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職員さんから魔法袋を借りるようになってから二週間が経過した。
隣町での休養を終え、魔法袋を借りに買取所へ向かうと、今週でトレントの枝の納品依頼は取り下げると伝えられた。
高品質なトレントの素材が想定以上に集まったので、当初の予定よりも早めに切り上げるようだ。
学園側には既に取り下げの通知を行っており、入れ違いで受けた者もいないらしい。
この依頼を受けてから、俺たちはちょっとした小金持ちになっている。
職員さんも満足しているし、俺たちも懐が潤う。さらに学園の課題として受けているので、評価面も期待できる。
「どうしよう? 今週は完全に森で過ごす?」
「そうね、ギリギリまでトレントの枝を集めましょうか」
ミリーリアとセレイナの提案に、俺も同意する。
職員さんにはギリギリまで戻ってこない事を伝え、俺たちは最後のトレント狩りへと向かった。
初日の探索は、空振りに終わった。
これまでは、一泊二日の日程で森の中を探索していた。
探索初日は森の奥へ向かい、二日目で街道がある方向に戻る形での探索だ。
これまでの探索では初日に空振りだと、二日目も期待できなかった。
なので、買取所が設置されている拠点に戻り、別のエリアを探索するという方針だった。
「明日はもっと奥まで探索するんだよな?」
「そうね。奥には王都に続く川があるから、そこを目安に進む感じね」
「いつもより奥まで探索するんだし、トレントがいるといいなぁ」
探索二日目。
あいにくの曇り模様だが、俺たちは森の奥へと進む。
今日もトレントはまだ見つかっていない。
方針を変えたのは失敗だったかもという考えが、一瞬脳裏をよぎった。
少し歩くと、不意にセレイナが足を止める。
どうやら索敵に反応があったみたいだが、いつもと様子が違う。
「どうした?」
「あの木なんだけれど……反応がトレントと違うのよね」
「エルダートレントって事?」
「恐らくそうね。どうする?」
「俺たちで倒せるのか?」
二人もエルダートレントと戦った事がないので、何とも言えないようだ。
普通のトレントとの大きな違いは、毒をまき散らす攻撃があるという点らしい。
「その毒っていうのは、食らうとまずいんだよな?」
「そうね。毒に侵されるたびに、症状が酷くなっていくわ」
「どんな毒なんだ?」
「くしゃみ、鼻水、涙が止まらなくなるの」
花粉症じゃね?
毒をまき散らすって花粉をまき散らしてるだけじゃね?
「解毒って出来るのか?」
「症状を緩和させる薬はあるけど、完治はしないわね」
「毒の影響は、突然出てくるから活動できなくなる冒険者もいるくらいだよ」
聞けば聞くほど花粉症に思えてくる。
「振りまかれた毒が届く範囲は?」
「エルダートレント周辺よ。ここまで確認するという事は、戦うつもり?」
「一度毒の影響を受けたら、もう治らないんだよ?」
「まぁまぁ。最後にもう一つ確認するけど、その毒が効かない人もいるんじゃないか?」
「えぇ。確かにそんな人がいるっていう話は聞くわ」
「多分俺もその毒が効かない人だと思う」
確信は持てないが、元の世界でも花粉症とは無縁だった。
「私たちのために、無茶するとかはダメだよ?」
「そうよ。別に無理にエルダートレントの素材を手に入れる必要はないのよ?」
「あー、課題を受けないと意味ないとか?」
「そういう事じゃないんだってば。無理はしないって約束したじゃん」
ミリーリアが少し怒っている。
「無理も無茶もするつもりはないぞ。俺の予想通りなら、エルダートレントの毒は問題ないと思う」
今日の目的地が川らしいので、花粉を洗い流すまでは二人とは離れて探索を続ける予定だ。
「そこまで言うのなら……綺麗な状態で倒そうなんて考えちゃダメよ」
「倒すのを最優先だからね」
「わかってるって」
普通のトレント狩りの時は、ほぼ俺の出番がなかった。
実は、ここでいい所を見せたいというのも少しだけある。
「アラタのタイミングで行っていいわよ」
「了解」
「本当に無理はしないでね」
「二人の所には行かせないから心配するな」
普通の木に擬態しているエルダートレントに近づく。
今まで見てきたトレントと何も変わりはない。
距離を詰めると、エルダートレントが擬態を解く。
姿は普通のトレントと変わらないが、少しサイズが大きい。
エルダートレントが俺を目掛けて走って来る。
ここまではトレントと同じだ。
お互いに、攻撃が届く範囲まで接近した。
金棒で殴りつけようと思うと同時に、エルダートレントも枝を振り回す態勢になる。
向こうの方がリーチが長いので、攻撃を回避してから反撃か。
そう考え、枝の軌道を凝視する。
横なぎに振るわれる枝。
舞い散る花粉。
うわぁ……。
煙のように花粉が舞う。
正直浴びたくない。
そんな事は言ってられないので、枝を屈んで避け、金棒でぶん殴る。
少しよろめいたエルダートレント。
殴った衝撃でさらに花粉が舞う。
エルダートレントの側面に矢が刺さる。
セレイナとミリーリアは位置を調整しているようだ。
次々に矢が刺さっていく。
エルダートレントが二人の方に体を向けるが、そっちには行かせない。
金棒でひたすら殴り続ける。
「ミリー! “雨垂れ石を穿つ”くれ!」
鬱陶しい枝を落とすため、重点的に枝の付け根に攻撃を加える。
早く枝を落としたかったのでミリーリアに支援を要請する。
ミリーリアの【コトワザ】の影響か、枝を殴られるのを嫌がるエルダートレント。
これで二人が狙われる可能性は下がるだろう。
腕のように生えている二本の枝の内、片方の枝を折る事に成功した。
片方の枝を折ってからは、こちらの攻撃頻度も増え、危なげなくエルダートレントを無事倒すことが出来た。
「こっちに来るなよー」
職員さんから借りた魔法袋にエルダートレントを収納し、花粉を洗い流すために水筒の水を自分に掛ける。
完璧に洗い流せなくても、花粉まみれの状態よりはマシだろう。
「体調は大丈夫ー? “痛いの痛いの飛んでいけ”はいるー?」
「問題はないぞー。怪我もないから大丈夫ー。川に着くまでは二人とは離れて移動するけどいいよなー?」
「わかったわー。見失わないでよー」
「おうー。もう移動してもいいぞー」
二人の後ろを少しだけ距離を取って移動する。
歩いていると、手に何かが当たったような気がした。
顔にも当たり、それが雨粒だとわかった。
本格的に振り出しそうな感じだ。
「一雨来くるわよ!」
「どうするんだ!?」
「開けた場所を探すわ!」
雨に濡れながら森を走り回っていると、洞窟を見つけた。
セレイナとミリーリアが飛び込むように入って行ったので、安全なのだろう。
洞窟の中はそれほど広くはなく、奥は行き止まりだった。
「ひどい目にあったわね」
「ホントだね」
二人は布で髪を乾かしながら愚痴っている。
ある程度髪を乾かしたセレイナが、洞窟の奥でテントを組み立てる。
「雨が上がるまでここで待機ね。二人も髪を乾かしたら着替えなさい。風邪ひくわよ」
そういってセレイナはテントへと入って行った。
ミリーリアは、腰まで伸びている髪を乾かすのは大変なようだ。
ある程度髪を乾かした俺もテントを組み立て、着替える事にした。
焚火の前で濡れた服を乾かしながら、今後の予定を話し合う。
雨は止む気配がない。
「天気が悪かった時点で予定を変えるべきだったわね」
「そうだね。順調すぎて、少し油断してたかも」
失敗を悔やんでも仕方がない。
今後は余裕があるなら天候次第で予定を考えるという事で、この話は落ち着いた。
翌朝も、雨は降り続いている。
「止む気配がないわね。食料に問題はないけど、雨足が弱まったら移動も視野に入れましょう」
「仕方ないか。職員さんにも心配かける訳にはいかないしな」
探索に向かう前に、予定は伝えてある。
俺たちが戻らず、学園に報告されたりした場合、どうなるかわからない。
「早く止んでくれないかしら」
セレイナがそう零すのもわかる。俺も頷き、同意を示す。
「うーん、聞いてみよっか」
「誰にだ?」
ミリーリアが不思議な事を言い出した。
「『クッコロサン』に」
聞けば、棒が倒れた方向を探索したオカルト本に、質問に答えてくれる『クッコロサン』の召喚方法も載っていたらしい。
嫌な予感しかしない。
「アラタは知ってるの?」
不安そうな表情のセレイナに聞かれる。
「『クッコロサン』ってのはわからんな。どんな事が書いてあったんだ?」
「姿は見えないけど、確かにそこにいて、質問の答えを教えてくれるって書いてあったよ」
「うーん、わからん」
この世界のオカルトなのだろうか。
「ねぇミリー、それは古代語で書かれた本からの情報?」
「そうだよ」
そうすると元の世界のオカルトの一つなのか?
思い当たる節がない。
「試してみていい?」
「ミリーの召喚……アラタはどう思う?」
「そうだな……害はなさそうだったか?」
「良くない事は特に何も書かれていなかったよ」
少し怖いが、何もすることがないので試してもらう事にした。
何かおかしなことがあれば、途中で止めたらいいだろう。
ミリーリアが、白紙を地面に置く。そして、中銅貨を紙の上部に置いた。
「【クッコロサンクッコロサンオコシクダサイ。クッコロサンクッコロサンオコシクダサイ】」
おい!
こっくりさんじゃねーか!
クッコロサンって誰だよ!!
「おい、ミリー待て! 油揚げはあるのか!」
俺の叫びも空しく、ミリーリアが言葉を紡ぐと、地面に置かれた紙が光り輝く。
光が治まると、真っ白だった紙には見慣れた五十音表が記されている。
紙の上部には『はい』と『いいえ』の文字。
……。
『はい』と『いいえ』の文字の間には、なぜか『くっ、殺せ』という文字が。
クッコロサンって……。




