第29話 一体感
「さて、と。俺はそろそろ戻るぞ」
シュルーケルさんはそう言って席を立つ。
そして、玄関ではなく風呂場へ向かった。
「アラタも入っておけよ。ビッグウルフの臭いがこびりついてるぞ」
自分の服を引っ張り臭いを嗅ぐと獣臭が。
予想以上に強烈でむせ返ってしまった。
臭いを落としたシュルーケルさんは畑へと戻って行った。
「俺も入ってくる。上がったら訓練の事を少し考えるか」
「いってらっしゃーい」
「わかったわ。お父さんのあの様子だと、ミリーの【コトワザ】込みでアタシの矢を受けるつもりだと思うのよね」
セレイナも気づいていたようだ。
「だよなあ。大丈夫だと思う?」
「アタシの矢が当たったことは一度もないのよね……」
「……。風呂入ってくる」
「いってらっしゃい」
心配はいらないようだ。
風呂場に来たが、風呂は沸いていなかった。
水で体を洗う。
冷たい水が俺の身体と頭を冷やしてくれる。
これが実践か。
体は動いた。
動いたのだが、ただそれだけだ。
今のままじゃ、囮としてしか役立てない。
いや、囮としても役立てるかどうか。
攻撃手段……か。
攻撃するということは、命を奪うという事。
俺に出来るのだろうか。
セレイナはためらいもなくあの狼の命を奪っていた。
この世界で生きるという事はそういう事なのだろう。
ミリーリアも戦闘経験があると言っていた。
ならば彼女も命を奪う事を経験しているのだろう。
ふう……攻撃手段、か……。
背中に感じた狼の体温を忘れるべく、頭から水を被り風呂場を後にした。
俺が風呂から上がると、二人は対シュルーケルさん用の作戦を練っていた。
俺も混ざる事にする。
「おかえり。今ミリーと話してたんだけど、どうしても一撃入れるイメージが湧かないのよね」
「私が思うには、シュルーケルさんは強すぎるんだよ。出会ったら逃げる相手ナンバーワンだよ。でも、せっかくなんだから、私たちがしっかり戦えるってシュルーケルさんには体感してもらいたいよね」
セレイナさんや、あなたは何を考えているんですかね?
胸を借りるどころか一撃入れるつもりって……。
そしてミリーリア。
それは誰もが知っている。俺も間違いなく逃げる。
二人はシュルーケルさんとの戦力差を嫌という程理解しているのだろう。
それでもさらに上を目指すため、自分に出来る事を考えている。
「俺がシュルーケルさんを止めて、その間に二人が攻撃する? 止められるのか? あの人を」
「こう言っちゃ悪いけど、素通りよね」
「うん。間違いなく……」
俺もそう思う。
「もしも俺がシュルーケルさんを捕まえたら、【一石二鳥】で俺ごと──」
『却下!!』
「冗談だよ」
二人に凄い形相で同時に拒否された。
空気を変えようと思っての冗談だったのだが、不評だった。
「そういえば、誤射についての話の途中だったわよね。はいこれ。渡しておくわ」
何かそんな話をしていた気がする。
狼の乱入ですっかり忘れていた。
「指輪か?」
「そ。高いんだから、なくさないでよね」
そうか。指輪をプレゼントされてしまったか。
困ったなー。
どうやら溢れる魅力ってのは俺の意思では隠せないらしい。
「その指輪とアタシが戦闘で使う矢はセットになっている魔道具で、指輪を装備している人には矢が刺さらなくなるの。これが誤射の心配はないって断言した理由ね」
あ、はい。
そうですか。
わかってましたとも。
ん?
そんな指輪、今初めて見たんだが。
そうするとさっきまでは……。
「あのね、この指輪は保険よ、保険。指輪の補助なしで獲物に狙いを定められないようなら、弓使いを名乗る資格なんてないわよ」
あくまでも保険らしい。
言われてみればそうか。
指輪に頼る必要がない腕をもっているのが大前提で、それでも万が一の事故防止のための指輪なのだろう。
「私も借りてるんだよ」
そう言って、ミリーリアも指輪を見せてくれた。
「ねーねー、着けてみてよ」
どこに着けようか。
アクセサリーに興味がなかった俺は、どこに着けるべきか迷う。
「ほら、こうやって着けたらサイズも自動で調整されるんだよ」
ミリーリアは自分の指に指輪を着け、実演してくれた。
「こうか?」
俺はミリーリアと同じ、右手の人差し指に指輪を装着する。
ゆとりがあった指輪は、俺に指にピッタリと合うように輪の大きさを変えた。
「見せて見せて―」
ミリーリアにお願いされたので、手のひらを向ける。
「お揃いー」
そう言って、ミリーリアも笑顔で俺に手のひらを見せてくる。
何この可愛い生き物。
「セッちゃんは?」
「アタシが着けてどうするのよ。人数分しかないんだから無駄にできないの」
「えー、いいじゃんいいじゃん。今だけ今だけ」
「はあ……しょうがないわね」
そう言ってセレイナは指輪を人差し指に嵌める。
「お揃いの物を身に着けてるとパーティーって感じがしていいよねー」
ミリーリアは本当に嬉しそうだ。
「そうね」
セレイナも満更ではなさそうだ。
「ねぇねぇ、アラタもそう思うよね?」
「ああ。悪くないな」
パーティーって感じ、か。
ミリーリアの発言にどんな想いが込められているかは俺にはわからない。
学園で彼女がパーティーを組めなかったという境遇は聞かされている。
──期待に応えなきゃな。
これから行動を共にするパーティーメンバーにカッコ悪い所は見せられない。
そう考えるとこの指輪は俺の身を守るだけではなく、内に秘めた想いを強く自覚させてくれる、そういう効果もあるような気がした。
「次の敵はシュルーケルさんだね! 頑張ろう!」
ミリーリアの発言で俺の決意は霧散した。
台無しだよ……。
「はあ、本当に……」
セレイナも苦労してるんだなあ。
「アラタ、何かいい【コトワザ】ない? シュルーケルさんが動けなくなるようなのがあれば最高かな?」
そんな都合のいい【諺】があってたまるか!
「ねーよ! あるかもしれないけどすぐには思いつかねーよ!」
「あるかもしれないのね……」
「いや、言葉の綾だ。かなり動揺してて自分でも何を言ってるのかわからん」
「そう、それなら安心? してもいいのかしら……。アラタの【コトワザ】はデタラメなのよね……」
何かを思い出したセレイナは、疑うような目で俺を見てくる。
「こうしていても何も始まらないし、庭で動きでも合わせないか?」
「そうしましょうか」
「賛成ー」
俺はやらかしたのだろうか?
いや、俺は悪くない。
だって、『【コトワザ】集』に書いてあったんだもん!
……。
多少現実逃避するのは許してほしい。
セレイナのどこか冷めたような、それでいて呆れたような視線が俺の心を抉る。
今回は効果を実感できなかったミリーリアは、よくわかっていないようだ。
「はぁ……、ホントにもう……」
セレイナさん、俺も同じ気持ちです。
「ま、まあ一度きりとはいえ、切り札にはなるんじゃないか?」
「切り札どころか……もういいわ。考えるのは止めましょう」
その後も最低限の動き方の確認をし、シュルーケルさんが帰宅するのを待つことにした。




