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「ふぅ……」
俺は大きく息を吐く。
フェイントに引っかかった時は焦ったが、ミリーリアの補助もあり、終わってみればこちらは無傷。
森で戦ったビッグウルフは二体だったので、単純に比べる事は出来ないが戦闘時間も短かった。
何よりも、今回は攻撃を加える事が出来た。
回避しか出来なかった前回と比べると、自分に出来る事が増えたというのは嬉しいものがある。
「お疲れ様。周りに他のウルフはいないわ」
「アラタ大丈夫だった? “痛いの痛いの飛んでいけ”はいる?」
「お疲れ。無傷だし大丈夫だ。索敵と【コトワザ】ありがとな」
ビッグウルフの魔石を回収した俺に近づいてきた二人が、労いの言葉を掛けてくれる。
ビッグウルフの魔石は、俺の拳程の大きさで、少し灰色に濁っている。
「これってどれくらいの価値なんだ?」
「そうね……学園で売ったら九万ヴィルって所かしら」
おぉ! これで一気に普段、ミリーリアとセレイナがコボルト狩りを行う以上の効率を叩き出したことになる。
この調子でビッグウルフを狩れば、しばらく資金には困らないだろう。
「そんなに頻繁に出会う事はないわよ」
「湧き時間は?」
「は?」
「時々アラタの言ってることがわからない事があるよ」
二人は本当に何を言ってるんだという顔をしているので、リポップの概念について丁寧に説明した。
「それが事実だとしたら大発見になるわよ」
「そんな話は聞いた事ないよ」
範囲型ダンジョンだからだという可能性に思い至り、階層型ダンジョンのボス部屋について聞いてみたら、さらに変な顔をされた。
この世界のダンジョンにおいて、ボスという概念はなく、出現する魔物の上位種が時々出現する事があるという話だ。
これはどのダンジョンでも共通で、階層型だからと言って上位種を倒さないと次の階層に進めないという事もないらしい。
逆に言えば、どのタイミングでも上位種と遭遇する可能性があるので、油断は出来ないという事だ。
時間湧きじゃない事を知り、少しがっかりした。
残念ながらそう上手い話はないようだ。
「そろそろ良い時間になるし、野営地点を探しましょうか」
セレイナの提案を受け、時刻を確認すると既に夕方だった。
なのに太陽が沈む気配はない。
時計がないと間違いなく時間感覚が狂うだろう。
俺たちはホーンラビットが生息するエリアを野営地点とするために、移動を開始した。
日中の様な明るさの中での夕飯というのは、非常に違和感があった。
ジェドスダンジョンには、夜というものが存在しないらしい。
なので俺が夜番を経験するのには、安全性の面からピッタリなのだとか。
「順番どうしよう?」
二人がマノト村へ里帰りするときは、二交代制で交互に睡眠を取っていたそうだ。
周囲が暗い前半をセレイナが担当し、徐々に明るくなる後半をミリーリアが担当するというのがこの二人の基本だ。
三交代制を提案したが、中番担当の負担が大きいという事で却下された。
そもそも三交代制を取っているパーティーはほぼ存在していないのだとか。
パーティーによって夜番のシステムはバラバラで、どうするのが良いかは実際に試してみないとわからない。
報酬を減らされても構わないから夜番を引き受けない人もいれば、誰かと一緒ならという人もいたり、色々な考えがあるそうだ。
「例えば、夜更かしなら出来るけど、夜中に起きるのが苦手な人は前半だけ担当とかだね」
元の世界ではゲームの続きが気になって夜中に目が覚め、そのままプレイしてから学校へ行くという生活も送っていた。
夜更かしは言わずもがな。
どちらでも対応はできそうだ。
「どっちでもいいぞ」
「それじゃ、今日はセッちゃんと一緒に夜番の前半お願いね」
いきなり一人で夜番担当になる事はないようだ。
ついでに、セレイナから夜番のコツ等も聞いておこう。
もしも俺が一人で夜番を引き受けても問題がないようなら、長旅になっても一人は完全休養を取る事が出来る。
今日は前半を引き受けるが、次回はミリーリアと後半の夜番を試すという事で落ち着いた。
夜番の予定が決まり、のんびりとした雰囲気の中、今日の反省会が始まった。
内容は主にビッグウルフ戦について。
打ち合わせも無く、一人でビッグウルフに向かって行った俺に二人は驚いたそうだ。
「シュルーケルさんに問題ないって言われたからな」
騎士団の訓練施設での出来事を伝えると、さらに驚かれた。
「それであんなに自信満々だったのね。それにしてもガーノストさんと模擬戦ねぇ。良く無事でいられたわね」
セレイナが恐ろしい事を言う。
「お父さんとの模擬戦は忘れたのかしら?」
マノト村での初めての模擬戦を思い出す。
あの時はシュルーケルさん相手に手も足も出なかった。
だがあれは、覚悟を問われたのだと思う。
圧倒的な力の差を目の当たりにしても折れない心。
二人と共に行動するのに相応しいかの確認。
「今となっては必要な儀式みたいなもんだったんじゃないか?」
「アラタがそれでいいならいいんだけど……。じゃなくって、昔お父さんとガーノストさんの模擬戦を見た事があるから言えるけど、あれは模擬戦のような別のナニカだったわ」
「セッちゃんとシュルーケルさんの模擬戦も似たようなもんだよ……」
シュルーケルさんもロイさんも、ガーノスト騎士団長との模擬戦は嫌がっていたし、実力者相手には手を抜かないスタイルなのだろう。
「俺の場合は力加減を徹底的に叩き込んでもらっただけだからな。加減をミスったら鉄拳制裁が飛んできたけど」
「そう……」
二人は残念なものを見るような目で俺を見つめてくる。
「他に気づいた事は? 最初のウルフと戦った時、俺が気づかないクセみたいなのを教えてくれたじゃん」
こんな時は話を変えよう。
「アタシは特に気になる点は見当たらないわね。ミリーは?」
「私もないかな。でも、どこか怪我をしたとかあったら教えてくれると助かるかも。一応全体を見てはいるけど、どれだけ負担が掛かっているかは教えてもらわないとわからないからね」
「了解。確かに戦闘中に回復出来るなら安心できるな」
「え? どういう事? 戦闘が終わってからの話だよ?」
「あれ? “痛いの痛いの飛んでいけ”って飛ばせないの?」
「アラタが何を言ってるかわからないんだけど……」
教会で身分証明書に血を垂らした時、指の傷を治すためにムスクディ司教がヒールの魔法を掛けてくれた。その際、ミリーリアの“痛いの痛いの飛んでいけ”とは違い、手元が光るなどの変化はなかった。
「光を飛ばせば何とかなるんじゃないのか?」
ヒールなどの回復魔法は、対象の近くに行かないと効果が現れないらしい。
なので、ポーションなどの回復アイテムは前衛にとっては必須アイテムなのだとか。
「【コトワザ】なら出来るのかな……【イタイノイタイノトンデイケ】」
ミリーリアがボソっと呟く。
そして、前に突き出したその両手が光り輝く。ここまではよく見る光景だ。
ミリーリアは集中しているのか、視線を自身の手に固定している。
しばらくすると、手を覆っていた輝きが徐々に手から離れていく。
ミリーリアの目が大きく見開く。
輝きは時間をかけて、ゆっくりとミリーリアの手から離れた。
しかし、十センチメートルくらい離れた所で輝きが消失する。
腕を下ろし、ミリーリアが一息つく。
「出来てた……よね?」
「えぇ……」
ミリーリアとセレイナは顔を見合わせて、お互いに状況を確認する。
そして、同時に俺の方を見る。
「アラタ、どういう事かしら? こうなるってわかってたの?」
「回復魔法が飛ばせるなんて思いもしなかったんだけど、どうして気付いたの?」
俺が初めて見て、最もお世話になっている【コトワザ】。
それが“痛いの痛いの飛んでいけ”だ。
ミリーリアが使う【コトワザ】で、輝きを放っているのはこれだけだ。
「他の【コトワザ】は発動してるのかどうかもわからないじゃん? でも、これだけは明確に光り輝くから何か意味があるんじゃないかと思ってさ」
それらしい事を言ってみたが、確証はなかった。
もしも遠距離から回復してもらえるなら助かるという程度の考えからの発言だった。
「これは練習しなきゃ!」
ミリーリアは新たな可能性を目の当たりにした影響からか、やる気に満ち溢れている。
「アラタといると常識とは何か考えさせられるわね……」
セレイナは何やら考え込んでいる。
難しく考える事はないと思う。
「そもそもウルフが犬扱いというのもアタシは納得してないわよ?」
「あ、そうだよね! あの時はアラタを信じて咄嗟に“犬も歩けば棒に当たる”を使ったけど、効果があってビックリしたよ」
頑張ってイヌ科について説明したが、そんな分類がされていない事もあり、理解されることはなかった。
「それじゃそろそろ寝るね。アラタは夜番頑張ってね」
反省会も終わり、いよいよ夜番を経験する時が来た。
来たのだが、イマイチ夜番という気がしない。
時刻は夜といっても差し支えないのだが、ダンジョン内は非常に明るい。
どうにも違和感がある。
「その辺は慣れよ」
そんなもんだと思う事にする。
逆に、常に夜のダンジョンも存在しているらしいので、時間間隔が狂わないように気を付ける必要がある。
そんな事を考えていると、後方のテントの方から何かを絞り、水が滴る音が聞こえた。
気にしたら負けだ。
「そういえば、ガーノスト騎士団長に『スタンプ』ってスキルを見せてもらったんだけど、セレイナはどうやってスキルを使ってるんだ?」
「そんな事まで教えてもらったの? そうね、スキルを使う時に魔力をグッ! と込めて、ハッ! って感じで放つと上手く行くと思うわ。アタシが使う『裏取り』はスッって感じに放つけど、『スタンプ』の効果から考えるとハッ! って感じの方が良いと思うわよ」
ヤッベ、全くわからん。
「さっき、セレイナの『索敵』はスキルとは呼べないって言ってたけど、誰が判断してるんだ?」
「そうね……感覚的なものになるけれど、無駄がなくなるとでも言えば言いかしら? アタシが『索敵』を使う時はフンッ! って魔力を放ってから、常時どんな反応があるか気にしないとダメなの。でも、スキルと呼べる『索敵』は、一度展開したら集中しなくても異変があればすぐに気づけたりするらしいわ」
マノト村の森で遭遇したビッグウルフ二体を例に挙げながら、『索敵』がスキルと呼ばれるにはどの程度の練度が必要か説明してもらった。
「なるほどな。『スタンプ』を使うには『身体強化』を武器にも纏わせる感じって言われたけど、そもそも『身体強化』を使ってる意識がないんだよな」
「無意識で使ってるのね。はい」
そう言ってセレイナは制服の腕をまくり、俺の前に突き出してきた。
「今は何もしていない状態よ。触ってみて頂戴」
恐る恐る手を伸ばし、その腕に軽く触れる。
「そのままで。どう? 途中から『身体強化』を使ったけれど違いはわかった?」
途中からセレイナの腕が何かに守られるように、硬くなったのがハッキリとわかった。
「ちなみにアラタはどんな感じで使ってるのかしら」
そう言われたので、同じように俺も腕を出す。
セレイナの少し温かい手が俺の腕に触れる。
そして、俺は腕に力を込める。
「それはただ力を込めているだけよ。村でのビッグウルフとの戦いを思い出して。あの時体当たりを受け止めていたじゃない」
色々試すが身体強化が発動する事はなかった。
「無意識で切り替えてる人もいるから気にする必要はないわよ」
やっぱりアルさんが言うように、俺の場合はスキルというよりもこの世界に適した体になった影響で、防御力が多少高くなっているだけなのかもしれない。
「そういうもんなのか」
その後も良く分からない感覚的なコツを教えてもらったり、騒がしくならない程度に実演してもらったりしながらセレイナと夜番の時間を過ごしていった。
セレイナとのんびり話していると、テントからミリーリアが出てきた。
交代の時間になったようだ。
「お疲れ様。そろそろ交代だよー」
「おはよ。それじゃアタシは寝るとしましょうか。アラタもお疲れ様。明日も探索するのだし、しっかり休んでおきなさいよ。ミリー、後はお願いね」
そう言い残し、セレイナはテントへと向かって行った。
そして、何かを絞る音が聞こえてきた。
「ねーねー、セッちゃんとどんな話をしてたの?」
主にスキルについて教えてもらっていた事を伝える。
「そっかそっか。スキルかー。私はスキルと呼べるほどの技術は持ち合わせていないからなー」
話を聞くと、ミリーリアは魔力を体に纏わせることにより、受けるダメージを抑える事は出来るらしい。
スキルじゃないのか聞いてみたら、もう少し精度を上げないとスキルとは呼べないそうだ。
この程度の事なら魔力を扱える者は、誰でも出来るとの事。
俺は魔力を扱えているのだろうか?
「アラタは金棒を使いこなしてるよね? 普通はその重さの金棒をあそこまで振り回せないよ」
俺が金棒を扱えているのは【鬼に金棒】の効果だと思うのだが、言わないでおく。
あれ? そう考えると、俺は【コトワザ】を無意識に使ってるって事か?
セレイナが言うように、身体強化も無意識に使っているのだろうか。
「うーん、そうなのかな? 結局良くわからないんだよな」
「魔法とかない世界から来てるんだから、感覚が掴めなくても焦る必要はないよ」
ミリーリアは優しく諭してくれる。
「そういうもんか。それでも出来る事はしておきたいからな」
「何か協力できる事があったらいつでも言ってね」
「おう。頼りにしてます」
「任せなさい!」
そんなやりとりを交わしていると、俺の口からあくびが漏れた。
「あ、ごめんね、呼び止めちゃって。疲れてるよね。後は私に任せてアラタはもう休んでも大丈夫だよ」
もう少し話したかったが、この後もダンジョン探索は続く。
体力回復の為にもそろそろ寝た方がいいだろう。
「それじゃお言葉に甘えて。おやすみ」
「おやすみなさーい」
テントに入る前に、体を拭くために水をしみ込ませた布を絞る。
俺が一番お世話になっている【コトワザ】は、【心頭を滅却すれば火もまた涼し】じゃないかなと思いながら、テントの中で体を拭き、眠りについた。
※6月11日(金)0時追記
次話の更新は6月14日(月)を予定しております。
詳細は活動報告に記載いたしました。




