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 騎士団の訓練施設は、南区に架かっている橋から離れた、川側の堤防沿いにあった。

 大きめの二階建ての建物が一棟と、馬房、それに物置のような小屋がいくつか建っている。

 建物は騎士団の待機所というにはあまりにも質素な造りなので、本当に訓練に使うだけの施設なのだろう。

 学校のグラウンドくらいの広さの敷地には、的や巻藁などが規則正しく並んでる。

 グラウンドには見知った隊員さん達が各々訓練に励んでいた。


 すれ違う隊員さん達に軽く会釈をしながら、ロイさんの案内で建物の二階にある応接室へ向かう。


「ロイです。コトエダアラタ殿とシュルーケル殿をお連れしました」

「入れ」


 ドアの向こうから低い、重みのある声が聞こえた。


 ロイさんとシュルーケルさんが真面目な顔をしている。それだけでこれから会う人物が怖い人に思えてきた。


 ロイさんとシュルーケルさんに続き、俺も応接室へと足を踏み入れる。


 応接室にある執務机の後ろに、スキンヘッドの男性が立っている。

 この人が騎士団長の一人、ガーノストさんか。


 歳は四十台後半から五十台前半、彼の左頬に残っている目尻から口元にかけて切り傷の痕が、歴戦の戦士である事を物語っているように感じる。

 シンプルなシャツの上からでもわかる筋肉の盛り上がり。俺とは身体の厚みが根本的に違う。

 

「ご無沙汰しております。ロイから話は聞いていると思いますが、今日はコイツの事で話があって来ました」


 そう言って、シュルーケルさんは横から俺の背中を軽く押す。


「初めまして。コトエダアラタと言います。えっと……使い魔として他の世界からこの世界に召喚されました」


 ガーノスト騎士団長は頬の傷を一撫でし、俺の全身を観察するように瞳を動かす。


「王都第七騎士団騎士団長のガーノストだ。ロイより話は聞いている。なるほど。確かに問題はなさそうだな」


 ガーノスト騎士団長の表情が少し和らいだような気がする。


「立ち話も何だな。そこのソファーにでも掛けてくれ」


 指示に従い、俺とシュルーケルさんはソファーに座る。ロイさんは俺たちの後ろに控えるようだ。

 俺たちの正面に座ったガーノスト騎士団長が口を開く。


「さて、ロイより話は聞いたが、実際に君の口から聞きたい。何が目的でこの世界にやってきた?」

「何か目的があってこの世界に召喚されたわけではありません。ただ、この世界で出会った人たちのおかげで目的は出来ました」


 俺は会議室での出来事、王都に着くまでの道中で感じた事、これからどうしたいかを順を追って伝えていく。先日教会で知った事は伏せて話を進める。


 最終的な目的は元の世界に帰る事だが、その過程をどう過ごすか。

 未知の体験だ。どうせなら楽しむに越したことはない。

 ただ、楽しむためには相応の実力が必要だ。


 ガーノスト騎士団長は俺の話に時々頷き、耳を傾けてくれている。


「なるほど。それが君の目的か」


 頬の傷を一撫でしたガーノスト騎士団長は、シュルーケルさんに視線を向ける。


「シュルーケル、娘達をこの二人に任せるという事は、お前はこの男を信用しているんだな?」

「えぇ。アラタがこの世界に召喚されて、言葉が通じない頃から見てましたから」

「そうか。お前とロイは多少の付き合いがあるからこの男の事を信用できるだろう。だが、俺は今日初めて会った訳だ。王国を守る騎士団長として、この男を見極める必要がある」


 ガーノスト騎士団長は頬の傷を撫で、俺に向け短く告げる。


「危険度を測りたい」



 応接室から外への移動中、俺が使う武器についてガーノスト騎士団長に聞かれた。

 隠す意味もないので、金棒を取り出して見せる。

 シュルーケルさんとロイさんは少し驚いた後、どこか納得したような表情を見せたが、ガーノスト騎士団長は表情に変化はなかった。


 グラウンドに着くと、ロイさんの号令で訓練をしていた隊員さん達が一斉に集まり、整列する。

 これから模擬戦を行うので、グラウンドの中心部を空けて訓練をするようにロイさんが伝える。

 隊員さん達は了解の意を伝え、各々自分の訓練に戻って行った。


 人数が少ないような気がしたので聞いてみると、今日は第五小隊は非番で、ここにいる隊員さん達は自主的に訓練を行っているとの事だった。

 行軍明けだというのに、休まず訓練を行う隊員さんを見習いたいと思ったが、彼らは今日俺が騎士団長と模擬戦を行うと予想して自主訓練を行っているようだった。


 俺もシュルーケルさんやロイさんという実力者同士の模擬戦を見たいと思ったので、隊員さん達の気持ちが良く分かる。

 ただ、俺とガーノスト騎士団長の模擬戦を見た所で俺が転がるだけだと思うんだ。

 果たして隊員さん達は得るものがあるのだろうか。

 余計なお世話か。


 それよりも自分の心配をしないといけない。

 模擬戦という事だが、俺が使う武器はついこの前購入した金棒。

 マノト村でもそうだったが、模擬戦用に使う木製の武器は用意されていない。

 遠征には不要だと考えると、マノト村で色々試した武器が全て実戦用であったのは納得できる。


 だが、ここは訓練施設だ。

 木製の棍棒はないのかロイさんに確認したのだが、返ってきた答えは「そのままで大丈夫です」という微妙にズレたものだった。

 

 正直この金棒を人に向かって全力で振るうというのは抵抗がある。

 金棒を選んだ理由の一つとして、万が一対人戦になった場合、刃物を握っていたら、俺は恐らく突き立てる事が出来ないと判断したというのもある。


 だからと言って金棒なら全力で振るえるかと言えばそうとも言えない。

 多少はマシだろうが、当たり所が悪かったら最悪の事態が起こるだろう。それは避けたい。


 そう伝えると、ニヤリと笑みを浮かべるガーノスト騎士団長。

 あちゃーと言いたげなジェスチャーを取るシュルーケルさん。

 ロイさんはどうすればいいのか困った顔をしている。


「安心していい。君の攻撃が俺に当たる事はない。断言しよう」


 自信満々にガーノスト騎士団長が言い放つ。

 

 どうしてこの世界の実力者はこうも自信ありげなのか。

 武器屋で試し振りをした感覚では、俺は思ってる以上に金棒を使いこなせていたと思う。

 万が一ってのはあるはずだ。


「そう思うのなら、俺が考えを変えるような力を見せてみろ」


 結局俺の提案を聞き入れてもらえぬまま、模擬戦を始める事になった。


 俺と対峙するガーノスト騎士団長からは緊張感は感じられない。


 いつでもどこからでも攻撃していいと言われているので、手始めに全力で駆け寄り、腕を目掛けて金棒を横なぎに叩きつける。

 ガーノスト騎士団長は避けるでもガードするでもなく、そのまま自身の腕で俺の金棒による攻撃を受ける。


「こんなものか。確かに危険視する必要はなさそうだ」


 こんなものかって……。

 俺の手に返ってきた感触は、ゴムに棒を叩きつけたような感触だった。

 人に向かって武器を振るった事がないから全力でないのは間違いない。


 まともに受けられるとは思っていなかった俺は、一瞬体が固まってしまった。


「どれ、防御面はどうだ」


 そう聞こえた瞬間、腹部に鈍い痛みが走り、後ろに吹き飛ばされる。

 金棒を持っている影響で思うように受け身を取れなかったが、何とか勢いを利用して立ち上がる。


「【身体強化】はそこそこの練度のようだな。わかっただろう。君が気を遣う必要はない」


 俺に聞こえる声でガーノスト騎士団長が語り掛けてくる。


 わかっただろうって言われてもな。

 そもそも【身体強化】とやらを使っている覚えがない。


 そんな事を考えていると、ガーノスト騎士団長がゆっくり俺に近づいてくる。


「どうした? さっきのが本当に全力なのか? その程度の覚悟なら君とパーティーを組む冒険者は間違いなく命を落とすぞ」


 俺は無意識のうちにガーノスト騎士団長の下へ駆け出していた。


 そのまま彼の体に金棒を叩きつける。

 ゴムの様な弾力性に弾かれながら、俺は金棒を叩きつけ続ける。


 彼は頬の傷を一撫でする。

 そして、攻撃を受けるのではなく、回避し始める。


「ふむ、まだ手を抜いているな。そうだな、君のその気遣いがこういう事態を招く」


 回避に専念していたガーノスト騎士団長は、するりと俺の横を抜け、俺の後ろにいたシュルーケルさんとロイさんの方へと駆け出して行った。


「これが君のパーティーメンバーだとするならば、命の危機に陥ったことになる」


 言葉が出ない。

 彼の言っている事は正しいのだろう。


 呆然と立ち尽くす俺に向かって、ガーノスト騎士団長は問いかけてくる。


「棍棒を選んだ理由は人を殺めたくないからだと言ったな。人によっては甘いと断じる者もいるだろうが、俺は好ましく思う。だが、それは実力が伴っている場合の話だ。今の君は迷い過ぎている。それだと無力化は出来ない」

「ではどうすれば……」

「俺を信じて全力で打ち込んでくるがいい。全てを受け止めよう」

「……」

「君の覚悟はその程度か?」


 ガーノスト騎士団長だけではない。彼の後ろにいるシュルーケルさんもロイさんも真剣な眼差しで俺を見ている。


 覚悟を決めよう。


「わかりました。全力で行かせてもらいます」

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