第21話 解釈
俺の戦闘力確認、もとい訓練が終わり、ミリーリア、セレイナと家に戻る。
シュルーケルさんは少し残り、隊員さん達に稽古をつけると言っていた。
道中、疲れているところ悪いが、少しだけでも【コトワザ】の事を教えてほしいとミリーリアにお願いされたので快く引き受けた。
「お風呂の準備はできてるわ。服は汚れがひどいから、別の所に置いてちょうだい」
「わかった」
俺が今、身に纏っているのはシュルーケルさんの普段着だ。
タンクトップは余りにも似合わなかったので、別の服を借りている。
横幅の違いから、かなり余裕があるのだが動きにくいという事もない。
ちなみに下着は新品を借りている。
いつか自分で稼いで新品を返そうと思っている。
脱いだ服には血痕が見当たらなかった。
そして、風呂で自分の身体を確認したが、傷一つ残っていなかった。
擦り傷の一つでも出来ているのが普通だと思うのだが、一切ないというのは何故なのだろうか。
【痛いの痛いの飛んでいけ】で治療してもらったのが関係しているのかもしれない。
湯舟に浸かり、先ほどの訓練を思い出す。
ダメだよな、アレで満足したら。
時間はそれほど残されていないのだし、一回一回を大切にしよう。
湯舟に頭の先まで浸かり、気持ちを切り替えて風呂場を後にした。
風呂から上がると、部屋着に着替え、勉強の準備を終えたミリーリアとセレイナが待っていた。
「先生! おかえりなさい! よろしくお願いします!」
「いきなりね……。水も用意してあるから、ゆっくりでいいわよ」
「ありがと。貰うよ」
風呂上がりの冷たい飲み物はどうしてこんなにも美味いのだろうか。
訓練の疲れも、風呂とこの一杯できれいさっぱり消えてしまいそうだ。
「アラタ……なんかお父さんみたい……」
腰に手を当て、水を一気飲みした俺を見たセレイナがポツリとそう呟く。
失礼な。
俺みたいな繊細な人間と、シュルーケルさんみたいな大雑……豪快な人を一緒にしないでいただきたい。
「先生! まだですか! もう時間だと思います!」
ミリーリアは【コトワザ】を学べるのが本当に楽しみなようだ。
ビシッと手を挙げ、私待ってますアピールが凄い。
「それでは、俺も落ち着いたので軽くやってみましょう」
「はーい! 待ってました!」
ミリーリアに釣られて、俺も先生らしい事をしてみたくて口調をそれっぽくしてみた。
セレイナの眉が歪んだのが見えてしまったので、先生風は止める事にした。
現在、俺の対面にミリーリアとセレイナが座っている。
隣り合って教える状況を想定していた俺は、落胆しているのがバレないように、明日以降の分も含めて淡々と授業の流れを説明している。
「内容がわからないから何とも言えないけど、【コトワザ】が使えるようになったってどうなったらわかるんだ?」
「【コトワザ】が発動したら、魔力が減るから疲労感で判別する感じかな?」
「疑問形で返されても……。今まではどうやって?」
「【イヌモアルケバボウニアタル】は昔、母さんに教えてもらったんだ」
ミリーリアは懐かしむように言葉を紡ぐ。
「【ニカイカラメグスリ】は本屋さんで売ってた紙に書いてあって、試したら使えるようになったね。その時はセッちゃんに協力してもらって、効果がわかったんだよ」
そして、表情が変わる。
「【イタイノイタイノトンデイケ】は、昨日アラタに教えてもらったおかげで使えるようになりました。本当にありがとう」
今まで見てきた笑顔の中で、最高の笑顔と言っても過言ではない。
思わず見惚れてしまう。
「説明がわかりにくかった?」
ミリーリアの疑問の声が、俺を現実に引き戻す。
「悪い。ちょっと考え事」
見惚れてました、何て言える訳がない。
「その本の中に、三つの【コトワザ】のどれかが載ってるのか?」
「綴じてあるよ。ここだね」
そう言って、ミリーリアは【コトワザ】集を開く。
なるほど。
これがミリーリアが集めた【コトワザ】集か。
……俺がイメージしていた【諺】集と全然違う。
俺のイメージでは、タイトルに諺が書いてあり、意味と使い方が記されている書物を想像していた。
しかし、ミリーリアに見せてもらった【二階から目薬】の【コトワザ】は、ストーリー仕立てになっていた。
要約するとこうだ。
あるところに、腕の良い薬屋の店主がいた。
この薬屋の店主はものぐさで有名で、店の営業時間も不安定だった。
周りからは、こんなにいい薬が調合できるのだから、もっとしっかりすれば稼ぎも良くなるのにと言われていた。
ある時、店主が二階の自宅で惰眠を貪っていると、一階の店舗の扉を激しく叩く音で目を覚ます。
窓を開け、階下を確認すると、子供を背負った母親が扉を叩いている。
店主が声をかけると、母親に「子供の目が充血していて、徐々に視界が悪くなってきたと言われました。そして、ついさっき、急に真っ暗になったと言われ、急いで薬を買いにきました」とひっ迫した現状を伝えられる。
店舗から薬を探し出すのが面倒な店主は、隣の部屋にある調剤室で調合を行い、自室に戻る。
窓から、母親に向かって子供の顔をこちらに向けて、目を開けるように指示を出す。
子供が目を開けたのを確認した店主は、そのまま二階から目薬を子供に向けて投与する。
目薬を投与され、視力が回復した子供と母親に感謝される。
その様子を見ていた周りの人が噂を広め、店主は営業時間外でも対応してくれる腕の良い薬屋とし名を馳せる。
客が増えると儲けも増え、自宅兼店舗の改装が進む。
居住部分が二階から三階になっても、営業時以外は自室から薬を渡していましたとさ。
めでたしめでたし。
こんな内容だった。
【二階から目薬】ってこんな話だっけ?
俺が黙って『【コトワザ】集』を見ていたので、ミリーリアが不安そうに俺に声をかけてくる。
「もしかして……読めない?」
「読めたから!」
確認のため、この世界の本も見せてもらう事にした。
「なぁ、この本と、『【コトワザ】集』、両方とも同じ言語で書かれているように見えるけど、俺は正常だよな?」
「異常ね」
「おかしいかも。こっちはこの世界の言語で、こっちは古代語だよ」
二人に異常者扱いされてしまった。
「ミリーはこの【二階から目薬】の内容を説明できるか?」
「うん。腕のいい薬屋さんが──」
「へー、二階から目薬ってそういう由来なのね。勉強になるわ」
セレイナが納得しているが、どうしても俺は納得できない。
「どう? 合ってた?」
「俺が読んだ内容と合ってるな。合ってるんだが……」
「どこか違う?」
「合ってるから困ってるんだよなあ。他の【コトワザ】も見てから考えをまとめたい」
「わかったよ。はい。ゆっくりでいいよ」
俺は『【コトワザ】集』の最初のページを開き、軽く目を通す。
……。
どうしよう、これ。
「なあ、今日はここまでにして、明日の朝から本格的に授業って事にしないか? 俺の想定と違う感じだから、考え直したいんだ」
「そっか。わかったよ。今日は疲れてるだろうしね。あんまり無理してもらうのも良くないよね。付き合ってくれてありがとう」
「アラタもあんまり遅くまで頑張らなくていいのよ。お父さんが帰ってくるまでとかにしておきなさい。それじゃあ、おやすみなさい」
「明日からよろしくね。おやすみなさーい」
「おう。おやすみ」
そう言って、ミリーリアとセレイナは自室へと戻って行った。
それにしても、これを俺に見せてどうしろというんだろう。
そもそもミリーリアはこの内容を理解しているのか?
理解していないから俺が教える事になってるんだよな。
教えるにしても何を教えたらいいのやら。
とりあえず俺は、次のページを確認する事にした。




