第23話 成果
「ダメだー。全然ピンとこないよー」
休憩後、二人で授業を再開してから、あの手この手で【心頭を滅却すれば火もまた涼し】を習得しようとしているミリーリアだが、行き詰っているようだ。
「アラタに解説してもらったけど、イマイチしっくりこないんだよね」
「違う【諺】を試してみるか?」
「ヤダ」
どうしてもこの【諺】から始めたいらしい。
「火もまた涼し、はいいよ? 何となくわかるもん。心頭を滅却するって何? 死んじゃわない? 心と頭がなくなったら火が涼しく感じるって、それ死んでるよね?」
ミリーリアは頭を抱えながら疑問を投げかけてくる。
頭をかく度に、ミリーリアの髪から甘い匂いが漂ってくる……。
「違う違う。例えだよ、例え。心頭は心、滅却は無。心を無にすれば火も熱いとは感じなくなるって事」
「心を無にするとか無理じゃない?」
その通りです。
でも俺は頑張ってます。
「無にするというか、気にしないようにするというか──」
俺が言いたい事を言い終える前に、ミリーリアは立ち上がる。
「よし、実践して体で覚えよう」
実践……? 嫌な予感しかしないのですが……。
台所へ向かうミリーリア。
「ちょっと待てミリー! 違う! それはダメだ!」
俺は慌てて追いかける。
「ちょっと、どうしたの?」
騒ぎを聞きつけたセレイナが俺たちの様子を見に来た。
そして、コンロのようなもののスイッチを押し、火を着けたミリーリアが目に入ったのか、彼女の表情が絶望に染まる。
セレイナの姿が消える。
「ミリー! なにやってんの!」
「離して! 【コトワザ】の実験だから! 大丈夫だから!」
「【コトワザ】の実験とコンロに何の関係があるのよ!」
「火が熱くなくなるって【コトワザ】なの! だから試すの!」
「ちょっと落ち着きなさい!」
「セッちゃんも落ち着きなよ!」
あ、瞬間移動か。
いや、感心している場合じゃないな。
パァン!
俺は一度注目を集めるために、昨夜セレイナがやったように一度手を叩く。
二人の視線が俺に集まる。思ったより効果があるようだ。
「俺の説明が悪かった。一度戻って状況を説明したいんだけどいいかな?」
居間に戻り、セレイナに台所に向かった経緯を説明する。
「アンタ、いきなり何教えてるのよ。順序ってものがあるんじゃないの?」
「そうなんだけど、必要だったからというか何というか……」
とてもじゃないが言えない……。
「アラタは悪くないよ。これはアラタにとって大切な【コトワザ】なんだ。だから、順序とか関係なく【シントーヲメッキャクスレバヒモマタスズシ】から覚えたいって言ったのは私だもん」
ミリーリアのフォローに俺の胸が痛む。
ミリーリアはセレイナに、俺がどんな気持ちでこの【諺】から始めようと思ったのか、そして、彼女がどう感じてこの【コトワザ】を習得しようという考えに至ったのかを伝える。
「そう……。そういう経緯だったのね。わかったわ。そういう事なら試してみましょう」
セレイナの許可が下り、改めて三人で台所へ向かう。
「ミリー、いきなり長時間火に手を当てない事。サッと通すところから始めなさい」
「わかってるよ。もし火傷しても【イタイノイタイノトンデイケ】で治ると思うけどね」
「アナタはそれでいいのかもしれないけれど、誰もそんな姿は見たくないって事だけは覚えておきなさい」
俺も頷く。
「……そうだよね。わかったよ。慎重に実験するね」
一呼吸おいて、ミリーリアがコンロに火を着ける。
「【シントーヲメッキャクスレバヒモマタスズシ】」
【コトワザ】を唱えたミリーリアは、躊躇することなくサッと火の上に手のひらを通す。
「これは熱くないね」
そう言って、先程よりもゆっくりと、自分の手を火の上で往復させる。
「これも大丈夫」
「ミリー、一度手をみせてくれないかしら?」
セレイナがミリーリアの手を確認するが、異変はなかったようだ。
「まだ続けるのかしら?」
「これだけじゃ成功してるかわからないからね」
そう言って、ミリーリアは再び火に手をかざそうとするが、一度動きを止める。
「【シントーヲメッキャクスレバヒモマタスズシ】」
再び【コトワザ】を唱える。
「念のためね。念のため。」
表情に変化は見られないが、不安はあるのだろう。
俺もコンロの上で自分の手に熱を加えると考えると、抵抗がある。
今までで最もゆっくりと手を動かすミリーリア。
もはや火の上をサッと通すという速度ではない。
普通に考えたら火傷していてもおかしくはない速度だ。
「熱くないね。これは成功じゃないかな?」
火の真上でミリーリアの手が止まる。
「ちょ、ちょっと! 見せてみなさい!」
慌ててセレイナがミリーリアの手を確認する。
「火傷の跡がない……。手も熱くない……。成功……なのかしら?」
困惑した表情のセレイナとは対照的に、ミリーリアは喜色満面にあふれている。
「アラター! やったよ! 出来たよ!」
【コトワザ】を正しく? 発動させたミリーリアが、俺の方へ駆け寄ってくる。
そして衝撃が俺を襲う。
何が起きたか理解するのにそれほど時間はかからなかった。
ミリーリアに抱き着かれている。
柔らかい感触が俺を包み込む。
鼻腔をくすぐる甘い香り。
心臓の鼓動が早くなっていく。
「えへへぇ。ちゃんと出来たよ」
上目遣いで報告してくるミリーリア。
「見てた。よくやったな」
思わず彼女の頭を優しく撫でてしまう。
「で、いつまでそうしてるのかしら? アタシはお邪魔かしらね?」
……。
…………。
ミリーリアは慌てて俺から離れる。
「ち、違うの! 昔を思い出したの! 母さんに【コトワザ】を教えてもらった時の事を思い出しただけなの!」
自分の行動に気付いたミリーリアの顔は、火傷したのではないかと思えるほど赤くなっている。
俺の顔も熱を帯びている気がするので、同じようなものだろう。
「はいはい。そういう事にしておきましょう。アンタ達だけで【コトワザ】の授業なんてさせたらどうなるかわからないから、これからはアタシも付き合うわ」
火を使ったからって事ですよね?
どうなるかわからいってのはそういう意味ですよね?
確認する勇気は俺にはない。
「わかった。つまらないかもしれないけど、見ててくれ」
今後の授業は三人で行われる事に決まった。
「あ、それならセッちゃんもやってみる?」
「やってみるって何を……」
何をやってみるんですか?
まさかセレイナも……。
「【シントーヲメッキャクスレバヒモマタスズシ】」
【コトワザ】を唱えるミリーリア。
「大丈夫。熱くないよ」
「いや、ミリーの【コトワザ】は信用してるけど、いきなりはちょっと……」
「俺も心の準備がまだ……」
「いいからいいから!」
俺とセレイナはミリーリアに手を引かれ、コンロの前に連行された。
「ここは先生のアラタが先じゃないかしら」
「そう言わずに」
お互いが譲り合う。
正直試すのが怖い。
「えいっ!」
埒が明かないと思ったのか、問答無用でミリーリアが俺たちの手をコンロの上に移動させる。
「アッツ……くない……な……」
「そうね……不思議な感じね……」
熱さを感じないこの状況に、俺とセレイナは顔を見合わせる。
「このまま効果時間も調べよっか」
「急に切れたら大惨事だし、もういいんじゃないか? そもそも、そんな長時間火に触れる状況になること自体がマズいし」
「それもそうね。少し時間を空けてから確認すれば大体わかるんじゃないかしら」
セレイナの案を採用し、効果時間を調べると、約五分であることが判明した。
途中でかけ直しても延長されることはなかったが、効果が切れてからすぐにかけ直す事は出来た。
「大体こんなもんか?」
「そうね。そう思っても良さそうね」
「実はさっきのミリーってかなり危なかったんじゃ……」
「アタシもそう思う……」
効果時間についでは全員が同一見解だった。
そして、今後実験を行う際はもっと慎重に行うという事になった。
「先生! 次は何ですか!」
成果が表れたミリーリアが、もう待ちきれないといった様子で次の予定を聞いてくる。
「アンタ、次は考えなさいよね」
「わかってるって」
危険じゃなくて、わかりやすい【諺】か……。
昨日確認した『【コトワザ】集』から、危険性が低いもので、気になった【コトワザ】のページを探す。
「『馬の耳に東風』ってあるんだけど、これは色々混じってるんだ」
「どういうこと?」
「【馬の耳に念仏】と【馬耳東風】っていう【諺】が混じってる」
「ちょっと書いてみて」
そう言って紙と筆記用具を渡される。
……覗き込むなミリーリア、セレイナ。
本当に止めてくださいお願いします……。
「全然わからないわね」
「これはどういう意味?」
【心頭を滅却すれば火もまた涼し】。
「馬の耳に念仏と馬耳東風。意味はほぼ同じかな。馬にありがたい言葉を聞かせても、意味なんて理解できないよねって意味。つまり、無意味って事」
「? その【コトワザ】を覚える事に何の意味があるの?」
「わからん」
「アラタ……おかしくなっちゃった?」
失礼な。一応考えてはいるんだ。
「俺の知ってる【諺】と、ミリーが使う【コトワザ】って、意味が全然違う気がするんだ。だから、ミリーなら何かできないかなって思ってさ」
「んー、馬の耳に念仏……馬じゃなきゃダメ?」
それを俺に聞かれても……。
「これは何かピンとこないなー」
「それじゃ別のにしようか」
こうして手探りの授業はシュルーケルさんが帰宅するまで続いた。
今日の成果はミリーリアが【心頭を滅却すれば火もまた涼し】をマスターしたって事か。
俺はモヤモヤ……ムラムラとした気持ちを抱えつつ、今日の授業を終えたのだった。




