアが居ないからな。もし劣勢の場合の応援について、アンブロシウスと事前に取り決めをしておいた方がいいだろう」
「わかりました」
サージェ先生の話にノアが頷く。
私は指示を出す立場も全体の状況判断する立場も無理なので、全体を俯瞰で見る役目は全部ノアにお任せしておく。私は私にしか出来ない事を全力でやるから!適材適所だよ。
とにもかくにも、まずは高い確率で起こるだろうスタンピードをエスティナと共和国西の砦で凌ぎ切る事だね。
ジュリアン王に報告が終わった私とノアは、白竜便に乗って王都ラーテから直接共和国の西方辺境の砦に飛んだ。




