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女性陣三人の視線が俺に集まる。
「ナールルには、お姉さんに会ったとは伝えておきます」
俺の言葉に、クーネネさんは安堵の表情を浮かべる。
「で、穢されたとか、汚れたとか言ってましたが、俺はそうは思いません。部下を守るために魔物の群れを一人で引き受けた。立派じゃないですか。俺も前衛なので、見習う必要があると思いました」
「ふっ……。そう言って貰えるのは嬉しいが、慰めは不要だ」
もしかして、花粉を浴びただけじゃないのか……。
鎧は傷ついているが、乱れは見られないが……。
◆
クーネネは、目の前に座る男の言葉に救われたような気がした。
見習う必要がある。
騎士としての心構えを立派だと言ってくれた。
それ以上に、自分の芯の部分を認めてもらう事ができた。
エルフにしては圧倒的に短い人生だったが、何かを残すことが出来た。
いつか妹とパーティーを組むことがあれば、自分の代わりに守ってあげてほしい。クーネネはそう思った。
もう思い残す事はない。ただ、命を絶つにしても、この場でという訳にはいかない。
誰にも見られる事なく、生に終わりを告げるべきだと考えている。
既に失う物なの無いクーネネは、今回自分の身に起こったことを包み隠さず伝えている。
エルダートレントの子種を全身に掛けられ、苗床として自分が生かされている事などは、未来を担う冒険者の役に立てばという思いからである。
意を決して、という表情で目の前の男が口を開く。
「あの、本当に毒を振りかけられただけなんですよね?」
毒、とは面白い表現だとクーネネは思う。
「毒、か……言えて妙だな。その通りだ。全身に、執拗に奴らに振りかけられたな」
どうせ命を絶つ身である。恥ずかしがる必要もない。
クーネネの周りを囲み、枝を揺らしながら子種を蒔いていたエルダートレントの様子を、身振り手振りを交えて三人に伝える。
「その……エルフとエルダートレントとの間に子供って生まれるんですか?」
「ふむ……そんな話は聞いたことがないな」
「そうすると、どこから苗床という言葉が出てきたのでしょうか?」
聖樹国と呼ばれるエルフの国は、聖樹と呼ばれる一本の巨大な樹木を中心に、エルフが集まって起こった国である。
聖樹の力で、国の中心に近づくにつれ魔物は弱体化するが、例外が存在する。
それがトレントなど、植物に関する魔物だ。
そのため、聖樹国では植物系の魔物の研究が盛んに行われている。
研究内容には、トレントの繁殖についてというものも当然存在する。
繁殖条件の一つとして、エルダートレントが、トレントに自らの子種を降り注ぐ。
その事を学んでいるクーネネは、自分の身に起きた出来事が、繁殖条件の一つと一致していると思っている。
その事を伝えると、男は一つ頷き、口を開く。
「で、あれば、クーネネさんは穢されても汚されてもいないですね。綺麗なままです。ただ花粉をかけられただけだと俺は判断します。初対面の俺の言う事なんて信用できないと思いますので、一度国に戻り、信頼できる人に相談してみてください。それと、エルダートレントの毒の影響も受けていそうなので、治療も必要かもしれません」
一瞬、男が何を言っているのか理解が及ばなかったクーネネだが、視線をさ迷わせると、男の発言に頷く少女二人の姿が目に映った。
落ち着いて男の言葉を振り返ってみる。
少女二人の様子からも慰めのための言葉ではない、という事が理解できた。
さらには今後の対処方法も教えてくれた。
何よりも──キレイと言われた。
クーネネは、言葉の一つ一つを咀嚼していくうちに、自身の顔が熱を帯びていくのを感じ取った。
◆
俺の言葉を聞いたクーネネさんが顔を背けた。
ダメだったのか……。
不安に思い、ミリーリアとセレイナの様子を確認するが、二人も不安そうな顔をしている。
「ふふふ……そうか……。ふふふ……ふふふ」
クーネネさんが俺たちの方に向き直る。
そして、俺の目を真っ直ぐ見つめてくる。
「礼を言う。どうやら敗走の影響と、先入観に囚われていた事で、悲観的になっていたようだ。アラタの言う通り、一度国に戻り、しっかり検査してもらう事にしよう」
目と鼻は赤いが、どこかスッキリした表情のクーネネさん。
泣いているとも受け取れた表情だったのだが、今は純粋に花粉の影響だとしか思えない表情だ。
「そうだ、このままお別れというのも心苦しい。せっかくティルケスに来たのなら、我々の拠点に寄ってはみないか? 精一杯持て成そう」
「気持ちはありがたいのですが、俺たちはまだ学園の課題の最中でして。早めに拠点に戻らないといけないんですよ」
そもそもここはエルフの国の領土じゃないような気がするんだが……。
「そうか。それなら仕方がない。そうだ、国に戻るなら一応伝えておいてほしい事がある。ティルケスの森でトレント、エルダートレントの大量発生が確認されている。調査の為に私たちは派遣されたのだが、結局原因はわかっていないのだ」
トレントの目撃情報が増えてるっていうのと関係ありそうな気がする。
何かしらの要因があって、異常発生しているようだ。
「学園に戻ったら伝えておきます」
「そうしてくれ。さて、私はそろそろ戻ろうと思う。ところでここはどの辺だ?」
「この先に王都と聖樹国を繋ぐ街道があります。ここは王国側ですね」
「なん……だと。そうか……私はそんなにもさ迷っていたのか。助けてもらった事、改めて礼を言う。無事学園を卒業したらナールルと一緒にティルケスに遊びに来ると良い。歓迎しよう」
「そうですね。お邪魔させてもらいます」
ナールルとの関係とか、無粋な事は伝えない。
いつの間にか雨は上がっている。
「これくらいのぬかるみなら大丈夫そうだな。それではアラタ、セレイナ、ミリーリア。世話になったな。三人の冒険の無事を祈っている」
そう言うと、クーネネさんは呪文のような物を唱える。
「【昔約束した通りだ。力を貸せ風の精霊。この身に風の加護を寄越せ。ケ〇を引っ叩かれる前にな】」
精霊魔法は詠唱というより、脅迫なんじゃないだろうか。
少し経つと、クーネネさんの髪が不自然になびく。
そして、俺の耳にも風の音が届く。
「ではまた!」
クーネネさんはそう言うと、枝が折れる音を響かせながら走り去っていった。
クッコロサン、か。
くっころ系エルフ騎士がナールルのお姉さんとはな。
クーネネさんを見送った俺たちは洞窟内に戻る。
拠点の撤去作業をしていると、ミリーリアとセレイナの二人に話しかけられた。
「アラタはああいうタイプの人が好みなんだね」
「きっとエルフが好きなのよ。ナールルと二人っきりで里帰りするみたいだしね」
「ね。何かそんな話してたもんね」
「どうしてそうなる! 社交辞令じゃねーか」
「クーネネさんにキレイって言ってたじゃん」
「あそこまでストレートに口説かれるとねぇ」
「えぇ……。そう映ったのかよ……。そういう意味じゃなくてだな──」
森でもう一泊するんだから、誤解は解いておかないと。
「それにしても、クーネネさんは泥とかの汚れはついてたけど、肌も透明感があったよね」
「美容について聞くべきだったわね」
「羨ましいよね」
「二人とも十分可愛いし綺麗なのに、まだ上を目指すのか。美容の世界は大変なんだな……」
一瞬音が止まったように感じたが、すぐに作業の音が響く。
「わかってないわねぇ」
「ね。わかってないよね」
二人にダメだしされた。
予定より一日遅れて買取所に着いたが、雨の影響だろうという事で、心配はしていたがトラブルがあったとは思わなかったと職員さんに言われた。
魔法袋の中から一体のエルダートレントを見つけた職員さんのいい笑顔が印象的だった。
「エルダートレントには三十万出しましょう」
課題を受けたわけではないが、問題なく買い取ってもらえ、学園にも報告してくれるそうだ。
「そうそう、エルフの国でトレント系の魔物が大量発生しているらしいですよ」
「何と! なるほど。それでこの辺にも流れてきているという事ですね。情報感謝します」
ウルフの素材のように、トレントの素材も溢れるような事になったら今後は買取価格も下がるだろう。
そうなる前に稼ぐことが出来たし、今回の課題は受けて正解だったな。
「んじゃ一度学園に戻るか」
トレントの枝の納品という依頼を無事終えた俺たちは、足取りも軽く王都の学園へと戻る事にした。
魔物の異常発生か……。
世界の危機と関係なければいいんだけどな。
学園にも伝えるつもりだが、アルさんにも聞く必要がありそうだ。
これにて第二章終了です。
本日の夜、活動報告にて第三章の投稿予定などについてお伝えします。
ここまでお読みいただきありがとうございました。




