第31話 鬼ごっこ
「で、今度は何を見せてくれるんだ?」
再び位置に着いたシュルーケルさんが問いかけてくる。
「そうですね……。ちょっとした遊びのようなものですかね?」
そう答えて、俺は説明する。
ルールは単純。
俺、ミリーリア、セレイナの三人を捕まえる。
ただそれだけだ。
「何やら自信があるみてーだな。ある程度本気でいいのか?」
出来れば控えめで──
「いいよ!」
「わかった」
おいミリーリア。君は半信半疑だったじゃないか!
「合図は?」
「いらないわ」
セレイナもノリノリだ。若干笑みを浮かべている。
「【ニトヲオウモノハイットヲモエズ】!」
ミリーリアが【コトワザ】を唱える。
それと同時にシュルーケルさんの顔が俺の目の前に現れた。
近っ! こっわ! 笑ってるよ!
逃げ出したい! でもこれは実験も兼ねている。
動くわけにはいかない。
俺に掴みかかろうとするシュルーケルさん。
しかし俺に触れる事が出来ない。
シュルーケルさんの手が空を掴む。
何度も何度も俺を掴もうとするが、その度にシュルーケルさんの手は俺を避けるように別の所を掴む。
掴むのを諦めたのか、今度は俺に突きを入れようとしているようだ。
拳が高速で接近してくる。
それでも俺には当たらない。
本当に生きた心地がしない……。
俺の心臓はドクドクと鳴りっぱなしだ。
シュルーケルさんはバックステップで俺から少し距離を取り、右足で地面を蹴り上げる。
飛来する石礫。
俺は咄嗟に腕で顔をガードする。
礫の衝撃が俺を襲う。
顔面直撃だけは免れた。
ガードを解くと、獰猛な笑みで俺に攻撃を加えようとしているシュルーケルさんが。
ガードを解くんじゃなかった……。
シュルーケルさんは埒が明かないと判断したのか、俺への攻撃を諦め、後ろの二人の方へ向かう。
ミリーリアもセレイナも迫りくるシュルーケルさんを見ても微動だにしない。
俺のように攻撃を加えられる様子はなく、肩に手を乗せようとしているみたいだが、その手は空を切る。
しかし、その状態は長くは続かなかった。
先程まで空を切っていた手が二人の肩を捕える。
「ちょっと! 痛いんだけど!」
「シュルーケルさん痛いよ!」
効果時間が切れたようだ。
「わりー、強かったか。つい、な……」
【二兎を追う者は一兎をも得ず】は、シュルーケルさんにも効果があったようだ。
そしてターゲットが三兎、いや、三人になっても効果を発揮する事もわかった。
元々、今日試す予定であった【二兎を追う者は一兎をも得ず】だが、期待はしていなかった。
二つの事をうまくやろうとすると、結局両方うまくいかないという意味の【諺】なので、特に効果はないだろうと考えていた。
それでもミリーリアは午前中に発声できるようになっていたので、効果を調べてみようとなったのだ。
そして始まった鬼ごっこ。
最初は俺が鬼だった。
もうね、全力で二人を捕まえようと頑張りましたよ。
セレイナには瞬間移動があるとはいえ、それがどうしたという気持ちだった。
がむしゃらに追いかけましたとも。
少しショックだったのは、簡単に捕まえられると思っていたミリーリアを捕まえられなかったことか。
結果的には捕まえられたのだが、それはミリーリアが転倒したからであって、俺が追い詰めたからではない。
転倒した彼女の肩に触れようとしたのだが、俺の手は空を切った。
何度も試すが触れる事が出来ない。空を切り続ける俺の手。
セレイナに「何やってんのよ」と呆れた表情で言われ、状況を説明しようと彼女の方を向いた時、俺の手が何かに触れた。
セレイナが目を吊り上げる。
俺は何に触れたのだろうか。
転倒後、ミリーリアは俺の位置を確認するためこちらを振り向いていた。
彼女の肩に触れるつもりで動かしていた手に伝わってきたのは布越しの柔らかい感触のみ。
考えるのは止めよう。
何かに触れていた手を戻し、俺はセレイナから目を反らすことなく静かに告げる。
「効果時間が切れたのか」
恐らくミリーリアの方を向いたら負けだろう。
俺は彼女の肩に触れた。
そう考えていると思われるように振舞う事にした。
「何かに阻害されているような感覚っていうのかな? 触れようと思っても触れられない。そんな感じだった。効果時間が切れたのか、無事肩に触れる事はできたみたいだけどね」
ここまで言い終えてミリーリアの方を向く。
彼女の頬は少し朱色に染まっている。
俺は先程まで何かに触れていた手を差し出す。
「立てるか?」
ミリーリアは少し俯きながら俺の手を取り立ち上がった。
「さて、次はミリーが試すか?」
「そうだね。アラタがしてた変な動きが気になるし」
よし! 逃げ切った!!!
そして今度はミリーリアが【二兎を追う者は一兎をも得ず】を自身にかけるが、俺は普通に捕まった。
固まる俺とミリーリア。
冷たい視線を俺達に向けるセレイナ。
何でだよ! 何が悪かったんだよ!
自分には効果がないのか?
相手に使う【コトワザ】なのか?
「セレイナ、悪いけど鬼役やってくれないか?」
「ええ、いいわよ。丁度そんな気分だったの」
言葉に棘があるような気がするのですが……。
「ミリーはまだいけそうか?」
「【コトワザ】も体力もまだまだ平気だよ」
「追いかけるの面倒だから二人はそのまま動かないで」
その提案を俺たち二人は受け入れる。
そして、【二兎を追う者は一兎をも得ず】を受けたセレイナが今度は鬼役となる。
集中的に俺が狙われていたような気がするが、触れられることはなかった。
それはミリーリアも同様であった。
セレイナの表情に困惑の色が浮かぶ。
効果時間が切れるまで、あの手この手でセレイナは俺達に触れようとしたが結局叶わなかった。
「本当に何なのよコレ……」
「俺もわからん……」
「何で私はそうならなかったのかな?」
その後、再び【二兎を追う者は一兎をも得ず】を試そうとしたが、誰一人としてその手が空を切る事はなかった。
「つまり、一度きりって事か?」
「そうなるのかしらね?」
「私は一回もかかってないよ?」
「それも不思議なんだよな。相手にしか効果がないとか?」
「そう言われたらそうなのかも」
「一度きりとは言え、これもかなりデタラメだと思うのよね……」
「効果時間って、大体二十秒くらいかな? 一度きりだと検証が進まないね」
「それくらいじゃなかったか?」
「そうね。二十秒でいいと思うわ」
条件は不明だが、二十秒間ほぼ攻撃を受けないというのは破格の効果だという事になり、今後は最優先で検証しようという事で話はまとまった。
そして、シュルーケルさん程の手練れにも効果がある事が判明した。
「ロイ、お前も試してみるか」
今度はロイさんが試すことになったのだが、何故かロイさんには効果がなかった。
「ミリーリア、調子が悪くなったなら素直に言えよ?」
「大丈夫だよ。ロイさんも私と同じで効果がないのかな?」
「先輩の様子からして、ふざけているわけではないとは思うのですが……。やはり体感してみたかったですね」
「サーナさんだとどうなるんだ?」
突然名前を呼ばれ、検証に巻き込まれる形になったサーナさん。
結局サーナさんにも効果が及ぶことはなかった。
「ますますわからんな。あるとすれば回数制限か?」
シュルーケルさんの推測に俺はなるほどと思った。
回数制限か。
一人につき一度しかかからなかったと考えると、回数制限もあると考えるのが自然な気がする。
ミリーリアには効果がなかったので、実際に体験したのは三人だ。
回数は三回と仮定する事にした。
「そうすると、回復するのはいつかって事になるが……」
試しに俺とセレイナにかけてみるが、効果は表れなかった。
「あの効果なら生涯で三度って言われても納得できるんだよなぁ」
シュルーケルさんが恐ろしい事を言い出す。
だが、効果を考えるとそう言われても反論できない。
使用内訳は鬼ごっこで二回、実験で一回。
勿体ないにも程がある。
「明日以降、移動中にでも試してみてくれ」
そうシュルーケルさんが締めて、検証を終える事にした。




