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「あっちね」


 昼休憩が終わり、午後の狩りが始まった。

 俺の手にはミリーリアに借りた棒。

 長さは野球のバットよりも少し長いくらいで、太さは物干し竿程度といったところか。

 探索を開始する前に軽く振ってみると、扱えない事もないといった感じだった。


 俺たちを先導するセレイナの足が止まる。


 二十メートル先だろうか。視界の先に、コボルトと思われる魔物の姿が確認できた。

 ミリーリアの時と比べると、セレイナが足を止めた時のコボルトとの距離が開いている。


「タイミングは任せるわ。フォローはするから好きなように動いていいわよ」

「頑張ってね!」


 弓に矢を番え、いつでも援護射撃が出来る状態のセレイナ。

 体の前で両手を握りしめ、応援してくれるミリーリア。


 方や臨戦態勢、方や無防備な状態で俺の応援。武器を借りているとはいえ、ダンジョン内ではセレイナの佇まいが正しいだろう。

 そんな対照的な二人を目にし、シュールな光景に笑いそうになってしまう。


「俺よりもミリーをよろしく。武器を借りてるから無防備だしな」

「コボルト相手に後れを取る私じゃありませんー」

「他人を気にする余裕があるなら大丈夫そうね」


 そんな気安いやり取りを二人と交わす。いつも通りの彼女たちをみていると少し安心する。


 俺は一度大きく息を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。

 二人の様子を見る限り、本当に危険はないのだろう。

 後は、俺の気持ち次第。


「んじゃ、行ってくる」


 

 音を立てないよう、慎重に、ゆっくりコボルトに近づいていく。

 残りの距離が十メートルくらいになったとき、向こうも俺に気付いたのか、こちらに向かって走り出す。


 見つかった以上仕方ない。

 俺も走り出し、コボルトとの距離が一気に縮まる。


 棒をいつでも薙ぎ払えるよう俺が構えるのと同時に、コボルトも威嚇するように逆手に持つナイフを振り上げた。


 ──聞いてないって!!


 リーチは俺の方が長い。俺の方が先に倒せる。外したら? どの辺から振ればいいんだ? 力加減は? とりあえず全力か?


 一瞬の逡巡。


 余計な思考は、コボルトには俺にアドバンテージがあるリーチの差を埋めるには十分な時間だった。

 コボルトがナイフを振り下ろす。

 反射的に足を動かし回避する。


 近い。棒を振っても当たるのは持ち手に近い部分。致命傷には至らないだろう。

 空振りしたコボルトは、俺に向かってナイフを振り上げる。

 

 上体を反らし、再び避ける。

 距離を取ろうと後ろに下がるが、コボルトもピッタリついてくる。そして、無造作にナイフを振り回す。

 一撃の威力より、確実に傷つける事を選んだようだ。

 俺はナイフが当たらないよう、時に避け、時に体を反らす。


 生存本能がもたらす集中力の影響か。

 これまで相手にしてきたシュルーケルさんやロイさん、あるいは狼の動きを見ているからか。

 コボルトのナイフを避けるのを難しいと思わなくなった。

 そして、考える余裕が生まれた。


 俺の役割は後衛の二人に攻撃が行かないようにする事。

 十分に役割が果たせているような気がする。

 お試し戦闘でないのなら、セレイナかミリーリアが何とかしてくれているだろう。

 何とかダンジョンでもやっていけそうだ。


 コボルトを視界に収めつつ、周囲の様子を確認する余裕も生まれてきた。

 俺はコボルトの注意を引くため、武器を振るフリをする。

 コボルトは足を止め、俺の攻撃を防ぐ仕草を見せる。


 いつの間にか、俺とコボルトの位置は入れ替わっており、コボルトの後ろにセレイナとミリーリアの姿が確認できた。

 そして、二人のさらに後ろからコボルトが向かってきているのも。


 二人は俺の戦いを注視しているのか、背後から迫りくるコボルトに気付いていない。


「危ない!」


 俺はそのまま棒を横なぎに払い、二人の方へ向かって全力で駆け出す。

 

 ──間に合え!


 ミリーリアとセレイナの間を通り抜け、二人の背後から襲い掛かろうとしているコボルトに向かって勢いよく棒を振り下ろす。


 棒で地面を叩いた衝撃が手に伝わってくる。


「アラタ!」

「大丈夫!?」


 二人の声が聞こえ、安心した俺はしりもちをつくように座り込んだ。


「ぐぇ」


 座り込んだ時に漆黒のマントを巻き込んだ影響で首が絞まった俺から、間抜けな声が漏れた。


 

「【イタイノイタイノトオイオヤマヘトンデイケ】」

「お疲れ様」

「二人とも怪我はなさそうだな」


 改めて二人を見ると、怪我をした様子は見られなかった。

 当然と言えば当然だが、それでも後ろからの不意打ちを防ぐことが出来た。

 そして、コボルトを倒す事も。


 沈黙。

 二人とも俺の出方を伺っているのがわかる。

 

「聞くまでもないけど、一応感想よろしく。辛口で」


 座り込んでいる俺に目線を合わせるように、二人もしゃがみ込む。


「そうね……。自分でも薄々気付いているのでしょうけど、躊躇(ためら)っていたわよね?」


 やっぱりバレている。

 おそらく、最初にコボルトに接近された時も、そのまま俺が棒を薙ぎ払えば危険な目に合う事なく倒せていただろう。


「あぁ。否定は出来ない」

「そうよね。ところでアラタはゴーレムって知ってるかしら?」

「砂とか岩とかで出来てるヤツか?」

「おおよそそんなイメージね。ゴーレムってどうやって動いていると思う?」

「核のようなものがあって、それを動力にしてるんじゃないのか?」

「その認識でいいわ。そこまで知ってるって事はアラタの世界にもあったのかしら?」

「いや、あー、なんて言えばいいんだろ? 御伽噺に出てくるくらいで、実在はしてないかな」


 俺の知らないところで実在してるとかはないよな?


「そのゴーレムを倒すとどうなるって言われてる?」


 何となく言いたいことがわかった。

 俺が何かに気付いたと察したセレイナの表情が、真剣なものから優しさを含んだものに変化する。


「結局、俺が戦ったコボルトも、ゴーレムも作り物って事か」

「断定はできないけどね。アタシ達は学園で訓練用ゴーレムがどうやって生まれるか目にしているから、そう思えているのかもしれないわ。だから、気に病む必要はないのよ?」


 ダンジョンのコボルトは倒すと魔石になる。

 ゴーレムも倒せば核と素材になると思う。多分そんなものだろう。


 違いといえば、姿が生物っぽいか否かだけなのだろう。

 そう考えると、罪悪感が薄れていく。

 これが正しい感覚なのかどうなのかはわからない。

 

 しかし、俺が躊躇う事によって、二人に危険が及ぶよりは遥かにマシだ。

 

「ありがと。少し気が楽になった。他には?」

「んーとね、まずはお疲れ様」

「ありがと。後、回復もありがと」


 次はミリーリアだ。

 その表情はどこか嬉しそうだ。


「こっちこそありがとう。後ろから来てたコボルトに気付いて、私たちを守ってくれたんだよね?」


 うっ、そう言われると恥ずかしい。


「前衛を引き受けるって宣言した以上、それが俺の役目だからな」


 照れ隠しからぶっきらぼうにそう答えた。


「それでも、だよ。アラタはさ、これがダンジョンの外だったらどう動いてた?」


 外の場合、か。

 一切ためらうことなく同じ動きをしていただろう。


「多分変わらないかな」

「襲われそうになってるのが私たち以外だったら?」


 難しい質問だ。


「んー、それでも動いてるんじゃないか? 自信はないけどね」

「それが冒険者なんだよ。誰かのために自分が動きたいって思って行動する。今回は守りたいって思ってくれたのかな? 実際に守ってもらった私は嬉しかったんだよ。きっと他の人もそう思うんじゃないかな?」


 そう思ってくれているなら俺も頑張った甲斐がある。


「それでもね、私に出来る事なんてたかが知れてるの。アラタはシュルーケルさんが言ってた事覚えてる? ビッグウルフを倒した後の事。シュルーケルさんは、“考えろ”って言ってたよね?」


 確かに言っていた気がする。


「私なりに考えたんだ。もしも村の誰かが襲われたらって。きっと怪我、ううん、怪我じゃ済まない事もあるって思うの。だからね──」


 彼女は続ける。


「私は躊躇わない。私のせいで誰かが傷ついたって知ったら絶対に後悔するから」


 そう語るミリーリアの瞳からは、強い決意が感じ取れた。


「これが私の気持ち……なんてカッコイイ事言ってみたけど、私なんてまだまだなんだけどね」


 ミリーリアは少しはにかみながら目を逸らした。


 強いな。

 俺は率直にそう思った。


「そっか。そうだよな。俺も頑張らないとな」

「アラタは無理しないでいいんだよ? 【コトワザ】を教えてくれるだけでも私は助かってるんだし」

「いや、大丈夫」


 これは俺の本心だ。


「もう躊躇わない。俺が躊躇ったせいで二人が怪我をしたら悔やんでも悔やみきれないからな」


 何かさっき似たようなセリフを聞いた気がする。

 だが、俺もそう思ったんだから仕方がない。


「二人ともありがとう。気持ちに整理がついた。このまま次……」


 そう言いかけて、ミリーリアが無防備な事を思い出す。


「と言いたいところだけど、さっきみたいな事があると考えると、ミリーから武器を借りるってのは不味いか。んー、どうしようか」

「別に問題はないわよ?」

「いや、さすがに無防備っていうのは俺が不安だ。またさっきみたいな事があるかもしれないし」

「あぁ、後ろのコボルトの存在にはもっと前から気付いてたわ」


 え?

 二人の顔を交互に見ると、さも当然といった表情だ。


「あの状態で“一石二鳥”を使ったらどうなるか気になるねって話もしてたよ?」


 え?

 そんな余裕があったの?

 俺、結構必死だったんだけど……。


「指輪があるとは言っても、ぶっつけ本番ってわけにもいかないから止めておこうって事になったけどね」


 彼女たちは本当に強いなと思った瞬間だった。

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