どの世界にも話が通じない奴は居る 1
最悪の事態を想定しながらも、まだ猶予があると思っていた。
けれども思った以上に早く、危惧していた事が起こってしまった。
私の代わりとなる聖女をスタンレー王国が召喚したのだった。
その知らせが届いたのは、私とノアがクノーテ共和国からアストン王国に戻って来て僅か1週間後の事。白竜便で王都とグリーンバレーに寄り、ジュリアン王とアシュレイ様に報告を済ませ、エスティナにやっと帰って来た矢先の出来事だった。
スタンレーやってくれたなーとしばし呆然としたよね。
エスティナに戻って一息つく間もなくケネスさんからギルドにノアと揃って呼び出され、ケネスさんを訪ねるとそこには旅装束も解かないラッシュと諜報活動のリーダーをしていたグリーンバレーギルドの冒険者さんが居た。2人はエスティナに戻ってすぐに冒険者ギルドを訪れ、ケネスさんにスタンレーについての報告をしていたらしい。
そしてその2人からスタンレーの聖女召喚の報がもたらされ、しばし頭がぼーっとしてしまった私だった。
「カノン、このような事態も想定して私達は冬の間共和国で活動してきたのですから。打ち合せ通りに」
「・・・っ!そ、そうだよね!ビックリしている場合じゃない!ええと、は、白竜!」
「よーしよし、カノン。落ち着け。まずは2人から報告を聞こうぜ。それから、それぞれの段取りの確認だ。そこまで済んだら白竜を呼ぼうぜ、な?」
そう言ってケネスさんがフワフワと私の頭を撫でる。このソフトタッチも久しぶりだなあと感じ入りながら、立ち上がりかけた私は椅子に座りなおした。
エスティナ冒険者ギルドのギルマスであるケネスさんの部屋にはケネスさん、私とノア、グイ―ドとラッシュ、ラッシュの相方となっていたグリーンバレーの諜報専門の冒険者さんがテーブルについていた。
ちなみに諜報活動を専門にされている方はビクトルさんという。中肉中背で柔和に微笑む様は、端正なお顔立ちの素敵なお兄さんといった所。
そしてそのビクトルさんとラッシュからスタンレー王国の様子を詳しく聞く事となった。
ラッシュとビクトルさんはスタンレー王国にて王城への出入りの商人となり、スタンレー王国内で商売をしつつ情報収集をしていたのだという。
「何というか、スタンレーは非常に呑気というか怖いもの知らずというか、ゴルド大森林のほとりにありながら危機意識の欠片も無い国だったな」
これがビクトルさんのスタンレー王国への感想だった。
「聖女の結界への絶対的信頼の上に国民の生活があるからかもしれないが、スタンレーの国民皆がゴルド大森林の恐ろしさをすっかり忘れてしまっていると言った感じだった。すぐ目の前に大森林への入り口がある王国外周の町や村でさえもそんな有様だ。俺はスタンレーに居る間、その無防備さが恐ろしくて仕方が無かったよ」
色々と思い出したのか、ビクトルさんが何かを振り払うように頭を振っている。
・・・スタンレーってそんなんだったんだ。
私は王城にずっと監禁されていて、やっと王城の外に出たと思ったら国の外れの結界の塔に真っ直ぐに連れていかれて、スタンレーの街並みを見ることすらなかったもんな。
「ゴルド大森林に接する場所に防護柵の一切も無く町や村があるんだぜ。聖女の結界なんて目には見えないから俺も生きた心地がしなかったな。だが、確かに俺達をみて突進してきた森林狼は見えない壁にぶつかって弾かれていた。目に見えない結界が獣の侵入を防ぐ様を普段から見ていれば、森へ対する恐怖心も持ちようがないのかもなー」
ラッシュ達は王国の外れまで足を運んでスタンレーの様子を見て回っていたのだそう。
ゴルド大森林に隣接している村とか町全てに防護柵は無し。ただ、スタンレー王国の外縁に等間隔で四つの聖女の結界の塔がある。ラッシュの話によれば大型魔獣はもちろんの事、普通の野生動物に至るまで獣全般が聖女の結界に弾かれるのだと言う。通過できるのは小鳥や小動物程度。徹底的なまでに獣駆除に特化した聖女の結界なのだろうか。
そんな鉄壁の聖女の結界に守られたスタンレーで2人がスタンレーの動向に注意していると、ある日突如スタンレー王城から上空へと空砲が幾つか撃たれた。それからはスタンレーの王都も辺境の町や村までも、飲めや歌えやのお祭り騒ぎになったのだという。
その空砲は新しい聖女の降臨を国内に知らしめる祝砲だった。
「新しい聖女の誕生だと、国中が大騒ぎになっていたよ。その喜び様は子供から年寄りまでちょっと狂乱じみていて、正直俺は気味が悪かった。聖女の守りによりこれからもスタンレーは栄え、国民はその恩恵を受ける事が出来るってね。小さい子供までが聖女万歳と言って回っているんだ」
「スタンレーの連中は聖女の結界が永遠にスタンレーを守ると信じている。だから周りの国がどうなろうが知ったこっちゃねえし、何を言われようが相手をする気もない。自分達さえ安全ならそれでいいんだろうな。大型魔獣は魔法を乗せて攻撃してくる奴もいる。多分聖女の結界は物理、魔法、全ての攻撃を弾くんじゃねーのかな。だから強気でいるんだろ」
「・・・スタンレーは変わる事無く、愚かな行いを繰り返すのですね」
ラッシュ達からの報告が続く中、ノアが沈んだ声で呟くので私はギュッと隣のノアの手を握る。
「スタンレーでノアだけが聖女の私を人間として扱ってくれた。スタンレーとノアはもう無関係なんだから、スタンレーの行いにノアが落ち込んだり責任を感じたりする事なんか全然ないよ。居なくなったら新しい聖女を呼べばいいって、スタンレー全体で考えているんだって事が今回のラッシュ達の報告でよくわかったね。居なくなった私の事はとっくに忘れちゃってる感じだよね」
言ってるうちに腹が立ってきたなー。
スタンレーから飛び出した当初は、スタンレーにいつ私の事がバレて連れ戻されるかとびくびくしていたというのに。やっぱりスタンレーとっては、聖女は単なる消耗品。居なくなった聖女は探すまでもない、新しくまた召喚すれば良いと言う考えなんだ。
いや、消耗品なんだろうと最初から思ってはいたよ。でも、ここまで聖女と言う存在が物扱いなんだなあと再確認した。スタンレー王国は、聖女の役割を担う女性を異世界から拉致召喚出来れば誰でも良いんだな。
「ノア。私が召喚された時もスタンレーはお祭り騒ぎになったの?」
「・・・・いえ、国からは何の発表もなく、私も突然聖女の護衛任務の指示を受けて驚いたのです」
「・・・・・」
なんですと。
そこで初めて私が召喚された後のスタンレーの様子を聞いたんだけど、今回の聖女召喚のお祭り騒ぎとは程遠いと言うか、そもそも王国では騒ぎ自体が起きていない事が分かった。私が召喚された事を、スタンレーは国内に一切発表しなかったのだ。
私は王城に2週間以上監禁されていて、その間私の周囲は静かなものだった。召喚直後こそお披露目会的に王城でパーティみたいなものが開かれたけど、あくまでもあのロココ暴虐王子が主役だったもんな。
私の存在を知っているのは、召喚を行ったらしい聖歌隊みたいな恰好のおっさん達と、パーティで私を無視しまくった貴族達、私に塩対応の限りをしてくれた少数の侍女、メイド、衛兵のみ。スタンレー国内で言えばほんの一握りの人間だけだったようだ。
忘れられたというより、最初から私の存在がスタンレー国内では発表されていなかった模様。
それは知らんかったーと私が再び呆然とする中、ケネスさんのビクトルさんとラッシュへの聞き取りは進められていく。
「ビクトル、カノンと新しい聖女の違いは何かあるのか?」
「どうだろう。国の発表としては、美しく清らかなる聖女を王太子妃に迎えるという事だったが」
「それだ!!」
思わず大声が出て、ビクトルさんがビクウッとなった。ごめんなさい。
「私の顔はスタンレーの王子の好みじゃなかったんです、きっと!だから、私の事は正真正銘の消耗品としか見ていなかったし、扱いも適当だったんだ!でも、今度召喚された聖女は妃に迎える位に気に入ったから大事にしようって事なんだと思います!あの王子、初対面の時に私の顔を道端の野の花とか言ってくれたしね!」
「王子の好みからカノンが外れていて本当に良かったです。私にとってカノンはこの世界で一番可愛らしい存在で、誰よりも愛しく思っていますよ」
スタンレーの王子に対して思い出し怒りをする私にノアがそんな事を言うので、私の頭が爆発するかと思った。ひええ、顔あっつー。
お前ら付き合いたてでもあるまいしとかグイードが呆れているけど、毎朝ノアの顔を見て惚れ直す所から一日がスタートするんだから、ノアのカッコよさに慣れる日なんて来る気がしないな!
「野の花は自然に無くてはならない物だよ」
「俺はカノンの顔が好きだぜ。味わい深い良い顔だ」
「うん、カノンの愛嬌は抜群だ」
そしてビクトルさんとケネスさん、グイードがすかさず微妙なフォローをしてくれるので、すぐにノアにのぼせた頭が冷める。
ケネスさん、味わい深い顔って何?特に最後のグイードの愛嬌は抜群って、乙女として手放しで喜べない的なニュアンスがあるよね。愛嬌で足りない所がカバーできている的なね。つまりストレートに綺麗とか可愛いとは形容が出てこない顔なんだな。知ってたけど!でもノアが私を可愛いと言ってくれるのだからそれで良い事にする。
そしてラッシュは俯いているけど、笑いをこらえているよね。このやろ。乙女の容姿を笑う者には天罰が下るんだからな。アリスにある事ない事言いつけてやるから、後でアリスに怒られればいい。
・・・ラッシュ、帰ってすぐにこの報告をしているのでまだアリスに会えてないんだよな。早くラッシュを宿に帰してあげないとな。
話を脱線させている場合じゃなくて、とにかくエスティナの聖女召喚の話である。
スタンレーの暴虐王子は新たな聖女を自分の妃に迎える気らしい。
ほおーん。全然別にそれは良いんだけどね。
新しい聖女の事を前の聖女である私よりも大切にして、なんなら国民にもお披露目して、華々しく結婚式などして国を挙げて祝う予定なのかもしれない。まさに異世界聖女物の王道じゃないか。まあ当の聖女が喜んでいるかどうかは別だけど。
私は数週間監禁の後、何の説明も無しに結界の塔に魔力供給をさせられ、幼児退行をするほどに魔力を吸い取られたというのに。羨ましくは無いけど、この扱いの差よ。
でも私は雑草系女子だったので、食事が出るだけよしと思ってた部分も多分にあった。だって働かなくてもご飯が出てくるんだよ?行動が制限されているなーと先行きの不安を持ってはいたけど、苦学生だった私は食事が出る事だけで満足していたという悲しい事情があった。私の満足のハードルが低すぎて本当に悲しくなってくる。
きっと新しい聖女は私の数倍は豪華な食事をして、豪華なドレスを何着も貰い、大勢のメイド達に傅かれているだろうなー。当の本人が嬉しく思っているかどうかは別として。あの暴虐王子は顔だけは綺麗だったけど、性格の悪さがと冷酷さが滲み出ている嫌な顔をしていたもんな。
「・・・・カノンの召喚の際は、国内に何の発表もされませんでした。国軍に所属していた私ですら、護衛の任につくまでは何も知らされていなかったのです。なので、カノンのように国が秘密裏に召喚している聖女が他にも居たかもしれないと、今思い至りました」
私がスタンレーの量だけはあった食事を思い返していた時、ノアの発言により室内がシンと静まり返った。
ノアの指摘に私も血の気が下がる。暴虐王子の私への扱いなんて、頭から吹っ飛んだ。
「ひょっとしたら、タエさんもそうだったってこと?」
「可能性は高いかと」
ジュリアン王とアシュレイ様には共和国での活動を報告していたけど、エスティナギルドではどこまで情報共有するかはアシュレイ様にお任せしていた。
タエさんの名前で首を捻るこの部屋のメンバーに、当たり障りない範囲でノアがタエさんとフェンリルの話をしてくれた。
「カノンの召喚から新しい聖女召喚まで、期間が丸2年空きました。聖女がスタンレーに定期的に召喚されるようになっておよそ50年。今回召喚された聖女が、6代目のスタンレーの聖女となったという訳なのでしょう。そして国の聖女の肩書を持つ乙女達以外に、カノンやタエさんのように聖女の肩書を与えられずに結界に魔力供給だけさせられていた方々が居たのかもしれません。今の時点では推測でしかありませんが、もし2,3年の周期で聖女を召喚していたのならば、記録に残る聖女の他にも名もなき聖女が10人前後は居たのではないかと・・・」
「胸糞悪ぃ。もしそんな事をやっている奴がいるなら、同じ人とは思いたくねえな」
正義感の強いグイードは感情も露に険しい顔になっている。ケネスさんも不愉快そうに眉間に皺を寄せながらも、少し考えて今後の動きを決めた。
「エスティナギルドとしては、スタンレーの新たな聖女召喚に対して厳戒態勢を取る事とする。そして発生する可能性の高い次のスタンピードに向けて、非戦闘員の避難を開始する。戦える者はいつもの段取りで残ってもらう。今回は事前に予測が出来ているだけ助かるな。国家間のやり取りについては我らが領主様と国王陛下に任せる事としよう。ビクトル、正確には聖女は何日前に召喚されたんだ?」
「3日前だな。聖女召喚の発表がされた日は、俺達はちょうど王都にいたんだ。それからエスティナに戻るまでに丸2日かかったからな」
「カノンは召喚されて2週間後に王都を発ち、1週間の旅の後にゴルド大森林の目の前にある西部の結界の塔へ魔力の供給を行いました。今回の聖女は王都に近い東部の塔へ魔力供給を行うのではと思います。5代目の聖女はそうでしたから。王都から東部の塔までは馬車でゆっくり進んでも3日ほどで、王都から一番近いのです」
「うん、じゃあ事が動くとして、早くて2週間後か。ビクトル、アシュレイへの報告は頼んだ。ラッシュ、帰ったばかりで悪いが一晩休んだら防衛戦に備えて準備をしてくれ。グイードは部隊の編成を頼む」
「わかった」
「了解ー」
「任された」
ケネスさんの采配でそれぞれの動きが決まっていく。
「ノア、カノン。お前達は取り急ぎジュリアン王にスタンレーの件を報告してくれるか。後は、お前らの動きは共和国側にも絡むんだろうから、必要な動きをしてくれ。だが一段落したらエスティナに戻ってくれると助かる」
「分かりました」
「はい!」
よおーし!私も自分の役目を果たすぞ!
打ち合わせも終わり各々が動き出そうとしたところだったんだけど。
「カノン、ちょっといいか」
グイードから声が掛かった。
「時間が無いところ悪いんだが、ミンミに一声かけてやってくれないか」
「・・・もちろん!」
グイ―ドの頼みを私は快諾する。
王都行き白竜便を呼ぶ前に、ミンミと話をしないとね。
期間が開いてしまいました(>_<)
ブクマ、評価、イイね、ありがとうございます!
必ず完結させますので!




