第16話 確認
「戻ったぞー」
「お邪魔しまーす」
「やり直しだな。ただいま、だ」
家に戻って来たが、ただいまって言うのがどうもしっくりこなかった。
なので「お邪魔しまーす」になったのだが、シュルーケルさんは気に入らなかったようだ。
「ただいま」
満足そうなシュルーケルさん。
いつか自然に「ただいま」と言える日がくるのだろうか。
「おかえり。思ったより遅かったわね。そんなに状態が悪かったの?」
「二人ともおかえりなさい」
そんな事を考えていたら、セレイナとミリーリアから返事が返ってきた。
そして、夕飯の準備が終わっているのか、いい匂いが漂っている。
「それがよ、ロイのやつが頑固でな。まだ作業を続けるなんて言い出してな。そんなに張り切る必要なんてないって言ってんのに一切聞かなくてよ」
「ロイさんらしいわね」
「それでよ──」
セレイナはロイさんと面識があるようだ。
シュルーケルさんとセレイナが話をしている間、チラチラとこちらを気にするミリーリアが俺の目に入ってきている。
見られているのはわかっているが、会議での俺の発言を思い出すと色々と気恥ずかしい。
──その想い、確かに受け取った。全力で協力しよう
誰だよこんな事言った奴。
俺だよ、チクショー!
改めて思い返すと、もっと自然な言い方があったんじゃないかと思えてくる。
むしろ、もっと自然な言い方をするのが普通だと思う。
きっと黒歴史っていうのはこうやって生まれるものなのだろう。
もう過ぎた事だし、考えても仕方がない。
「あの、ごめんなさい。私が召喚したから、こんなことになって……」
自分の発言を振り返っていると、ミリーリアから謝罪の言葉が飛んできた。
彼女の表情はいまだに暗い。
違うんだよなー。
俺が見たいのはそんな表情じゃないんだよ。
言葉が通じないときに時折見せてくれた楽しそうな、それでいて優しく、温かい雰囲気を纏った表情。
その表情に惹かれたから俺も協力したいって気になったのに、台無しだ。
「んー、せっかく雇い主と会話ができるようになったのになー。いきなり謝罪ってのは良くないと思うよ」
「ごめんなさい」
「よし、わかった。まずはミリーリアさんの認識を改めてもらう事にしようか」
シュルーケルさんとセレイナもこちらのやり取りに注目しているので、丁度いいだろう。
「まず、俺は嫌々だとか、仕方なくミリーリアさんに協力するわけじゃないって事は忘れないでほしい。別に契約に縛られているとかってわけでもなく、俺がやりたいからやるだけ。これが大前提。その上で、俺もこの異世界を楽しもうと思っている。襲撃の時に見た緑色の生き物とか、俺のいた世界にはいなかったしね。色々と興味は尽きないんだ。だからミリーリアさんが気に病む必要は一切ない」
上手く伝えられただろうか。
グゥゥゥゥゥ
今、かなり大事な所のはずだ。
にも拘わらず、俺の腹から重低音が鳴り響く。
運動後にこんないい匂いしてたら仕方ないとはいえ、もう少し待ってほしかった。
「さて、メシの前に俺とアラタは汗でも流してくるか。アラタ、先に行ってきていいぞ」
「わかりました。そうさせてもらいます」
シュルーケルさんの提案を受け、俺は一度、風呂で落ち着いて考えをまとめる事にした。
ミリーリアがあそこまで気にしてるとは思わなかった。
【痛いの痛いの飛んでいけ】が成功した時の喜び様から、共に行動すれば少しは力になれると思っていた。
元の世界に帰りたいというのは間違いないが、少し前面に出し過ぎたか?
それを気にしているのなら、少し考えを改めてもらう必要がある。
俺は、俺がやりたいからミリーリアに協力するのであって、使い魔としての義務感からでもない。
それに、この世界を楽しみたいというのも本音だ。
契約が終了したら、元の世界に戻れるのだから、焦る必要もない。
元の世界に戻るとき、楽しかったと思えるならそれに越したことはないと思う。
会議でのミリーリアの話から、恐らく学園という所の課題をクリアするまでというのが契約期間になるのではないかと推測できる。
いきなり契約期間の事を聞くのは、早く帰りたいと受け取られかねないので、今回確認するのは止めておこうと思う。
そう考えると、俺が確認するべき事は、学園ってのがどんなところかと、俺に何が出来るかって事か。
俺が汗を流し終え居間に戻ると、シュルーケルさんが入れ替わりで風呂場に向かう。
居間にいる俺、ミリーリア、セレイナの三人に会話はまだない。
お互いが出方を伺っている。そんな感じだ。
「ほら、ミリー」
「えっと、まずはお礼を言わせてください。召喚に応じてくれてありがとう。協力してくれるって言ってくれてありがとう」
申し訳ないという気持ちを伝えられるよりも、感謝の気持ちを伝えられる方が俺としても嬉しい。
「どういたしまして。とは言っても、どういう形で協力できるかがまだわからないかな。その辺の話もしたいなと思ってる」
「それもそうですよね。私に【コトワザ】を教えてほしいっていうのが、今考えている事です」
ミリーリアのいう【コトワザ】が何を意味しているのかイマイチ理解できなかったので、少し詳しく聞いてみた。
すると、古代魔法【コトワザ】というものがあって、彼女は数少ない【コトワザ】の使い手だそうだ。
この【コトワザ】に使われている言語が日本語であり、俺が言語理解を得る前に、【痛いの痛いのとんでいけ】の補助を行った。
それによって、今まで使えなかった【痛いの痛いの飛んでいけ】が使えるようになったため、俺から【コトワザ】を学びたいと思っているそうだ。
【痛いの痛いの飛んでいけ】は【諺】なのだろうか?
「なるほど。俺が求められていることはわかった。恐らく問題はないかな」
それでも、色々な疑問点が浮かんでくる。
解消できるなら、解消しておきたい。
「セレイナさんにちょっと協力してもらおうかな」
「セレイナでいいわ。どうもさん付けで呼ばれるのは落ち着かないのよね」
「私もミリーかミリーリアがいいかな」
「了解。セレイナとミリーって呼ぶことにするよ。俺もアラタでいいよ。ついでに、いい機会だから俺からも。長い間お世話になる事だし、口調は普段通りでいいよ。その方が楽だし」
「わかったわ。改めてよろしくねアラタ」
「よろしくお願いします。……アラタ」
「おう。よろしく」
自分から長い間とか言ったけど、それほど気にしている様子もない。
少し考え過ぎだっただろうか。
「で、協力してほしい事って何かしら?」
「おっと、そうだった」
気になったのは【痛いの痛いの飛んでいけ】がどう聞こえているかだ。
【コトワザ】を使えるミリーリアとは別に、使えないセレイナで確認するのが良いと判断した。
「ちょっと聞いてて。【痛いの痛いの飛んでいけ】。これどう聞こえた?」
「ミリーが使う【コトワザ】と同じで何を言っているのかわからなかったわね」
「なるほど。じゃあこれは? 痛いの痛いの飛んでいけ」
前半は子供の頃にやった、気休めをイメージしながら。
後半はただ言葉として。
何か違いがあれば、少しは【コトワザ】の事がわかるかもしれない。
「痛いの痛いの飛んでいけって言ってたわよね?」
「正解。恐らく俺の言語理解が発動してると思うんだけど、両方とも痛いの痛いの飛んでいけって言ったんだよね」
「あの詠唱ってそういう意味だったのね。それにしても、そんな詠唱で疲労回効果があるなんてね……。やっぱり【コトワザ】ってデタラメね……」
少し考えたあと、セレイナが口を開く。
「痛いの痛いの飛んでいけ」
当然何も起きず、微妙な空気が流れたのであった。




