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騎士団の訓練施設で顔合わせを終えてからの数日間、今までと変わらずサーナさんから教会について教えてもらう日が続いた。
気分転換に宿の裏庭で金棒を振ったり、魔力というものを感じようと色々試しているが、手掛かりは掴めずにいる。
裏庭で『スタンプ』が発動したら迷惑なので、実際に地面に向かって振り下ろしてはいないが、恐らく発動する事はないだろう。
スキルはそう簡単に使える様になるものでは無いという話なので、焦っても仕方がない。
しばらくは金棒の扱い方を忘れないように、感覚を体に覚え込ませる事に時間を使っている。
そして俺は今日、教会関係者として最低限の振る舞いが身についているかの最終テストを受けた。
「大丈夫そうですね」
完璧ではないが、一時的に学園で過ごす分には問題ないと言えるようになった。
「付き合っていただいてありがとうございました。学園に通うのはいつになりそうですかね?」
「そうですね……時期を見計らって、という事になりますが、そう遠くはないと思います」
サーナさんは今日にでもテストの結果をマルセト司祭に報告し、具体的にいつから学園に通えるか確認してくれるようだ。
今後の予定について話し合っていると、ドアをノックする音が聞こえてきた。
「セレイナ様とミリーリア様がお見えです」
サーナさんは二人を迎えに行き、すぐに戻って来た。
「どう? 勉強は進んでますかね?」
「アタシ達とダンジョンに行きたいって言っておいて、勉強が進んでいないから無理とか言わせないわよ?」
二人は学園が終わってこの宿に来たのだろう。
制服姿の二人は部屋に入るなり、そう口にした。
「サーナさん二人に伝えてください。今までの俺の成果を」
なぜかサーナさんは目を伏せ、言いにくそうに、ゆっくりと口を開く。
「実は……今日、確認のテストを行ったのですが……」
いや、サーナさん?
さっき大丈夫って言いましたよね?
ほら、何も知らない二人も何かを察したって顔になってますよ?
「そっか、仕方ないよね。アタラは難しい立場だし、そっちを優先した方がいいよね」
「そうね。無理して明日から資金稼ぎをする必要もないし、また次の機会もあるわよ」
「いや、待った待った。問題ないから! 合格判定貰ったから!」
二人は事実確認をするように、サーナさんに視線を向ける。
「アラタ様がおっしゃる通り、学園に通っても問題はないと私は判断いたしました」
「ですよね? 何であんな小芝居を?」
「私が伝えるよりも、アラタ様が直接伝えるべきではないかと思いまして」
俺から伝えるよりも、サーナさんから伝えられる方が説得力があると思ったのだが、裏目に出たようだ。
「じゃあ、明日からは空いてるって事?」
俺はサーナさんを見る。
「そうですね。アラタ様が学園の寮に入るまでは私もこの宿に滞在しますが、この後の期間は特にやる事もないので、どう過ごされても構いません」
「明日から三日間アラタとダンジョンに行ってもいいって事?」
「はい、どうぞ」
不安そうな表情をしていた二人は、安堵したのか一息ついた。
「ところで、三日間ダンジョンに行って学園は大丈夫なのか?」
俺がそう確認したところ、学園の一週間は、四日授業三日休みのサイクルで運営されているそうだ。
なので、明日ジェドスダンジョンに向かい、ダンジョンで一泊し二日目までダンジョン探索を行う。
そして、二日目の夜は『渡り鳥の集い亭』で一泊し、疲れを取った後に王都に戻るという予定を組んでいるとの事だ。
「私たちは慣れてるけど、今後の事も考えるとアラタにも夜番を経験してもらう必要があるしね」
前回の移動の時は夜番は団員さん達が受け持ってくれていた。
今後は自分たちで夜の安全は確保しなくてはいけない。
「了解。今日は早めに寝て明日に備える事にするか」
「王都までの移動でもそれほど疲れていなかったみたいだし、そんなに気負わなくてもいいわよ?」
「夜番ってのがどんなもんかわからないからな。念のためにな」
「アラタ一人に任せる気はないわよ? その辺も追々かしらね」
明日以降の予定の確認を終えた二人は、寮に戻ると言う。
サーナさんも教会に今日の最終確認テストの結果を伝えるため外出するというので、女性陣三人は仲良く宿を後にした。
夕飯時まで宿の裏庭で運動しようと金棒を振っていると、サーナさんが戻って来た。
「アラタ様、学園の制服を預かっております。一度袖を通されてはいかがでしょう?」
学園の制服を手渡される。
運動を止め、自室に戻り制服を着てみる事にした。
男子生徒用の制服は、紺のブレザーに白いワイシャツ、赤いネクタイで、ズボンはグレーというシンプルなものだった。
この制服も最低限の防御性能は備えているらしい。むしろ俺の普段着よりも性能は上だ。
サーナさんには制服を着崩すことはないようにと釘を刺されている。
教会の関係者として、服装の乱れは許されないようだ。
制服に袖を通すと、少し懐かしい気持ちになる。
元の世界ではそろそろ学校が始まっている頃だろうか。
あっちでは俺はどういう扱いになっているんだろうか。
「アラタ様、いかがですか?」
そんな思考にふけっていると、ドアの外からサーナさんの声が聞こえてきた。
少し時間が掛ったので、制服の着方で悩んでいると思われたようだ。
着替えは終わっているので入室してもらう。
「どこからどう見ても学園生ですね。似合ってますよ」
サーナさんからお褒めの言葉をいただいた。
明日の移動中から着るべきか確認すると、正式に学園に通っているわけではないので、まだ着ない方がいいと言われた。
ミリーリアとセレイナに見せたい気持ちもあったが、正式に学園に通うまで披露しないでおくことにした。
そのまま部屋着に着替え、サーナさんと共に夕食をとった後、明日からのダンジョン探索に向けて早めに寝る事にした。
翌日、朝食を済ませ自室でミリーリアとセレイナが来るのを待っていると、部屋をノックする音が響く。
二人が到着したようだ。
受付前にいる二人と合流し、俺たちは乗合馬車の停留所へと向かう。
ジェドス行き片道一人三千ヴィル。
二頭引きの馬車は満員だ。
隣に座るミリーリアとの距離が近い。
王都を一望できる山を登り切った頃、俺はお尻の痛みと戦っていた。
「なぁ、乗合馬車が通ってるなら何でこの前は王都まで歩いたんだ?」
お尻の痛みを忘れるため、他の乗客の迷惑にならないよに小声で話す。
「経費削減のためだよ」
移動に掛かる費用もしっかり計算しているらしい。
「それに……馬車の移動は疲れるし」
ミリーリアは言いにくそうに付け加えた。
恐らく今の俺と同じ悩みを抱えているのだろう。
座席には気持ち程度のクッションが敷かれているが、衝撃を吸収しきれてはいない。
今後も馬車移動の機会があるのならクッションを用意してもいいかもしれない。
馬車は途中で一度休憩を挟み、昼過ぎにジェドスの街に到着した。
門の前で降りた俺たちは、そのままダンジョンへと向かう。
「さぁ、今日も頑張るよ!」
ジェドスダンジョンへ向かう道中から、ミリーリアはハイテンションだ。
ダンジョン前の露店を素通りし、受付の騎士に入場料を払う。
二日潜るから二倍の料金がかかるという事もなく、俺たちはダンジョンに足を踏み入れた。
二度目のダンジョンという事もあり、太陽が見える事にも驚かなかった。
「ところで、奥まで行くっていうのはどこかに同じような階段みたいなのがあるって事か?」
「ジェドスダンジョンは階層型じゃなくて、範囲型ね」
ジェドスダンジョンは広範囲に広がっていて、階層という概念がある訳ではない。
純粋に出入口から離れるほど敵が強くなっていくダンジョンだと説明を受けた。
「それなら入り口で売ってる地図って役立つのか?」
「あぁ、あれは詐欺みたいなものね。下調べもしないでダンジョンに潜る初心者が買ってくれれば儲けものって感じね」
とは言っても、出入り口周辺に出現する魔物の情報などは正しいので、全く役に立たないという事はないらしい。
ただ、出現する魔物の情報はある程度冒険者ギルドでも手に入るので、買う価値はないそうだ。
そんな話を聞きながら、俺は魔法袋から金棒を取り出す。
さぁ、行くぜ相棒! デビュー戦だ!
ガーノスト騎士団長との模擬戦は別カウントです。
前回のようにコボルトが居る場所にセレイナに案内してもらう。
「まずは俺からいいか?」
「いいよー。“犬も歩けば棒に当たる”はいる?」
「まずは無しでいいかな」
「わかったよ」
セレイナの足が止まる。
視界の先にはコボルトが三体。
気づかれる前に俺はコボルトに向かって走り出す。
こちらに気付いたコボルトが一斉に俺に向かって駆け出してきた。
正面から飛び掛かってきた二匹のコボルトに向かって全力で横なぎに金棒を振るう。
横から回り込んで来たコボルトの体当たりは一度避け、そのまま背後から『スタンプ』を使うイメージで金棒を叩きつける。
だが、『スタンプ』が発動した形跡はみられなかった。
久しぶりだけど、しっかりコボルトを倒すことが出来て、少し安心した。
魔石を回収し、二人の下へと戻る。
「お疲れ様。全く苦戦しなかったわね」
「アラタやるじゃん。この調子でどんどん行こう!」
セレイナの案内で、俺とミリーリアは交互にコボルトを倒していく。
しばらく繰り返すと、セレイナが足を止めた。
「この先から出てくる魔物が変わるわ。ホーンラビットっていう角が生えた兎ね。コボルトより小さいくて素早いからアラタは注意して。特に角には気を付けるのよ」
「了解。ところで何でわかったんだ? 景色に変化はなかったと思うんだが」
「『索敵』に反応する気配が変わるのよ」
セレイナがコボルトを探すことが出来ていたのは『索敵』という技術を使っているからだそうだ。
範囲は半径三十メートル前後で、数もわかるらしい。
スキルと言えるんじゃないかと思ったのだが、どうやら違うらしい。
スキルとしての『索敵』は、有効範囲を直線上に伸ばし、距離を稼ぐなど自分の意志で調整できる。
さらに、範囲内に反応があれば、対象の大きさや形もわかるのだとか。
セレイナが使っている『索敵』は、まだその域に達していないと本人は言う。
ホーンラビットは一体だけらしいので、俺一人で戦ってみる事にした。
ホーンラビットを視界に捉えた俺は、全力で走り出す。
向こうもこちらに気付いたようだ。
ホーンラビットは俺に背を向け逃げ出した。
へ? 逃げるの?
「アラタ伏せて!」
セレイナの声に従い、俺が伏せると、俺の真上を風切り音が通過した。
伏せたまま前を向くと、少し遠くの地面に矢が刺さっている。
立ち上がり、矢の方へ向かうと、コボルトから入手できる魔石と変わらないサイズの透明な魔石が落ちていた。
追い付いてきた二人に恨みがましい視線を向ける。
「逃げるなら先に教えてくれてもいいじゃん」
「あら、何も聞かずに戦いたいって言ったのはアラタじゃない」
それはそうだけどさ。
「逃げられると面倒だからホーンラビットはダンジョンではあまり人気はないわね」
「ダンジョンでは?」
「そう。ダンジョンで魔物を倒すと、時々素材が残るって話はしたわよね? ダンジョンの外にもホーンラビットは生息していて、そっちは肉がなかなか美味しいから人気よ」
「つまり、ダンジョンにいる魔物は外にもいるって事か?」
「そういう事ね」
これも厳密にはわかっていないダンジョンの謎らしい。
ダンジョンの中と外で、生息している魔物に差があるのか。
今の所、ダンジョン内限定の魔物というのは発見されていないらしい。
「考えても仕方ないわ。ところでどうするのかしら? このまま連携の確認をしてもいいし、素通りして奥まで進んでもいいわよ」
この先に進むと、次に出てくる魔物はウルフになるそうだ。
「ウルフならミリーも戦えるだろうし、そっちの方がいいか」
「え? 私?」
何故かミリーリアは驚いている。
「“犬も歩けば棒に当たる”でウルフも何とかならないか?」
「え? ウルフって狼じゃん」
「いや、イヌ科だろ」
「イヌカ?」
狼も犬の仲間だと説明したが、受け入れて貰えなかった。
俺としてはコボルトが犬扱いという方が納得いかない。
どちらの言い分が正しいのか確認しようではないか。
「ウルフでも連携の確認は出来るよな?」
「えぇ。出来るわ」
イマイチ納得していない二人と共に、俺はさらにダンジョンの奥へと向かった。




