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俺が新たな【コトワザ】を伝えた翌日、隣の関に座るミリーリアは朝からソワソワしっぱなしだった。
「早く午後にならないかなー」
授業の合間の休み時間に、同意を求めるように話しかけてくる。
今まではすぐに検証できたが、学園にいる間はそうはいかない。
こんなにも次の日が待ち遠しいのは久しぶりだよ、と言われると教えた甲斐があったというものだ。
俺もゴーレムとの模擬戦は楽しみにしているが、ミリーリア程ではない。
セレイナもミリーリアの様子には苦笑いを浮かべている。
午前の授業が終わり、食堂で昼食をとった後、ミリーリアに急かされるように訓練所へ向かった。
一息つく間もなく食堂を後にし、訓練所に着いたのだが、そこには一人の先客がいた。
精霊魔法使いのナールルだ。
準備運動を終えた彼女は、的に向かって魔法を放つ。
「【ケ〇にブチ込まれたくなければ燃やし尽くせ!】」
聞き間違いじゃなかったんだな……。
一体ナニをブチ込むんですかねぇ……。
火柱が上がる。
しかし、昨日見た火柱よりも迫力がないように見えた。
「昨日よりも威力が低いように見えるけど気のせいか?」
普段の威力がわからない俺は、小声で二人に聞いてみた。
「ナールルちゃんの魔法は精霊の力を借りてるから、その時その時で少しムラがあるんだ」
「なるほどな。そりゃ脅されて魔法を行使しろって言われたら、精霊ってのも常に全力は出したくないか」
『え?』
二人が一斉に俺を見る。
そして、徐々に距離を詰めてくる。
「ちょ、ちょっとアラタは精霊魔法もわかるの?」
「初耳なんだけど」
馬車の中くらい密着してきたところで、セレイナとミリーリアは先ほどの俺の声よりもさらに小声で確認してきた。
「精霊魔法がわかるというより、ナールルが何を言ってるかがわかるって感じだな」
「精霊魔法は精霊と契約したエルフしか使えない魔法よ……」
「私も精霊との契約方法はエルフの秘伝だって聞いてたんだけど……」
「使える訳でも契約した訳でもないぞ? ただ、何を言ってるかわかるってだけだ」
「それがおかしいのよ……」
ナールルはエルフという種族で間違いないようだ。
そして、ナールルがは精霊魔法を行使する時に使っている言語が理解できたのは、アルさんから授かった言語理解というスキルのおかげだろう。
この世界の人の言葉のみならず、精霊と意思疎通するための言語にも作用していると思われる。
「【燃やし尽くせ】。何て言ったかわかった?」
理解されたら俺の今後が危うくなるので、伝わっても問題がない部分だけを声に出してみたが、二人からはわからないという答えが返ってきた。
「ま、精霊と契約してるわけでもないし、関係ないだろ。それよりも【コトワザ】の確認しようぜ」
精霊との契約はエルフの秘伝という話だし、特殊な方法があるのだろう。
後でこっそり色々試してみるつもりではあるが、期待はしていない。
そもそも、使えるはずの【諺】すら使えていない。
俺も【諺】を使えるように頑張るのが先だろう。
「そう、だね。うん……。そうしよっか」
「もういいわ……。深く考えるのは止める事にするわ……」
ミリーリアとセレイナの二人は、まだ納得できないという顔をしているが、そういうものだと思ってもらうしかない。
「で、何から試すんだ?」
「うーん、まずは“火のない所に煙は立たぬ”からかな? 人もほとんどいないし、今の内に試してみよ?」
「ミリーがそれでいいならアタシもいいわよ」
「それじゃやってみるよ! 【ヒノナイトコロニケムリハタタヌ】
そう言ってミリーリアは【コトワザ】を唱える。
しかし、何かが起こる事はなかった。
「あれ? 変だな。ねぇアラタ、何かおかしなところあった?」
「なかったぞ」
「だよね? んー、もう一回」
その後も何度か試したが、火はおろか煙が上がる事もなかった。
「あ! もしかして!」
ミリーリアは何か思いついたようだ。
ポーチを漁り、何かを探している。
「【ニカイカラメグスリ】」
目当てのものを見つけたようだ。そして、ポーチから取り出した謎の物体を、的に向けて山なりに投げた。
的は、謎の物体が命中すると同時に白煙に包まれた。
「【ヒノナイトコロニケムリハタタヌ】!」
逆じゃね?
火種──根拠があるから、煙──噂が立つんじゃないのか?
煙が晴れる。
木製の的は現在進行形で燃えている。
「うん! 予想通りだったね!」
自身のひらめきが間違っていなかったとわかったミリーリアは、会心のドヤ顔を決めている。
セレイナは呆れているんだろうと思って彼女の方を見てみると、何故か口元に笑みを浮かべていた。
心なしかシュルーケルさんが浮かべていた笑みと被っているように見える。
「やるじゃないミリー! 次は“石に立つ矢”かしら?」
あぁ、しっかり効果が現れたから、矢に関する【コトワザ】にも期待が持てるって感じなのか。
「いいよー! 隣の的?」
「うーん……あっちにしましょう」
セレイナが示したところには、鉄の棒の上部に布がグルグルと巻かれたものが地面から生えていた。
それは的ではないと思うんだが……昨日盾を持った人が体当たりしていたのを見たんだが……。
「“一石二鳥”で鉄の剣を折れたんだし、きっと石だけじゃなく鉄にも刺さるわ。いえ、刺さる程度じゃ済まないかもしれないわね」
セレイナは弓の弦を弾きながら、自身の推測を披露する。
その表情は期待に満ちている。
「【イシニタツヤ】!」
セレイナが的(?)目掛けて矢を放つ。
無事、的に突き刺さった。
矢を回収するが、鉄に突き刺さった矢を引き抜くような感じではなかったようだ。
セレイナの表情が暗い。
「セッちゃんセッちゃん、諦めるのはまだ早いよ。何回も試さなきゃ!」
「そうね。もう少し付き合ってちょうだい。アラタも悪いわね、付き合わせて」
「気にするな。普段二人がどうやって戦うかってのを確認するのも必要だろ?」
「ありがと」
気を取り直して、再び挑戦する。
ミリーリアの【コトワザ】を受けたセレイナはゆっくりと息を吐き、狙いを定める。
狙いすまして放たれた矢は、的を貫通して後方へ消えていった。
「やるじゃん!」
「セッちゃんおめでとう!」
「そういう事なのね。一矢に込める気持ちが大切と。見直すには良いきっかけになったわ」
「これで“一石二鳥”と組み合わせたら凄い事になるだろうな!」
先ほどまでは安堵したような表情だったセレイナが、ジト目を俺に向けてくる。
「もうあんな失敗はしないわよ?」
「違う違う。そうじゃなくて、攻撃力の話だって」
「わかってるわよ。でもそうね、今の内に試しておくべきよね」
地面から生えている的の隣には、サンドバッグのように吊るされた同じタイプの訓練道具。
「隣にもいい的がある事だし、試してみましょうか」
今のセレイナには的にしか見えないようだ。
念のため、周囲に他に人がいないか確認する。
「信じていいんだよな? 信じるぞ?」
矢が貫通してこちらに戻って来た時、他に被害を出さないようにするため、俺が受け止める事になった。
指輪があるとはいえ、二人にこの役割を担当させる気は無い。
とは言っても、怖いものは怖い。
最悪、漆黒のマントなら何とかしてくれるはずだ、多分。
ミリーリアが【コトワザ】を二つ唱え、セレイナが矢を放つ。
見慣れた軌跡を描き、二つの的を貫通した矢が俺目掛けて飛んでくる。
指輪の効果を信じないとこのパーティーの前衛は務まらない。
刺さっても腕だけになるように構え、矢の到来を待つ。
俺の腕に到達しかけた矢は、俺に触れる前に地面へと落下した。
予想通りになったのでひとまず安心した。
ここまで試したしたところで、人が集まり出したので検証はここまでとした。
早めに訓練所に来たヘッグ先生に、鉄の訓練道具に穴を開けた事をに伝えると、一本は手本として布を巻き直してくれた。
もう一本は自分たちの手で直すことになった。
「二人ともごめんなさい。少し浮かれてたわ」
「気にするな。効果が分かったことに比べたら、これくらい何て事ないだろ」
「そうそう。それに、気付かなかった私も悪いしね」
セレイナが謝罪の言葉を口にするが、俺もミリーリアも特に気にしていない。
試したくなる気持ちは俺もわかるし。
修理は、何とか午後の授業に間に合った。
盾持ちの人の迷惑にならずにホッとした。
俺たちの午後の授業はゴーレムとの模擬戦だ。
昨日見たナールルパーティーと、同じ流れでゴーレムを相手にすることにした。
俺たちが配置に着くと、視線が集まったような気がする。
手が止まっているわけではないが、チラチラとこちらを確認しているように見える。
「お願いしまーす」
ミリーリアが声を掛けると、地面が盛り上がりゴーレムが現れる。
特に作戦はない。
どうするか聞いたら、俺がやりたいようにやっていいとの事だ。
金棒を手に、とりあえず近づいてみる。
ゴーレムは腕を振り回してくるが、余裕をもって避ける事が出来る。
動く事もないので距離感を見誤る事もない。
攻撃を回避したついでに、腕に金棒を叩きつける。
ゴーレムの腕が弾け、口の中に砂が入ってきた。
思ったより脆いというのが感想だ。
そのまま胴体を殴りつけた所で、ゴーレムは砂に姿を変えた。
二人の下に戻る。
「随分余裕だったわね」
「こんなもんじゃないか?」
「いい感じだねー」
「次から硬くなるんだったよな? どうするんだ?」
「アタシはミリーの【コトワザ】があれば貫く自信はあるわよ?」
「セレイナがトドメを刺す感じでいいか。俺も少し殴っておきたいしな」
「私も“雨垂れ石を穿つ”試してみたいな」
「わかったわ。アラタが合図を送ってくれたらアタシがトドメを刺すわ」
流れは決まった。
休み時間に検証できなかった最後の【コトワザ】もついでに試すことにした。
前半は【コトワザ】なしで、合図を送ったらミリーリアに【コトワザ】を掛けてもらう。
次のゴーレムが姿を現す。
今度はゴーレムに向かって勢いよく走り出す。
ゴーレムの攻撃を回避し、勢いそのままに足に金棒を叩きつける。
硬い。トレントと同じか、それ以上の硬さがあるように感じる。
攻撃を避けつつ、足を重点的に攻め続ける。
ひたすら同じ所に金棒を叩きつける。
すると、ゴーレムの足に亀裂が入る。
そして、足の形を保てなくなったのか、片足が砂へと姿を変えた。
あれ……まだ【コトワザ】をかけてもらってないんだけど……。
ゴーレムから距離を取り、後ろを確認すると、呆れた表情の二人の姿が目に映る。
俺が頷くと、ミリーリアの【コトワザ】を受けたセレイナが矢を放ち、ゴーレムの胴体を貫通させた。
姿を保てなくなったゴーレムは崩れ落ちた。
二人の下に戻りつつ、周囲の様子をチラチラ確認すると、注目され過ぎているように感じた。
このままではマズイと思い、二人に予定を変えてもらいたいと伝える。
「悪い、壊せた。アレさ、ミリーの【コトワザ】の効果って事に出来ないか?」
「アンタ何やってるのよ……」
「どうして?」
「注目され始めてるだろ? 目立つと面倒な事になりそうでな」
二人も周囲の様子に気付いたようだ。
「足止めは頑張るけど、危ないと思ったらたらセレイナの判断でトドメを刺してくれ。“雨垂れ石を穿つ”の検証は出来ないけど、いいか?」
「アタシはいいわよ」
「仕方ないよね。後で付き合ってくれるならいいよ」
「よし、じゃあそんな流れで」
打ち合わせを終わらせ、前衛として前に出て位置に着く。
「ミリー、さっきみたいな感じで」
「わかったよ」
俺の意図を汲んでくれたミリーリアから返事が返ってきた。
ミリーリアが準備完了の合図を送ると、ゴーレムがこちらに向かってゆっくりと歩き出してきた。
俺も駆け出し、距離を詰める。
この歩く速度なら二人に危険が及ぶ事はなさそうだ。
それでも早く壊すに越したことはない。
歩く分、先ほどよりも俺の手数は減るが、何とか片足を破壊できた。
その後はセレイナの矢がゴーレムを貫き、俺たちのゴーレム戦は終了した。
場所を空け、訓練所の隅に移動した俺の手には鉄の棒と木の枝。
反省会を行いながら、この二つをぶつけ合っている。
「こんなにあっさり倒せるようになるのね。【コトワザ】って凄いわね」
「ねー。急に強くなったから不思議な感じ」
「俺たちってナールルパーティーと比べてどうだ?」
「単純に比べる事は出来ないけど、差があるとは思わないわね。むしろ、三人という事を考えると……。止めておきましょう。今比べても意味はないわ」
「そうだね。大事なのはこれからだもんね」
「悪い。変な事聞いたな」
「気になるのは仕方ないわよ。気になるついでなんだけど、それいい加減うるさいわよ」
「【アマダレイシヲウガツ】」
「どうも。俺もいい加減頼もうと思ってたところだ」
【コトワザ】なしで鉄の棒が折れる訳がない。力加減を間違ったら木の枝が折れるだろう。
「後さ、煙玉も買いに行かないとダメなんだよね」
“火のない所に煙は立たぬ”を使うためには煙を上げる必要がある。
本来は時間稼ぎや目くらましに使う煙玉は、それ程持っていないようだ。
「今日の放課後にでも買いに行きましょうか」
「そうだね。アラタは放課後に用事ある?」
「特にないな」
「じゃあみんなで買い物だね」
「あいよ。あ……」
鉄の棒が折れた。
二人の顔を見るが、表情に変化はない。
「もう慣れたわ」
「予想通りだったね」
「だなー」
ゴーレムとも問題なく戦えたし、【コトワザ】という魔法はこういうものだという共通認識が出来上がっている事を再確認できた。悪くない一日だった気がする。
「早く最後の一つも試したいなー」
……そうだった。
まだ試してない【コトワザ】があったんだった。
しばらくは試せないので、機会があればという事で、ミリーリアには納得してもらった。




