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「ビックリするよね。あれがナールルちゃんの精霊魔法だよ」
ミリーリアは、俺が精霊魔法の威力に驚いていると思っているようだ。
「どう? この学年でトップのパーティーの実力を見た感想は?」
「バランスも良さそうだし、危な気ない戦いだったな。セレイナが攻撃力が課題って言ってたのも頷ける」
ナールルの精霊魔法があれば、大体の敵は何とか出来るような気がする。
ゴーレムとの模擬戦を終えたナールルパーティーが、こちらに向かってやってきた。
「ヘッグ先生、そちらにいらっしゃるお方が留学生ですの?」
「あぁ、そうだ。教室に戻ったら正式に紹介する」
「そうですの。わかりましたわ。私たちは今日はもうゴーレムの相手はいたしませんので、次のパーティーに使用許可をどうぞ」
「それを俺に言われてもな。今日の訓練所担当は俺じゃないぞ」
「そうでしたわね。先生をお見掛けしたものでつい」
ナールルはヘッグ先生と話しているが、視線は時々俺たちの方に向いている。
「では皆さん行きますよ。先ほどの戦いを振り返りましょう」
そう言い残し、ナールルパーティーは去って行った。
「何しに来たのかしらね?」
「アラタの事が気になったんじゃない? 一度会ってるし」
「俺? それはないだろ。ちなみに二人はゴーレムを相手にどれくらいやれるんだ?」
「一番弱いゴーレムならセッちゃん一人で余裕だよね」
「そうね。ただ、それ以上になると攻撃力不足でジリ貧ね」
有効な攻撃手段がないのがネックになるらしい。
「ここが訓練施設だが、もう少し見てるか?」
「一ヵ所に留まっていたら時間も足りなくなりますし、そろそろ移動しましょうか」
施設の案内の途中とういう事もあり、二人に別れを告げて俺は訓練施設を後にした。
一通り施設を案内してもらうと、丁度今日の授業が全て終わり、ホームルームの時間になったようだ。
俺たちは教室へと向かう。
「朝の時点で説明はしてあるが、アラタから軽く自己紹介してもらうぞ」
「わかりました」
ヘッグ先生が教室に入ったので、その後ろをついて行く。
視線が俺に集まるのを感じた。
少し視線をさ迷わせると、ミリーリアとセレイナが俺の方を見ながらニヤニヤしているのが目に入ってきた。
二人は俺が緊張している事に気付いたのか、この状況を楽しんでいるようだ。
二人から離れた席では、ナールルが無表情な顔でこちらを見ている。
「んじゃホームルームを始めるぞ」
その一言で、教室は静まった。
「隣にいるのが今朝話した留学生のコトエダアラタだ。事情があって、既に組むパーティーは決まっている。後は本人からだな」
俺が自己紹介を終えると、ミリーリアの隣の席が空いていて、その席に行くように指示された。
「よろしくね」
隣に座るミリーリアに小声で話しかけられた。
俺が召喚された理由は、学園の課題達成の手伝いのためだ。
目標達成に確実に近づいている。
「あぁ、よろしくな」
俺も小声でそう返す。
そして、ヘッグ先生が連絡事項を伝えていく。
その中に、今週の休み前に学園の課題が公開されるという情報もあった。
教室がざわつく。真剣な顔つきになる者、近くの席の人と話し合う者、リアクションは様々だ。
「詳しい事は順を追って公開していく。準備しておくように。以上、今日は終了だ」
ヘッグ先生が教室から出ていくと、後を追うように教室から出て行く者、パーティーメンバーで集まって話し合いを行う者など、各々が動き出した。
良かった。きっと俺の事なんて気にする余裕はないだろう。
そう思ったのだが、一部のクラスメイトに囲まれてしまった。
今まで何をしてきたのか、教会はどんな所なのか、色々な事を聞かれた。
俺は何かを思い出すように、時にはしみじみと、そして遠い目をしてみたりと、聞かれた事に答えていった。
ようやく質問攻めが終わり、教室には俺とセレイナだけになった。
「お疲れ様。どう? 上手くやっていけそう?」
「こう言っちゃアレだけど、本当に疲れた……主にボロを出さないようにという意味で」
「誰もいないとはいえ、そんな事言っちゃダメよ」
「それもそうだな。後はもう少し『この部外者が』って感じの反応があるかなって思ったけど、ほとんどなかったのが意外だったな」
「うーん、そうねぇ……。アラタは【コトワザ】をミリーに伝えるために学園に通うっていうのは皆知ってるわ。で、【コトワザ】がどんな魔法なのかっていうのは……」
「誰もわからない、と。ミリーが今まで使っていたのしか知らないのか」
「そういう事ね。アタシもアラタがミリーに教えるまで、あんなデタラメな魔法だなんて思いもしなかったわ」
外部からとんでもない戦力が補給されたとなれば、恐らくもっと揉めていたのだろう。
俺と出会う前にミリーリアが使えた【コトワザ】は二つ。【二階から目薬】と【犬も歩けば棒に当たる】だけだ。
両方とも戦況を変えるほどの効果はない。
【コトワザ】はこの程度の魔法だと思われているなら、それほど警戒されることもないのか。
「それに、好成績を修めたらそれなりの地位から冒険者として活動できるって話はしたわよね? これは別に人数制限があるわけではないの。純粋に、学園の課題を達成した成績で判断されるわ。だから、他人の事より、自分たちの事を考えた方が有意義なのよ」
「なるほどな。見ず知らずの俺をパーティーに勧誘するより、これまで過ごして実力もわかるメンバーでパーティーを組んだ方が建設的なのか」
「そういう事ね」
「わかった。で、ミリーはどこ行ったんだ?」
「あぁ、そのうち戻って来るわ。『【コトワザ】集』を取りに行くって言ってたわね」
学園の寮にもう一冊置いてあるって言っていた。
俺が囲まれている間にそれを取りに行ったのだろう。
「お? 誰もいなくなったね。お待たせー。はい、もう一冊の『【コトワザ】集』」
そう言って、紐で綴じただけの『【コトワザ】集』を手渡された。
「それにしても、思ったよりみんな集まってきたね。アラタ疲れてない?」
「それほど疲れてるって感じでもないかな」
「じゃあさ、このまま【コトワザ】教えてくれる?」
ミリーリアは、少しだけ不安そうな表情をしながら聞いてくる。
「いいぞ。セレイナも時間はあるのか?」
「何が起こるかわかったもんじゃないし、当然アタシも残るわよ」
「よし、それじゃあ、アラタ先生お願いします!」
放課後、誰もいない教室で……先生と教え子が……何も起きない……んだよなぁ。
「まずは内容を確認してからだな」
まずは最初のページに目を通す。
【火の──所──は立──】
所々、文字がかすれていて読めない。
ペラペラとページをめくる。
【青天の──】
【雨──石を穿つ】
【石に立──】
【情──人──ならず】
かろうじて読み取れたのはこれくらいか。
他は文字の一部がかすれていたり、消えている部分が多すぎて元の【諺】が思い浮かばなかった。
「うーん、五つは何とか判別できたかな」
「おぉ!! どれ? ねぇどれ?」
解読結果を待っていたミリーリアが、俺の発言を聞いて満面の笑みを浮かべ、身を乗り出してくる。
解読できたページを伝え、内容を説明しようとしたところでセレイナから待ったがかかった。
「ちょっと待ちなさい。先に内容だけ教えて。あまりにも危険な内容だったら一度考えましょう」
「セッちゃんは心配性だなー。今までだって大丈夫だったんだし、きっと大丈夫だよ。ね? アラタもそう思うでしょ?」
「どうなんだろう? パッと見ただけだけど、問題はなさそうなんだよな」
ボソっとセレイナが呟いた。
「“一石二鳥”、“二兎を追う者は一兎をも得ず”……忘れたとは言わせないわよ?」
圧が凄い。
素直に従った方がいいような気がする。
「でもな、説明って難しいぞ? 元になった出来事があるから生まれるのが【諺】なわけで、意味だけの説明ってどうしたらいいんだ?」
「そうね……無害そうな【コトワザ】の内容をそれとなく教えてくれる?」
無害そうな【諺】ねぇ。
「むやみに手助けするのは人の為にならないよって【諺】があるな」
「えー、何かその【コトワザ】嫌いだなー」
そんな事言われてもな。
「問題はなさそうだけど……本当に説明は難しそうね……」
「どうするんだ?」
「うーん、一応聞いておこうかな」
「そうね。教えて頂戴」
「“情けは人の為ならず”。そのまんまだな」
「本当にそのままね」
「何か冷たいねー。私の考えには合わないかなー」
「確かに、冒険者の考えとは真逆よね」
「だよね。情けっていうかさ、手助けするのって、相手の為になるのが一番だけど、巡り巡っていつか自分も助けてもらう事になるかもしれないじゃん? 優しさに触れたから今度は自分も誰かの手助けしたいみたいなさ?」
「だな。マノト村でもサーナさんが言ってたよな。今度は誰かに手を差し伸べてあげてって。その考えの方が良いよな」
「だよね! 一応どうやって発声するのか教えて」
「【情けは人の為ならず】」
紙にも書き、声に出してミリーリアに教える。
「【ナサケハヒトノタメナラズ】」
【コトワザ】をミリーリアが唱えるが、効果が現れる事はなかった。
「で、後の四つだけど、無害とはいかないような気がする」
「怖いわね……」
「どんな感じ?」
「一つは石に矢が刺さります。一つは、噂話みたいなもの。もう一つは努力を続けるといつかは成果が出るって感じかな。最後の一つは大事件が起こります」
「ちょっと待ちなさい。一番最後のは聞き捨てならないわ」
「おー、凄そうだね」
今までミリーリアに伝えた【諺】は、微妙に本来の意味と異なっているものがある。
なんとなく傾向は掴めてきているが、確信は持てない。
なので、おおよその意味だけを頑張ってわかりやすく伝える。
「なるべく一言で説明したけど、どれなら大丈夫だと思う?」
「全部!」
ミリーリアは早く早くといった表情で、俺を見つめている。
セレイナは腕を組み、目を閉じて深く考えているようだ。
「ねぇ、その石に矢が刺さるっていうのはどんな【コトワザ】なのかしら?」
セレイナは矢に関連する【諺】が気になるようだ。
「“石に立つ矢”。獲物と見間違って、集中して放った矢が石に刺さったって出来事から生まれた【諺】かな」
「そう。石に刺さるのね……」
セレイナがチラリとミリーリアの方を見る。
「いいね! さぁ、教えて!」
ミリーリアは慣れたもので、直ぐに発声も習得した。
「試すのが楽しみだね!」
「そうね。効果が現れるといいのだけど……」
「大丈夫だよ! 何かいけそうな気がするもん。今から試してくる?」
「一応他のも聞いておきましょうか」
俺は【雨垂れ石を穿つ】、【火のない所に煙は立たぬ】、【青天のヘキレキ】と順に説明していく。
ヘキレキだけは紙に書いたとき、漢字が書けなかったのでカタカナだ。
「なるほどねー。ありがとうアラタ! 何か分かった気がする!」
俺の授業を終えたミリーリアは、やり遂げたといった表情をしているが、セレイナは額に手を当て大丈夫か心配そうな表情だ。
「ねぇアラタ。考え過ぎかもしれないけれど、火と雷が起きそうな気がするのよね……どう思う?」
「俺もそう思う」
「自信満々に言わないでよ……雷魔法なんて聞いたことがないわ……」
魔法は、火、水、風、土の四属性しか確認されていないらしい。
だが、教会で雷を操る【コトワザ】使いがいるって話だったので、あり得ない事ではないと思う。
「今日はもう遅いから、試すなら明日かな?」
窓からは夕日が差し込んできている。
「どこで試すんだ?」
「あまり見られたくはないわよね。休みの日にダンジョンで試すのが無難そうね」
「でもさ、週末になったら課題の発表があるよ? 準備とか必要じゃない?」
「じゃあさ、雷がまずいなら“青天のヘキレキ”以外をゴーレムで試すってのは?」
実はゴーレムに興味があった。
だが、言い出す機会がなかったのでここぞとばかりに提案してみる。
「そうね。“青天のヘキレキ”以外なら目立つこともないでしょうね。アタシの考え通りの効果なら、だけどね」
「よし! 明日の訓練はゴーレムだね!」
「了解。覚悟しておく」
明日も訓練所で授業があるらしいので、新たな【コトワザ】を試すことにした。




